鍾離先生の右腕が外れた。
正しくは外れたというより、まるで人形の腕が取れるように付け根の部分からごっそりもげてしまったのだ。
本人曰く戦闘中に腕を固定されたのを無視して動いたらこうなったとのことだが、そんなことを平然と説明されるこちらの身にもなってほしい。
「うわぁ……」
落ちた腕は流石に放置はよくないかと拾い上げたが、見た目より重たくずっしりとしたそれを持つだけでげんなりとした声が出た。
血の一滴も流れていないどころか断面を覗き込んでも肉は疎か骨の一片も見当たらず、わずかに琥珀色に光るそれは推測するに石珀である。
他人事のように傍らに立つ"自称凡人"に視線を向けると流石に俺の視線が痛かったのか、やや間を開けて「まあ……主成分は岩元素だからな」などとのたまう。
「痛みは……なさそうだけど。これ、どうすんの」
はた、と中身の詰まっていない袖が風になびく。
いくらこの常識外れの凡人と言えども流石に腕がないと不便に違いない。
岩元素で出来ているならきっと修復ができるのだろうと、見てくれだけは美しい男の様をまじまじと見る。
その内面から光り輝くような艷やかな肌が、頬が、触れると存外柔らかく肌に馴染むことを知ったのはつい先日のことだった。
――まさか物理的に内側から光ってるとは思わなかったけど
「ふむ。痛みは無いぞ、今は切ってある」
それは果たして胸を張って言うようなことだろうか。
きっと両腕が揃っていたのなら、いつものように腕を組んで顎に手を当てるポーズで話していたのだろう。
「それから、それはもう必要が無いので捨てるなり、砕いて売るなり好きにして構わない」
腕を砕いて、売る。
「は?」
まるで風邪をひいたときの悪夢のような会話だ。
仮にも元岩王帝君の器が、そんな廃棄する武器のような扱われ方で構わないのか。
俺の反応が予想外だったのか、軽く首を傾げた先生が言葉を続ける。
「きっと公子殿も気が付いていると思うが、それはほとんど石珀だからな。砕けば元の形が腕とは気付かれまい」
「……そ〜〜だね、うん。腕だと驚かれちゃうもんね」
全く心の籠もっていない同調にやや満足げな表情をした隻腕の男は、では帰るかとこちらに背を向けた。
――なんか故郷でこんな絵本があった気がするなぁ
俺は手に持っていたもう関節の一つも曲がらない趣味の悪い石像をなんとか手持ちの布に包み、人に自分の体を分け与える石像の話をぼんやりと思い出しながらその後を追った。
ちなみに、その日人目を避けて璃月港の住処に戻った鍾離先生の腕は翌日には元に戻っていた。
曰く、生やしたという。
結局どれだけ姿形を取り繕ったとしても、この男がただの人間になる日はきっとやってこないのだろう。