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    視力検査のC

    @savoy192

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    散策(修正版)

    DIOショタジョナで山中を散策して神隠しに遭う話。パロです

    散策(修正版)

    DIOショタジョナで山中を散策して神隠しに遭う話。パロです

     その日はよく晴れて湖は碧く凪ぎ、雨上がりの湿気が何とも言えず心地よかった。風が枯葉を撒いて頬を掠めるのに少々倦みつつも、砂利混じりの腐葉土を踏みしめ、僕は知り合いの男に手を引かれながら木々の合間を回(めぐ)っていた。山中の白樺林を通り抜け、頭上の鳥の囀りに暫し耳を傾けていたが、ふと、羽虫が目の前を横切ったのに驚いて意識を自身へと引き戻した。

     そういや、男はどこへ向かっているのだろうか。集落からは随分離れてしまったように思うが……
     とても一人では帰れそうにない道程を思うと些か不安めいたものを感じずにはいられない。夕暮れまでには帰ってこい、との弟の言いつけを自分は果たして守れるだろうか。

     白んだ秋空の下、紅葉林へと差し掛かる。木漏れ日が山道に点描をつくっていた。陽射しはまだ暖かく柔らかい。しかし、歩を進めていくうちに、影が濃くなり始めたのが分かった。何とも言えない不安に男の手を強く握れば、優しく握り返される。しかし立ち止まってはくれないらしい。
     男の様子を伺おうと頸を上へと傾けると、光を帯びた紅葉の眩しさに、やはり目を細めてしまう。地面に残像が散る。周囲の木々に目をやっても、風景が影で上書きされてしまう。瞠目して、男の顔を確かめるのは諦めてしまった。

     どこまでゆくの、と訊ねる。
     さあな、と返ってきた。
     なら、いつまで、と訊けば
     今に判るさ、との返事。

     はぐらかされている、と幼心に感じつつも頼るものが他にないので、ただ釈然としない面持ちで黙って後に付き従った。彼はいつも僕の世話を焼いてくれるんだもの……こうして遠くまで散策するのはきっと何か理由があるに違いない……だから一緒にいなきゃ。

     頭上ばかりを見ていると、白い梢のほかは赤、橙、黄色に埋まる景色が続き、少し酩酊しそうになる。木々は色彩豊かで美しいが、どことなく物寂しい光景に思われた。鳥の鳴く声は聞こえても、隙間なく広がる葉の中に姿を認めるのは難しい。

     この辺りの山道は人の手が入っておりまだ歩きやすいが、こうも休みなく徘徊しては流石に疲れるというもの。つっかえるような足取りを察したのか、男は一旦立ち止まった。漸く休めると安堵したのも束の間、膝の裏に手が回されて、抱き抱えられてしまう。彼はこちらの体を片腕に収めると、そのままさっさと歩き始めた。ますます釈然としない。
     段々と恥ずかしくなり、降ろして、とねだっても、男は口元に薄い笑みを浮かべるばかり。子守される歳頃はとうに過ぎたつもりだったので、少し休みたかっただけだ、自分で歩ける、と声を張るが、聞き入れては貰えず。何だか悲しくなってしまった。

     仕方はなしに、男と同じ高さから見える風景を楽しむ。いつもとは異なって視界が開けたような感じもする。地面との距離が遠く、道の両端の、熊笹の群生の向こう側まで見える。その所々に白い山百合や赤い実の潅木があるのが分かったりと目に新しく、面白い。
     気分が幾らか和らいだところで、改めて男の顔を観察する。金色の髪に琥珀色の瞳は、いつも弟を彷彿させる。
     しかし……果たしてこの男の顔はこのようだったろうか。確かに男の顔は端正で、それはよく覚えている。けれども、じっと見つめているうちに、確信がなくなっていくのだ。鋭い光が放たれるであろう瞳は、今は穏やかで、女のような柔和ささえあった。しかし、それが却って得体の知れなさを醸し出しているような気がした。彼の顔はよく知っているはずなのに、今日は少し変な感じがする。記憶と共に、その男の影かたちも、段々と朧げになっていくように思われた。

     そう訝しむ間、ふと耳を澄ませば水が岩を叩くような音が聞こえてきた。右手の木々の向こうの景色が開けて、広い渓谷が見える。谷を挟んで一つ向こうの山の斜面もまた見えている。その低いところに石の河原が広がっていて、苔の生えた岩の間を澄んだ川水が流れていた。
     いつの間にか、崖沿いの道にまで来ていたようだ。
     眼下の、切り立った崖の下を流れる川を見て、ここから落ちたらどうしようと、思わず足が竦みそうになる。視線を少し上へと向ければ、その谷の奥まったところに、白い滝があった。

     ふと、立ち止まったのに気付き、男を見上げた。渋そうな顔をしている。
     一体どうしたのかと訊くと、道を間違えた、とのこと。

     じっとその場に留まっていると、川から水の匂いが立ち上ってくる。湿気をたっぷりと含んだ風が髪の隙間を撫でるので、鳥肌の立つような寒さを覚える。よく目を凝らせば、血を垂らしたように赤い紅葉の葉が一枚、また一枚と、ゆったりと川を流れている。その中にときおり赤い花が混じる。一体何の花なのか、気になって近くに寄って見てみたい気分にもなったけれど、男が川に背を向けたため、自然と遠ざかる形になった。

     むこうへはいかないの、と訊ねる。
     まだ渡れない、別の道で行こうじゃあないか、と諭された。

     腑に落ちないまま、元来た道を戻ることになった。抱きかかえ直されて、男の肩に顎を乗せる。渓谷の景色は離れていった。
     いつの間にか、かなり日が傾いていた。

     西の空が赤く染まり、血よりも鮮やかな太陽が、今にも山の縁へと沈もうとしていた。
     鳥の影が次々と飛び立っていく。両脇の木々の陰も、頭上から重く伸し掛かってくる。葉は太陽の光で元の色が分からなくなっていた。男の金色の髪と琥珀色の瞳が今一度強く輝いて、光に透き通って、そのまま溶けていきそうだった。
     空が、葉が、彼が、とても眩しい。

     彼が赤い外套の襟を立てる。その裾も影と繋がり、闇に溶けた。

     黄昏が辺りをすっかり覆い、光の残滓を連れ去っていく。仄暗い夜が容赦なく濃さを増す。
     見えない場所で鵺鳥たちがけたたましい笑い声を上げ始めた。

     あっと叫びそうになった。

     全てのかたちが朧げになる。
     混じりあって、分からなくなる。

     固い掌や腕の感触は確かにあるのに、
     どこにも、何も、見えない。何も、何も……
     これ以上不安にさせないで。一体どこへ行こうというのか。
     僕たちは一体どこへ行ってしまうのか。

     姿の見えない恐怖に心を折られそうになる。動揺して頭が真っ白になりそうになる。しかし己をしっかり保とうと、必死に思考する。ここで気を失ったら終わりだと直感が告げている。

     早く帰りたい。僕を待っている人がいるから、絶対に帰らなくちゃいけない。五体無事に帰らなくてはならない。

     やっぱり怖い、でも、

     でも。

     多分、一緒にいなくちゃ駄目だ。

     「」

     男の名を呟いて、隣にある筈の頭に恐る恐る触れ、掴まった。そうでもしないと不安でどうにかなりそうだった。ただそれだけだった。
     だから、それだけで、彼がやっと足を止めたのには驚いたし、僕の腕を固く巻き付かせるように手を重ねてきたのにはもっと驚いた。
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