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    sirokuma_0703

    @sirokuma_0703

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    sirokuma_0703

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    数年後設定で、怪我をして活動を休止した🌟を追いかけてきた🎈×活動を休止して田舎で暮らす🌟。
    ロリショタビバスやら🎨ちゃんやらを欲張って出したせいで続きを書くのが大変になってしまった。

    うっすらと目を開けて、飛び込んできた光景に、僕は思わず息を飲んだ。窓の外に、青い海が広がっている。峨峨たる岩を、波が力強く打ち付けた。白いカモメが飛び回る。カンカンという、踏切が下がる音が聞こえた。なんだか爽やかな気持ちになる。
     電車を降りて、身体をぐっと伸ばす。ずっと座っていたからくたびれてしまった。けれど、本番はここからだ。キャリーケースを引いて、人気の無い駅を出た。晴れていて良かったと思う。初めての町で、雨の中、そこそこの量の荷物を持って人探しをするのは、きっと大変だろうから。ガラガラと音を立てながら、とりあえず人のいる場所を目指した。静かなところだが、遠くの方で子供が遊ぶ声が聞こえる。そこまで行けば、きっと大人も見つかるだろう。
     5分ほど歩いて、僕は第一村人に出会うことができた。二人組だから、正確には第一村人と第二村人だ。どちらがどちらかはわからない。同時に目に入ってきたから。2人はランドセルを背負っていた。青いランドセルと、黒いランドセル。青い方は、目の下に泣きぼくろのある、真面目そうな男の子だ。黒の方は、派手なオレンジ色の髪をした、やんちゃそうな子だった。身を寄せあって、警戒心を宿した目で僕を見ている。しっかりした子供だなと思った。

    「こんにちは」
    「…こんにちは」
    「ちは」

    にこやかに挨拶をしてみたけれど、2人の表情は固いまま。僕は完全に他所者だし、自販機と同じくらいの背丈がある。小さな彼等では、威圧感を感じるのも無理はない。

    「少し聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
    「…なんですか?」

    一応聞いてはくれるらしい。

    「ありがとう。この辺に、金髪のすごく変わったお兄さんはいないかい?天馬司くんっていうんだけど」

    2人の目元がぴくりと動いた。一瞬の間があって、やんちゃそうな子が口を開く。

    「知らねぇ。そんな人、見たことも聞いたこともない」

    真面目そうな子は、それを後押しするようにこくこく頷いている。

    「…本当に?」

    目線を合わせて問いかける。2人はわかりやすく目を泳がせ、僕から距離をとった。じりじりと後ろに下がっていき、やがて走り去ってしまった。小さな背中がもっと小さくなって、曲がり角の向こうに消えていく。僕はため息をついた。それがどういうため息かは判然としなかったけれど。

    「まぁ、良かった」

    2人の反応を見るに、司くんがここにいることは確実だ。それさえわかれば、もう心配することは何もない。小さな村だ、すぐに会えるだろう。2人がいなくなったのと同じ道を辿って、また別の人を探しに行く。角を曲がれば、民家が立ち並んでいるのが見えた。その中に混ざって、花屋の看板が立っている。花は好きだ。せっかくだし、そこで話を聞こうか。そう思って入り口の前に立つと、子供の声が聞こえてきた。ついさっき、聞いたばかりの声だった。
    「だから、本当なんだって!」
    「司さんは隠れててください!」
    滅茶苦茶知ってるじゃないか。というか、隠れなきゃいけないような危険を感じるほど、僕って怪しく見えるのかな。さすがに傷つく。首を振って気を取り直し、立て付けの悪い扉を開いて、店内に足を踏み入れる。色とりどりの花の中に例の2人と、僕が探し求めた彼がいた。薄い黄色のエプロンをつけた司くんが、僕を見て微笑む。

    「久しぶりだな、類」

    声も笑顔も、前と何一つ変わらない。あぁ、本当に、ここに来て良かった。

     花屋の奥は人が暮らせるようになっていて、そこが司くんの今の住まいらしい。

    「お店はいいのかい?」
    「あぁ。ほとんど誰も来ないし、来たら呼んでくれるから」
    「…そっか」

    司くんには、聞きたいことがたくさんある。話したいこともたくさんある。たまに連絡を取っていたとはいえ、1年半ぶりの再会なのだから。旅に出たとは聞いていたけれど、まさかこんなところの花屋でバイトしているとは思っていなかった。しかし今はそれについて聞くよりも、司くんを守るように立ちはだかる、2人の少年の方が気にかかってしまった。

    「二人とも、そんなに怖い顔をするな。こいつはオレの友達だ。悪い奴じゃないから、安心しろ」

    司くんが言い聞かせても、2人はそっぽをむいたままだ。

    「冬弥、彰人」
    「いいさ。急に知らない人が来たら、びっくりするよね。僕は神代類。司くんとは高校時代からの友人なんだ。よろしく」
    「…青柳冬弥です」
    「…東雲彰人」
    「ふふ。教えてくれてありがとう。そうだ、お菓子があるんだけど、食べるかい?」
    「お菓子」

    彰人くんの目が輝いた。

    「甘いものか?」
    「そうだよ」
    「では、コーヒーを淹れよう」
    「コーヒー…!」

    今度は冬弥くんの目が輝いた。幸いにも、二人の心を掴むことができたらしい。
     司くんはお湯を沸かしにキッチンへと移動した。その間、僕は彰人くんと冬弥くんと、もう少し親睦を深めることにする。

    「司くんは、いつからここにいるんだい?」
    「半年くらい前。ここのばあちゃんが連れてきた。駅で足挫いたのを、助けてくれたんだって」
    「へぇ」

    それは、なんとも司くんらしい話だ。

    「そのおばあさんは、今どうしているのかな?」
    「肺炎で、遠くの病院に入院しています」
    「…そう」

    詳しい話を聞こうとしたその時、キッチンのほうから悲鳴が聞こえてきた。

    「ぎゃあああああ!く、くくく、蜘蛛!!!!」

    久々に聞くと凄い声量だ。思わず肩が跳ねてしまった。二人の少年はもうすっかり慣れているらしい。特に驚きはないようだった。

    「またかよ」

    彰人くんが呆れたように呟く。冬弥くんは、ティッシュを持ってキッチンへ入っていった。

    「司くん、うるさーい!」
    「す、すまん!」

    どこからか女の子の声が聞こえた。隣の家の子だろうか。家の壁を隔てているはずなのに、当然のように会話をしている。なんというか、少しカルチャーショックを受けてしまった。都会とは違う。

    「司さん、もう平気ですよ」
    「ありがとう冬弥…助かった…」
    「カップ、出しますね」

    冬弥くんは、そのまま司くんのお手伝いをするらしい。

    「司くんは、相変わらず虫苦手なんだね」
    「蜘蛛なんてしょっちゅう出るだろうに、いつも初めて見るみたいに叫んでる」
    「む。苦手なものは苦手なんだ。仕方ないだろう」

    コーヒーをトレイに乗せた司くんが戻ってきた。拗ねたように唇を尖らせたその顔を、とても懐かしく感じる。

    「しかし、これでもだいぶ慣れたんだぞ。花の世話をするときにくっついてたりするしな」
    「あぁ。この前来た時は、1人で泣きながら作業しててびっくりした」
    「こら彰人!それは内緒だと言っただろう!」
    「やべ」

    どうやら、彰人くんの言葉は事実らしい。頬を赤くした司くんが、誤魔化すようにコーヒーカップを渡してくれた。僕もお土産を取り出して、テーブルに並べて見せる。ふわふわのスポンジ生地にクリームが入った東京銘菓だ。

    「お前、こういうものを買うんだな」
    「わかりやすくて良いだろう?」
    「まぁ、そうだな…」

    有名なお菓子だけれど、彰人くんと冬弥くんは、食べたことが無かったらしい。一口かじって、幸せそうに口元を緩めた。子供らしいその反応は、見ていてなんだか癒される。つい、さっきまで怖い顔で僕を睨んでいたことを、忘れてしまいそうだ。

    「司くーん、いるー?」
    「開けていいぞー!」

    引き戸が開いて、今度は女の子が現れた。さっき会話していた子とは、また違う声をしていた。目がぱっちりとして、気が強そうな女の子だ。なんとなく既視感を覚える雰囲気をしている。彼女は僕を見るなりこう言った。

    「うわ、あんた誰?」
    「こら。まずは挨拶だろう」
    「…司くんの、知り合い?」
    「あぁ、そうだ」

    司くんが頷くと、彼女はほっとしたように肩の力を抜いた。

    「こんにちは。僕は神代類。君の名前を聞いてもいいかな」
    「東雲絵名」

    その答えで、既視感の正体がわかった。

    「彰人くんの、お姉さん?」

    彰人くんと絵名くんが、同時に頷く。顔立ちはあまり似ていないけれど、端々の仕草が似た姉弟だと思った。

    「絵名、お菓子食べるか?類が持ってきてくれたんだ」
    「いいの?食べたい!」

    お菓子で釣られるところもそっくりだった。絵名くんは、家に帰ってからここに来たらしい。首元に小さながま口財布をかけて、あとは何も持っていなかった。

    「絵名くんは、花を買いに来たのかい?」

    お菓子を口に頬張った絵名くんが、こっくりと頷いた。

    「絵名は、ここの常連さんなんだぞ」
    「へぇ。花が好きなの?」
    「好きっていうか…資料に使うの」

    首をかしげる僕に、司くんが説明してくれる。

    「絵名は、絵を描くのが好きなんだ。それで実物の花が必要なんだよな。また新しいのを描いているのか?」
    「うん!できたら、司くんにも見せてあげる」
    「それは楽しみだ」

    司くんは楽しそうに笑った。お菓子を食べた絵名くんは、司くんを連れてお店に出ていく。絵名くんのイメージを聞きながら、司くんがそれに沿った花を紹介しているのが聞こえた。

    「ポピーはどうだ?」
    「うーん、色がなんか違う…」
    「そうか。じゃあこれは?ストックっていうんだが」
    「可愛い!ねぇ、花言葉は?」
    「これは…確か、求愛とか永遠の美しさとか、そんな感じだったはずだ。色によっても違うがな」
    「紫は?」
    「おおらかな愛情、だ」

    そのやり取りを聞いて、僕は驚いた。以前の司くんは、あまり花に興味を持っていなかったはずだ。それが、つっかえながらも、品名も花言葉もきちんと言えるようになっているなんて。なんでも吸収してしまうのは、司くんの凄いところの一つだ。結局絵名くんは、アネモネを買っていくことにしたらしい。

    「彰人、あんまり司くんに迷惑かけるんじゃないわよ」
    「かけてねーよ」

    小さくても、きちんと姉弟なんだな。僕は一人っ子だから、こういう会話が面白く感じる。

    「絵名、できたぞ」
    「ありがとう!じゃあ、また明日ね」
    「あぁ。またな」

    絵名くんがいなくなって、また4人になった。時計の針が17時を指す。その途端に、彰人くんと冬弥くんが立ち上がった。不思議に思っていると、冬弥くんは食器を片付け、彰人くんは店に出て、司くんの手伝いを始めた。まだ小学校の中学年くらいだろうに、そんな気遣いができるなんて。僕が感動していると、彼らには彼らなりの思惑があったらしい。

    「なぁ、早く学校行こうぜ」
    「まだだ。水を取り替えないと」
    「えー」

    彰人くんの不満そうな声が聞こえる。どうやら、司くんの仕事が終わったら、何か楽しみが待っているらしい。それがなんなのか、僕も興味が湧いてきた。

    「手伝うよ」

    そう声をかけると、彰人くんに「ちょっと見直したぜ」って顔をされた。司くんの指示に従って、花の水を取り替えていく。

    「よし、終わったな。みんな、手伝ってくれてありがとう」

    2人の顔が輝く。

    「今から少し出かけるんだが、類も来るか?」
    「うん。ぜひ、お供したいな」

     暖かな日だった。夕方でも、上着を羽織る必要はなかったかもしれない。彰人くんと冬弥くんは、僕と司くんの少し前を歩いている。後姿でも、二人がご機嫌なのが伝わってきた。

    「これから、何をしに行くんだい?」
    「そうだな…」

    司くんは、悪戯っぽく笑って言った。

    「着いてからの、お楽しみだ」

    そのまま走って行って、彰人くんと冬弥くんを追い越した。

    「あ、司待て!」
    「待ってください!」

    それを見た二人も、慌てて駆けだす。子供は元気だなぁ。少し、羨ましく思った。

     辿りついたのは、随分と年季の入った小学校だった。彰人くんと冬弥くんもここに通っているのだろう。玄関前で二人の女の子が仲良く遊んでいて、それを優しそうなおじいさんが見守っていた。

    「あ、司さん!」
    「もう、遅いよー」

    2人はどうやら、司くんのことを待っていたらしい。司くんが軽く謝って、おじいさんの方を向く。

    「校長先生、いつもすみません」
    「なに、これくらい気にすることはないよ。おや、見ない顔だね」
    「司くんの友人の、神代類といいます」
    「そうか…司くんの、お友達か」

    ここにきて、大人に出会ったのは初めてだった。子供たちが向けてくる不信感とは、また別の感情がこもった視線で見られる。きっと、僕が司くんの知り合いでもなんでもない、ただの人間ならそんな目は向けられなかったように思う。

    「私は白石杏。よろしく!」
    「あ、小豆沢こはねです。よろしくお願いします…」

    2人の女の子は、素直に名前を教えてくれた。ずっと拒まれてきたせいか、僕を受け入れてくれる子供がいることに安心する。

    「よし、じゃあ行くか」

    校長先生と別れ、校内に入っていく。小学校なんて、何年ぶりに来ただろう。すべてのものが、ミニチュアかと思うほどに小さい。それでも、子供たちにはぴったりのサイズだ。僕も昔はそうだったなんて、センチメンタルな気分にもなる。子供たちは自分の上履きをとりに散っていく。僕は司くんにスリッパをとってもらって、それを履いた。
     体育館が、みんなの目的地だったらしい。ステージの下に、ピアノが置いてある。彰人くんと冬弥くんが司くんの手を引いて、杏くんとこはねくんがその背中を押して急かす。なんとも微笑ましい光景だった。司くんは椅子に腰かけて、ピアノのふたを開く。ぽーんと1つ音を出すと、子供たちは嬉しそうに笑った。
    「じゃあ、まずはいつも通り、発声練習からいくぞ」
    司くんのピアノに合わせて、子供たちの声が響く。まるで、音楽の授業を見ているようだった。だけど、僕が昔受けていた授業とはまるで違う。ここにいる子たちは、みんな楽しそうな笑顔を浮かべている。心の底から音楽が好きなんだと、見ている僕にも伝わってきた。

    「うん、みんないい感じだ。こはね、大きな声が出せるようになったな」
    「え…そ、そうですか?」

    こはねくんが嬉しそうにはにかむ。

    「うんうん!最初のころと全然違うよ!さすがこはね!」
    「えへへ…」
    「杏も、だいぶブレが少なくなってきたな。彰人は周りの音が聞けるようになってきたし、冬弥は安定さに磨きがかかっているぞ。いい調子だ」

    褒められた子たちは、嬉しそうに瞳を輝かせる。けれどみんなの成長を一番に喜んでいるのは、司くんなのだろう。それがわかるから、子供たちはより成長の喜びを感じるのだろう。司くんには、先生の才能もあったのかもしれない。

    「発声練習はこれで終わりにしよう。まずは一曲通して、次に昨日の続きを見ていくぞ」

    皆が頷くのを見て、司くんが鍵盤に手をかける。前奏が始まって、子供たちが歌いだすのを聞いて、思わず身体が震えた。曲自体は、僕も聞いたことのある有名な合唱曲だった。けれど、こんな歌声で歌うのを、僕は聞いたことがない。単純に上手いだけではなかった。4人の歌声が綺麗に調和して、心に訴えかけてくる。こんな片田舎に眠らせておくには、少し勿体ない才能だった。曲が終わる。僕は思わず手を叩いていた。

    「素晴らしいね。小学生の合唱のレベルを超えているよ。正直、驚いたな」
    「ふふん、当然だろう!」

    司くんが胸を張る。

    「だが、もっともっと良くなるぞ!みんな、可能性の塊だからな!」

     1時間ほど練習をして、こはねくんのお父さんが、彼女を迎えに来た。それで、今日の練習はお開きになった。来た道を引き返しながら、1人ずついなくなっていく。少しずつ声が減っていくのに、なんとも物悲しい気分にさせられた。
    「すっかり暗くなってしまったな。そういえば類、オレはお前をうちに泊めるつもりでいたが、宿はとってあるのか?」
    「宿…そういえば、忘れていたな」
    「お前な…まぁ、それならやはり、うちに泊まっていくといい」
    「お言葉に甘えるとするよ。ありがとう」
     
     夕飯をご馳走になって一息つくと、ようやく司くんに会えたのだという実感が湧いた。疲れもあってぼんやりと司くんを見ていると、苦笑いされてしまった。

    「そんなに見つめるな。穴が空いてしまうぞ」
    「…そんなに見ていたかな」
    「見てた」

    すぐに肯定が返ってきて、気恥ずかしくなってしまう。まさか、君に見惚れていたなんて言えやしない。僕は慌てて別の話題を探した。

    「ここのおばあさんを、助けたんだってね」
    「あぁ。半年くらい前にな。それがきっかけでオレは店の手伝いをしながら、ここで暮らすようになった。今は肺炎で入院してるんだが、そっちは家族が看病している。オレはおばあさん…花さんというんだがな。花さんが退院するまで、ここで代わりに働いているつもりだ」
    「…そう」
    「症状は良くなってきているらしい。近いうちに退院できるそうだが…まぁ、油断は大敵だな」

    司くんは目を伏せた。話を聞く限り、ここを離れる目途は経っていないらしい。どうしようかと思っていると、こつこつという不審な音が響いた。音は窓の方から聞こえてくる。司くんは立ち上がって、カーテンを開いた。

    「冬弥」

    見ると、昼間に比べて随分と暗い顔をした冬弥くんが、窓の外に立っていた。司くんは窓を開ける。

    「どうした?忘れ物か?」
    「…司さん」
    「うん」
    「俺…」

    何かあったのだろうか。夜遊びをするようなタイプには見えなかったし、少し心配だ。

    「冬弥、今店の方を開けるから、そっちから入ってきてくれるか?」
    司くんが言うと、冬弥くんはこくりと頷いた。
    「類、すまないが、少し話してくる」
    「うん」

    開いた戸の隙間から、二人の会話が漏れ聞こえてくる。

    「また家の話をされたのか?」
    「…はい」
    「そうか」
    「おばあちゃんたちは、すぐに帰れるって言うんです。でも俺は、まだここにいたい。ずっとここで、彰人や司さんたちと一緒に歌ってたいんです」
    「冬弥…」

    僕は、ここに来たことを後悔し始めていた。僕がここに来たのは、司くんを連れ戻すためだった。けれど、今日一日で、司くんはすっかりこの村に馴染んでいるのだと思い知った。司くんもこの生活をそれなりに楽しんでいるらしい。何よりもあの子供たちから、彼を取り上げるのは気が引けた。

    「…花束を作ろう」
    「え?」
    「本当はこのままうちに泊めてやりたいんだが…そういう訳にもいかないだろう。だから、ここの花を持っていくと良い。そうすれば離れていても、オレが近くにいるみたいじゃないか?」
    「司さんが近くに…!素敵です…!」
    「ふふ、そうだろう。ほら、好きなのを選べ」
    「司さんも選んでください」
    「いいぞ。かっこいいのを作ろうな!」


    「司さん、ありがとうございました」
    「あぁ。また明日な」

    冬弥くんはうちに帰ったらしい。司くんがこちらに戻ってくる。目が合うと、困ったような笑みを浮かべた。

    「待たせたな」
    「ううん。彼、大丈夫だったかい?」
    「あぁ…あいつは、家族と問題があったらしくてな。今は祖父母のところで暮らしているんだが…その祖父母が、家の問題をよくわかっていないみたいなんだ。悪い人たちではない。冬弥のことを本当に可愛がっている。だからこそ、冬弥を両親のところへ返してやりたいんだろう。だが、冬弥の気持ちは違う。祖父母の優しさと、自分の気持ちの間で板挟みになってしまっているんだ」

    司くんは憂いを帯びた表情でため息をつく。まるで自分のことのように、頭を悩ませているらしい。たとえ根本的な解決に繋がらなくとも、そういう大人がいることは、冬弥くんにとっては大きな救いになるだろう。やっぱり、一緒に帰ろうなんて言えなかった。


     翌朝。司くんが子供たちを送る声を聞いて、僕は目を覚ました。子供の朝は早いな。僕はまだまだ眠っていたい。もちろん、司くんが許してくれるわけはないけれど。

    「類、起きろ。朝だぞ」
    「うぅ…あと五分…」
    「はぁ。オレはあと少しで店を開けないといけないんだ。ご飯を一緒に食べられるのは、今だけだぞ」
    「お客さんほとんど来ないんじゃなかったの…」
    「たまには来るんだ」

    僕は渋々布団から出て、顔を洗った。意識を半分夢の世界においたままの僕と違って、司くんはてきぱきと料理を並べてくれた。

    「サラダ、いらない…」
    「う、懐かしいな…少しくらい食え。子供でも食べるぞ」

    朝食を食べつつ、今日の予定について話し合う。

    「類、お前いつまでここにいるんだ?公演は休みなのか?」
    「うん…そうだよ。しばらく仕事はないから、もう少しここにいようと思うんだけど…いいかな?」
    「オレは構わんぞ。せっかく会えたんだからな」

    司くんは普段、店の仕事をして、それが終わったら学校で子供たちに歌を教えているらしい。僕も今日は、彼の手伝いをしながら過ごすことにした。司くんと同じエプロンをつけて、花の世話をする。一通り業務が終わって、カウンターに並んで座り、お客さんが来るのを待った。

    「本当に、全然来ないね?」

    店を開けてから3時間。まだ1人もお客さんは来ていない。こんな調子で、経営状態は大丈夫なのだろうか。

    「もちろん赤字だぞ。まぁ、正直花なんてその辺に咲いているし、ないと困るものでもないからな。…だが、あれば心が豊かになる。お前はよく知っているだろう、類」
    「…そうだね」

    色とりどりの花に囲まれて、司くんは微笑む。

    「ここにいると」
    「ん?」
    「どれが君だか、わからなくなってしまうな」
    「…何を言っているんだ?」

    司くんは眉を顰める。心底意味がわからないという顔だ。僕にとって、司くんは花だった。そこにいてくれるだけで、人を笑顔にしてしまう。司くんが芸能活動を休止する時に、その背中を押したのは僕だった。司くんはずっと、誰かを笑顔にするために動き続けていた。不特定多数の誰かを笑顔にしたいと思い続け、実際にそれをやってのけるのは、並大抵のことではない。休止をきっかけに、少しは自分を労わってあげてほしかったのだ。それなのに、結局僕は彼がいない日々に耐え切れなくて、こんなところまで追いかけてきてしまった。やっぱり僕には、司くんが必要だった。ショーをしなくてもいい。ただ、そばにいてほしかった。
     それからほどなくして、ようやく1人目のお客さんが現れた。

    「謙さん。いらっしゃい」
    「よう、司。と、そっちが噂のお友達だな。杏に聞いたぞ」
    「謙さんは、杏の父親なんだ。喫茶店を経営していて、お店に飾る用の花をよく買いに来てくれる」

    もう何度目かもわからない自己紹介を済ませて、軽く頭を下げる。僕を見る彼の目には、やっぱり校長先生と同じ色が宿っていた。

    「もう、ここを出るのか」

    それはきっと、寂しさなのだと思う。

    「いいえ。花さんが帰ってくるまでは、ここにいます」
    「別に、ばあさんが帰ってきたって、ここに残ることもできるんだろう?」

    司くんは目を見開いた。言葉を詰まらせて、目を伏せる。

    「それは…」
    「いや、忘れてくれ。意地の悪いことを聞いた」
    「…いえ」

    花を買った謙さんが、店を出ていく。司くんは小さくため息をついた。

    「…復帰するつもりは、ないのかい?」
    「…わからん」


     昨日のように子供たちがやってきて、また歌を歌いに学校へ行く。冬弥くんは元気そうだったけれど、今度は彰人くんの機嫌が悪かった。何かイライラしているようで、杏くんやこはねくんに八つ当たりしている。そのせいで、歌の練習どころではなくなってしまった。

    「こら、彰人。何をそんなに怒っているんだ」
    「別に」
    「そんなことないだろう。何か嫌なことがあったんじゃないのか?」
    「…」

    そっぽを向く彰人くんに、司くんは目線を合わせる。

    「彰人は、理由もなく意地悪をするような子じゃないだろう」
    「…そんなの、わかんねぇじゃん」
    「いいや、わかる」

    断言する司くんに、彰人くんは目を見開いた。なんだか毒気を抜かれたような顔をしている。やがて、反論することを諦めたらしい。ぽつりと言った。

    「絵名と、喧嘩した」
    「そうか。どうして喧嘩したんだ?」
    「オレがとっておいたチーズケーキ、勝手に食べたんだよ。…司が作ってくれたやつ」

    今度は司くんが目を丸くした。

    「そうなのか?絵名の分も渡したはずだが…」
    「そうだけど、そんなことするのあいつくらいだろ。なのに、しらばっくれやがって…」
    「ふむ…?」

    司くんは首をかしげる。彰人くんの話が、あまり腑に落ちなかったのかもしれない。

    「しかし、それはあくまで絵名との喧嘩だろう?杏とこはねは関係ない話だ。そうだな?」
    「…うん」
    「こういう時、なんて言うんだ?」
    「…ごめん」

    彰人くんが謝る。

    「しょうがないなぁ。許してあげる」
    「うん。楽しみにしてたもの、無くなってたら悲しいよね」

    呆れたような杏くんと、同情するこはねくん。どうやらこれで一件落着のようだ。子供の喧嘩は微笑ましい。そういえば、僕と司くんも喧嘩をしたことがあったっけ。高校の頃のハロウィンにした喧嘩では、カイトさんが力になってくれた。あれ以来、僕の中で頼りになる大人といえばカイトさんなのだけれど、今の司くんの姿は、その時のカイトさんに似ている気がする。あぁ、大人になったんだなんて、しみじみと思った。
     その後はなんの問題もなく、練習は進んだ。帰る時間になって、学校を出る。そこで絵名くんと、絵名くんに手を引かれる、何やら暗い面持ちの男性の姿を見た。その男性が、東雲姉弟の父親なのだろう。絵名くんが父の背を押して、彰人くんの前に立たせる。

    「ほら、お父さん。ちゃんと謝ってよね。お父さんのせいで、私濡れ衣着せられたんだから!」
    「は?濡れ衣って…」
    「彰人、すまない。お前のチーズケーキを食べたのは…俺だ」

    沈黙。全員が、ぽかんとした顔をした顔をしていた。真実を知っていた絵名くんと、悲痛な面持ちのお父さんを覗いて。

    「ずっとアトリエに引きこもっていて、頭が糖分を欲していた。冷蔵庫に美味しそうなチーズケーキがあったから…つい」
    「いや、ついじゃねぇだろ!」
    「本当に悪かった」

    頭を下げるその姿は、いっそ潔い。妙な格好良さすらあった。小学生の息子のチーズケーキを盗み食いした人なのに。

    「凄く美味しかった」
    「最低」
    「お前本当に反省してんのか⁉」
    「もちろんだ」
    「嘘つけ!」

    娘と息子にぽかぽか殴られながら、お父さんは頭を垂れ続けている。凄くシュールな絵面だった。

    「ふふふ」

    押し殺したような笑い声。隣を見ると、司くんが顔を真っ赤にして肩を震わせていた。

    「あっはははは!駄目だ、ちょっと…ふふ」

    ついに抑えがきかなくなった司くんは、声を上げて笑い始める。絵名くんと彰人くんは、呆れたように父親を見た。

    「親父のせいで、司に笑われたじゃねぇか」
    「あーあ」
    「すまない…」
    「いえ、こちらこそ、笑ってしまってすみません。彰人、絵名。チーズケーキなら、また作ってやる。だからもう許してあげてくれ」

    絵名くんと彰人くんは顔を見合わせた。会議の結果、司くんに従うことにしたらしい。こうして、親子喧嘩も無事に終息したのだった。


     幸せな日々が続いていた。ここには華々しいステージも、歓声をくれるお客さんもいない。大きな出来事は何もない。それでも、優しい大人と、元気な子供たちがいた。美しい自然があった。平和な日常があった。こんな穏やかな幸福があることを、僕は初めて知った。きっと、司くんも同じだっただろう。ここにいる司くんは、前よりも落ち着いているように見えた。
     幸せな日々は、きっともうすぐ終わりを告げる。そしてそれは、僕のせいに違いなかった。


    「そういえば類、しばらく休みと言っていたが、いつまでなんだ?もうここに来て、二週間ほどたつだろう?」

    クッキー生地をこねながら、司くんが聞いてくる。僕はぎくりと身体を震わせた。

    「あー…」

    歯切れの悪い僕に、司くんは手を止め、眉を顰める。誤魔化すことは、きっとできないだろう。僕は正直に言った。

    「僕も、活動を休止してきたんだ」
    「…は?」

    司くんは、呆然としたように目を見開く。気まずくなって、僕は目を逸らした。

    「なんで…なんでもっと早くに言わなかった⁉」
    「…言ってなかったっけ?」
    「言ってない!聞いていないぞ、この馬鹿!大馬鹿者!馬鹿類!」

    司くんは大声で喚く。ただでさえ彼の声は大きいし、小さな村なんだ。このことは、あっという間に広まるだろう。

    「…オレのせいか」

    ひとしきり喚いた後で、ぽつりとそう言った。歯を食いしばって、自分を責めているようだ。

    「…それは、違うよ」
    「違う訳がないだろう…!」
    「…」

    僕は何も言えなかった。
     お互いに頭を冷やそうと言って、僕は家をでた。その途端に立ち止まる。

    「…」
    「…」
    「…」
    「…あ、あの」
    「司さんに、何を言ったんですか」

    子供たちが勢ぞろいだった。集団の子供の冷ややかな目線というのは、なかなか心に来るものがある。冬弥くんに至っては、子供だとは信じられないほどに、恐ろしい顔をしていた。

    「…少し、散歩をしようか」

    司くん抜きで子供たちと歩く。取り囲まれて、逃げ場がなかった。犯罪者になった気分だ。

    「で、何言ったんだよ」

    小川のほとりに連れて行かれ、問い詰められる。水の流れる音と、木々が風に揺れる音。なんてのどかな光景だろう。司くんとも一緒に来たかった。虫が嫌いなくせにアウトドア派の彼だから、きっと喜んでくれたはずだった。

    「司くんが、ここに来る前に何をしていたか、聞いたかい?」

    質問に質問を返してしまった。子供たちが頷く。

    「ミュージカル俳優だったんでしょ?」
    「映像見せてもらったことあるよ」
    「す、凄かったです…!」
    「うん。僕はね、彼のやる舞台の、演出家だったんだ」

    そう言うと、今度はみんな首をかしげてしまった。俳優と違って演出家は裏方だし、あまりぴんと来ていないのかもしれない。それも仕方ないことだ。

    「僕は、舞台にいる司くんがもっと輝けるように、お手伝いをしていたんだ。だけど…司くんは事故で、脚を怪我してしまってね。一時は、歩くことすら困難だったんだよ」
    「え」

    それは知らなかったのだろう。冬弥くんが不安そうな声をあげる。

    「今は大分回復したんだ。少なくとも、日常生活に支障はないと思う。この前だって元気に走り回っていたしね。だけど、脚を高く上げたり、長時間の舞台をすることはまだ厳しいんじゃないかな。思うような動きができなくて、一時期は随分荒れていたよ」

    きっとこの子たちには、荒れた司くんなんて想像できないだろう。あの頃の司くんは常に追い詰められていて、余裕のない顔をしていた。

    「僕は、そんな司くんを見ていられなかった。だから少し舞台を離れて、身体を休めてほしいと言ったんだよ。司くんも、ただあがいていても意味がないとわかっていたんだと思う。活動を休止して、彼は旅に出た。それが1年半前だ」

    一年半というのは、司くんがいればあっという間の期間だったのかもしれない。けれど、彼を失った僕にとっては、途方もなく長い時間だった。以前と変わらずに演出をつけていても、そこに司くんがいないだけで、すべてが台無しになってしまった気がする。そんな日々に、僕は耐えきれなかった。

    「僕も活動を休止して、彼をここまで追いかけてきた。結局、僕には司くんがいないと駄目だったんだよ」
    (…司くんは、違ったみたいだけど)

    僕は子供たちを見た。それぞれが、複雑な表情を浮かべている。

    「…司のこと、連れてくのか?」
    「そのつもりだったんだけどねぇ」

    子供たちは、固唾を飲んで僕を見つめていた。あまりに必死で微笑ましい姿に、思わず笑みが零れる。

    「君たちと遊ぶ司くんを見ていたら、僕はどうしたらいいかわからなくなってしまったんだ。それで迷ってるうちに、今日になってしまった」
    「それで司くん、あんなに怒ってたんだ」
    「…うん」

    僕はため息をついた。なんにせよ、僕は彼に話してしまった。一緒に戻ろうとまでは言えなかったが、それは言わずとも伝わってしまっているだろう。あとは彼の判断を待つしかない。


    「類。…劇団に、戻るぞ」

    その言葉に、僕は目を見開いた。

    「…良いのかい?」
    「あぁ。さっき、花さんのご家族から連絡があった。週末には、退院できるらしい。それでこっちに戻ってきて、ご家族も一緒に暮らすそうだ。店の経営も一緒にしていくらしい。オレはもうお役御免だ」
    「そんな…」

    お役御免なんて、そんなことはないはずだ。少なくとも、子供たちは司くんを必要としている。それに司くんは、ここでの生活を楽しんでいたはずだ。

    「司くん、僕は確かに、君と一緒にショーがしたいと言うつもりだった。だけど、それを無理強いするつもりはないんだよ」
    「無理強いなんかされていない。オレは、オレの意思でステージに戻ることを決めたんだ」
    「でも」
    「類…くどいぞ」

    司くんの意思は固いらしい。大きな瞳が真っすぐに、僕のことを捉えている。不意に、困ったように微笑まれた。

    「そんなにしょぼくれた顔をするな。この大スターを連れて帰れるんだぞ。もっと嬉しそうな顔をしろ」
    「…うん」
    「まぁ、そういう訳だ。オレたちも、週末にはここを立つぞ」

    僕はその言葉を望んでいたはずだった。それなのに、手放しでは喜べない。罪悪感が募る。これで本当に、良かったのだろうか。
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