ごはんを食べよう19俯いたり、上を向いたりして「あー」とか「うー」とか繰り返して……そうして、ややあって、「それは、男に言う言葉じゃないなあ……」と困ったようにはにかんだ。
そういうところがかわいいのだ、と本人はきっと気づいていない。
静かな時間だった。
静かで、穏やかな、優しい時間だった。
「私、お茶を淹れてくるね」
「はい」
そう言って、イライが立ち上がる。
イライのお茶は美味しいから楽しみです。そう笑う。
『次は、……国の廃墟巡りのコーナーです。本日はかつてデロス男爵が所有していたとれるお屋敷の……』
ニュースに聞こえるデロスという名前に聞き覚えがあって、イソップは顔を上げた。それはかつてエウリュディケ荘園にいた記者、アリス・デロスと同じファミリーネームだったからだ。
そうして目を見開く。テレビの画面に映っているそれ、ボロボロの屋敷は、間違いなくイソップたちの暮らしていたエウリュディケ荘園のものだったからだ。
「え……?」
かしゃん、カップの割れた音がする。
狼狽えたイライの声──イソップは咄嗟に駆け寄り、頽れるイライの身体を支えた。
「……ッ」
踏みしめた先にカップの欠片があったのだろう。白い靴下に赤い染みが広がった。
「イソップくん……!」
「大丈夫、イライ。とにかく座ろう。歩ける?」
「う、うん」
ソファに戻る。怪我の手当を、と言うイライを押し留め、番組の続きを見る。
それは建物の中を紹介する内容の番組で、すでに廃墟となった場所を案内するのは現地のキャスターだった。だからこそ、これが間違いなくエウリュディケ荘園のものだと確信できた。
画面の端に、香水瓶や工具箱がちらりと映る。
ああ、と──ああ、と思った。
本当に、本当に、自分たちはあの場にいて、謎の力でここに来てしまったのだと。
そうして、もうあそこに戻ることは不可能なのだと、理解してしまった。
空がやにわに朱に染まる。
イライはごめんなさい、と繰り返して震えました。
その身体を咄嗟に抱きしめて、イソップはひ、ひ、と過呼吸になったイライの口を手で押さえる。
「大丈夫、イライ、大丈夫……」
空が赤い。まるで、燃えているみたいだった。