残月に別れを告げて 産まれてはじめて髪を染めた。兄貴と同じ色をした黒髪に別れを告げ、アップルパイの生地によく似た色にした。髪の色を変え、名前を捨てる。これは別れの儀式だ。
俺は今日、この家を出ていく。
親父が死んでからというもの構成員たちは好き勝手に振る舞っている。
新しくマフィアのドンの座についた兄貴の言葉には耳を貸さず、自分たちの欲に赴き動いている。私欲を優先しカタギを危険にさらすなんざ親父の代では考えられなかったことだ。
決して兄貴に落ち度があるわけじゃねえ。兄貴は構成員をまとめようと日夜、身を粉にしている。自分よりも少し産まれるのが遅かった。それだけの理由で構成員たちは兄貴に従わない。
何名かの構成員たちが俺の前で、わざとらしく兄貴の陰口をいった。
「満さんはドンの器じゃない。あなたこそが相応しい」
兄貴がドンの器じゃないだって。好き勝手言うんじゃねえよ。
頭にきたので、ふざけたことを抜かした構成員はぶん殴ってやった。
それなのに兄貴は「余計なことをするな」と咎めやがった。俺が兄貴を想ってやったことは余計なことなのかよ。
そんなやりとりが何回も続いた。兄貴が俺を疎ましく思っていると何度も聞かされた。最初のうちは「兄貴がそんなことを思うわけがない」と突っぱねた。だんだん何度も言われ続けるうちに自信がなくなってきて、俺が都合よく解釈しているだけなのかもしれないと考えるようになった。
耐えきれなくなって兄貴に真偽のほどを確かめようと部屋を訪ねた。答えはすぐにでた。
「忙しい」「後にしろ」といわれ部屋を追い出された。構成員のいうとおり、兄貴は俺を疎ましく思っていた。
俺は好きなままでいたい。兄貴を嫌いになんてなりたくない。
溝が深まり、月が欠けていくさまをこれ以上みたくない。
俺は今日、家を出ていく。早起きの兄貴が起きてくるのを待たずに。
望月かけるは今日をもって死んだ。今日は俺の命日だ。