椿樹と俊「これはこれは。こんばんは、菅原俊さんで合ってますよね。行方不明とお聞きしましたが元気そうで何より。」
目の前の先端だけを金に染めた黒髪で口元には闇夜で光る蛍光イエローのラインの入ったサイバーマスクの男は何も言わない。変わったなぁ、学生時代は金髪ツンツンヘアーのTHE 後輩キャラの健康優良不良男児だったのに。当時は高校一年生で音門律がリーダー務めてたグループの幹部クラスだったよな。で、あの事件が五年前。二十一歳か。ま、馴れ馴れしくしてるけど面識はなくて音門律について調べてたら芋づる式に情報が付いてきただけの認識なんだけども。
「で、何かご用で?」
今の自分は正義の味方をしてきて帰って来た所。血塗れなんだな、これが。口封じに殺してやってもいい。グループで一番弱い喧嘩好きなだけの不良がどうなったのか、非常に気になる。だってなぁ、拳一つで戦い、正々堂々としたタイマンを好んでた菅原。それが握っているのは二振りの蛍光イエローに淡く光るタクティカルナイフ。殺ってるのかなぁ。殺したくてウズウズしている自分がいる。
「…偽善者。吐き気がする。」
やっと喋ったと思ったらそれ?笑える。そんなの理解してるんだなぁ。
「質問の答えになってませんよー。本当の正義の味方として現れてくださったんですかー?」
煽ってみる。眉一つ動かさない。あらあら、仏頂面がお得意で。
「話がしたいだけ。」
ふーん、それにしてはいい殺意放ってますよねー。ま、あの事件の生き証人に話を聞けるのは僥倖。
「じゃあ、着替えてきても?」
「そうはさせない。五分あれば終わる。」
つれない。そんな気はしてたけども。五分ねぇ、警察と絡んでるとか?でもねぇ、死線は潜ってるからそんなの怖くもなんともないんだな。それに伝てもある。読めないね、この男。
「音門律によって歪められた世界。君はどう思う。怪異なんてものがここまで表面化したのは奴のせいなんだろう?」
半分正解、半分不正解。怪異は音門がどうこうする前から存在して、ありとあらゆる人々の人生に干渉してた。確かに表面化したのは音門のせいだけども。
「別に何とも。でも、怪異が表れてくれたお陰でこの商売やれてるんで感謝ですかね。ま、怪異なんてもんはいない方が幸福ではあるんですけども。」
嘘と真実を織り混ぜる。菅原は目を細める。
「真意を聞き出せないのは良く分かった。詐欺師。君が秀才高校生探偵なんて持て囃されてる理由がまるで理解出来ない。片想いを拗らせて嫉妬で二人殺した『赤目』そっちの方が似合ってる。」
おやおや、話が変わってきた。よくその過去をご存じで。バラされたくないなぁ、殺すかな。
「赤目と秀才探偵のハイブリッドで生きてるんで。赤目の頃の話は出されたら困るんですけど。どうするんです?そのカードは実に強い。世間にバラします?そしたら、俺はお仕舞いだ。」
「心にも思ってない癖に。失墜したとしても君はこの行為を止めない。血に飢えた獣。怪異も人間も利己的な理由で殺す。そうだろう?」
うーん、鋭い。分かってるじゃないか。うわべ取り繕う必要がなくなるだけ実は楽になれるのかも?何てね。
「菅原さんは人を見る目が養われた様で。音門って奴は二つの顔を使い分けるのがうまい奴でしたからね。」
「天才的だったよ。最後まで奴の企みは分からなかった。久連先輩と篠ノ井先輩が奴に殺られてたなんて。俺と郷野先輩は奴の罪を背負わされてこのザマだ。あの外道!」
不良時代の話をしだすと言葉の節々に怒りの感情を露にしてきた。へぇ、郷野も被害食らってるのか。郷野ってのは菅原が尊敬してた同じ不良グループの二年生。表向きのリーダーはコイツが担ってた。箱庭程度の世界を改変しただけだと思ってたけど存外音門のやった事は想像よりとんでもないのかもしれない。悪魔って怖いねぇ。
「もっとあの事件のお話聞かせてくださいよ。菅原さん。」
今度は媚びてみる。まだまだ甘ちゃんな部分がある復讐鬼かは知らないけども鬼にはなりきれてないねコイツ。
「調べろ。探偵なんだろう。」
ごもっともー。でも、退かない。
「生きた情報が欲しいんですよ。鮮度の高い情報が。改変されて音門律という存在を知っている人間が少ないのもありますし。ね?」
「黙れ下衆。五分経った。話は終わりだ。最後に。」
俺はわざとらしく首を傾げる。さあ、何を言ってくれるんだい?
「お前の様な下衆はいずれ報いを受ける。音門の改変したこの世界のお陰で『世界に抗う者』は生きやすくなったが罪は罪。許されるものじゃないんだよ。」
それだけ言い残すと菅原はあっという間に姿を消した。
「へぇ…『世界に抗う者』良い事聞いた。これで繋がった。要は力で自分好みに世界を変えようとする者、音門律が恩恵を受けると。そういう改変だったのか。今はその残滓が影響及ぼしてるみたいだが。中途半端なカス野郎だと思ってたけど予想以上の功労者じゃねぇか。ククク…良いねぇ。じゃあ、俺の望む"生きやすい世界"も作りやすいんかねぇ。フフフフッ。やる気出てきたぜ。」
一頻り笑ったあと俺もその場を去った。最高の夜だったよ。