【テーマ:サボリ】
学校生活で一番楽しみな昼休みが始まると、珍しく担任の五条がひょっこり教室へと顔を出した。
「お疲れサマンサ~」
「あ、先生お疲れ!珍しいね」
いつもの挨拶に返事をするのはこれまたいつも通り悠仁だけ。
「悠仁、ちょっといい?」
「どしたん?」
「こないだの任務で確認してもらいたいことがあって」
「え、何かやらかした?」
焦って悠仁は教室の入口に立つ五条の元に駆け寄った。
「違う違う、ちょっと報告書見ながら確認したいことあるんだけど今から大丈夫?」
チラリと後ろを覗き込む五条につられて振り向くと、同級生たちは勝手にしろと追い払うジェスチャーをしていた。
「いってらっしゃい。ランチは勝手に食べてるわ」
「早くいってこい」
「おう!じゃ、ちょっと行ってくんね」
ぶんぶんと手を振り返して、廊下の先を行く五条の後を追った。
「先生、俺は何を確認すればいいの?」
普段術師たちが休憩に使っている部屋には誰もいなかった。窓から陽射しが入り込んで室内は心地良い。昼寝でもしたら気持ちよさそうだ。三人掛けのソファに座るように促され腰掛けると、ぼすんと五条も隣に座ったので思わず隣を見上げる。
「ちょっと、膝借りてもいい?」
そう言うと、こちらの返事も聞かず五条はごろりと横になり、悠仁の膝に頭を載せた。
「んっ」
「お昼はそこに入ってるから、それ食べて」
目の前のローテーブルに紙袋がふたつ。覗いてみるとボリュームたっぷりのサンドウィッチがふたつとカレーパン、チーズブールにアップルパイ、チョココロネなど多種多様なパンが山ほど入っていた。もうひとつの紙袋には、温かい飲み物、コーラとミネラルウォーターのペットボトルまで。どれだけ大食いだと思われているのかと笑ってしまう。
「あんがとね」
「たくさん食べて大きくなりな」
膝の上から見上げる五条が手を伸ばして悠仁の頬を撫でるのがくすぐったくて肩を竦めた。
横になった男の長い脚は、ソファーの肘置きからはみ出てあまり快適そうに見えないが、そんな悠仁を見上げて満足げに笑っている。
校内でこうやって頼ってもらえたことが嬉しくて、ゆるゆると口角が上がってしまう。
「おつかれさま」
陽の光にキラキラと輝く白髪にそっと指を差し入れて撫でてやると、五条は気持良さそうだ。
「うん、ごめんね……ちょっとだけ」
すると間もなく小さな寝息が聞こえてきた。よっぽど疲れていたのだろう。
このところ出張続きで嫌になると電話でぼやいていたのに、隙間を縫って会いに来てくれて胸がぽかぽかと温かくなる。
すぅすぅと穏やかな寝息が堪らなく愛おしくて、このままずっとゆっくりして欲しいなと思う。
五条と恋人になったものの、二人でいられる時間は極めて少ない。隙あらばと五条を誘っても、授業を理由に断られることが多くて、こんな風に学校で甘えられることは初めてだった。
いつもは五条が引率した任務の後にちょっとだけと勇気を出して誘っても「これから授業でしょ?また別の日にね」と断られてしまう。
なかなか会えないのだから貴重なチャンスは一時でも逃したくはないという悠仁の気持ちは伝わらない。後日ちゃんとデートに連れて行ってくれるので拒否されている訳じゃないのは分っているのだが。
でも、そうじゃなくて。
多忙な五条とデートとなると調整が難しいし、疲れているのに無理させるのは嫌だ。十分だけでもいいから恋人として過ごす特別な時間が欲しいだけなのだ。迎えの車を待つ間とか、コンビニ前で少しだけ話すとか。
でも、それは授業がある日は必ず断られてしまう。頻繁に会えない分、せめて少しだけという悠仁の気持ちが伝わらないのは正直淋しい。
教師という立場なら当然だとは思う。
でも、学生であれ明日の命があるのか確証がないのが呪術界だと教えてくれたのも五条だ。青春を満喫しろというならその辺は融通が効いても良いのにと少しだけ不満もある。
けど、時折こうやって特別扱いしてくるところが五条のズルいところで、それを嬉しく思ってしまうのが悔しい。
「ままならねぇなぁ」
すっかり深い眠りに落ちている五条の頭をそっと撫でながら、苦笑いが浮かぶ。
とはいえ、こんな穏やかな時間を過ごすのは久々で、思う存分に堪能しようと気持ちを切り替える。こんなに穏やかな時間を五条と過ごせるなんて滅多にない。まずは腹ごしらえして堪能しようと、音を立てないように用意してくれたランチに手を伸ばした。
ずっと続いて欲しいと思うときほどあっという間に終わりが近づいてくる。あと五分で昼休みが終わるという頃、突如として電子アラーム音が鳴り響いた。慌てて周囲を見回すが、発生源が見当たらない。
「ん~~~~」
危惧した通り五条は目が覚めてしまったようで、目をこすりながらモゾりと起き上がった。
「先生、まだゆっくりしてれば?」
「んー、ありがとう。でも、もう時間だから」
そう言って術服のポケットからアラームが鳴り響くスマホを取り出す。
「アラーム掛けてたの?」
「うん、午後の授業始まっちゃうからね」
普段はいい加減と言われることが多い五条だが、悠仁に関しては本当に徹底している。悠仁は苦虫を噛み潰した顔になるが、五条はこちらの気持ちなど気付くことなく、小さくあくびをしながらアラームを解除した。
「先生授業ないじゃん。久々だし、少しくらい」
「ダメ、ちゃんと授業受けなさい」
ぷにと悠仁の鼻を摘んできた五条を恨めしく見上げれば、そんな顔しても可愛いだけだよと返される。
(もっと一緒にいたいのは俺だけなのかな)
ふと、そんなことが頭をよぎる。五条は大人だから淋しく思ったりしないのだろうか。
「悠仁?」
心配そうに覗き込む五条に何でもないと返したが、胸のモヤモヤは晴れそうになかった。
そんなことがあった数日後。
伏黒たちと都内の任務を終えて高専に帰る途中、信じがたい言葉が飛び込んできた。
「そういえば今日そこのホテルで五条特級術師、お見合いするらしいですね」
信号待ちで停車中、フロントガラスから見える高層ホテルを指して補助監督が何気なく告げる。
「え?」
思わず零れた驚きの声は、運転席には聞こえなかったらしい。
「珍しくサングラスにスーツ姿だったみたいで、女性陣がやっぱり眼福だなんてはしゃいでましたよ」
「へ~?でも、スーツ着てるくらいじゃお見合いとは限らないんじゃないかしら?」
ちらり、と野薔薇が悠仁に視線を向けて返す。
「確かに私もそう思ったんですが、どんな任務でも術服で行く人がスーツを着て、こんな高級ホテルに来るとなると用件は限られるでしょう。なにせ五条家のご当主様ですからね。お見合いの話なんてそれこそ沢山あるんじゃないかってみんな噂してましたよ」
補助監督の声が右から左へと流れて全然頭に入ってこない。
五条が見合いをしている。
寝耳に水だった。見合い話が持ち込まれることはあるが、全部断っていると聞いていたのに。
補助監督の言うように常に任務やちょっとした買い物は目隠しに全身真っ黒なスタイルで任務へ赴いている。そんな男がスーツ姿だったということは任務ではなさそうだ。しかも場所が場所だ。俄然見合いの信憑性が高まってしまう。
あの男の立場を考えれば断れない見合いもあるのかもしれない。仕方がないと飲み込むべきと思う自分と、そう出来ない自分がせめぎ合い、無意識に握った手に力が入る。
「そんな顔してるなら、その目で確かめてくれば?」
ハッとして隣を振り向くと、野薔薇がこちらを見つめていた。
「オイ」
「何よ伏黒。気になるなら直接見るのが一番手っ取り早いでしょ」
そう言って悠仁に向き直る。
「で、どうする?」
まっすぐな視線から目を離せず、その言葉を反芻する。
五条のことを信じている。信じたい。
でも、こういう話を聞いてぐらつかないほど自分に自信がある訳ではない。悠仁は知らずごくり、と唾を飲み込んだ。
「……やる」
「オイ」
伏黒が何か言いたそうにしていたが、今日は聞こえなかったことにする。
「よし!その意気よ!さすがに制服のままじゃ悪目立ちするわね。あ、補助監督さん」
「はい?」
こちらのやり取りは聞こえていなかったのか、運転席の男は事態が呑み込めていないようだった。
「予備のスーツ、持ってます?」
エントランスを抜けると吹き抜けの空間が広がっていた。高い天井から吊るされた照明の柔らかな光と大きな窓からの自然光がラウンジを温かく照らす。ゆったりと配置された席ではそこかしこで人々が談笑している。
スーツを着て堂々とすればいいと背中を押してくれた野薔薇だが、格式高い場が初めての自分にはハードルが高い。慣れない雰囲気に緊張して内心冷や汗たらたらだ。さりげなさを装って館内を見渡しているが、ぎこちなさは隠せていないだろう。それでも不審な目を向けられることがないのは、さすが老舗ホテルというべきか。
目当ての人物を探すも、この場にいないで欲しいとも思う。相反する気持ちを抱えながらそっと柱の陰からロビーを見渡すと、見慣れた男の姿が目に入った。
(あ……!)
スーツに身を包んだ五条が窓際の席に座っている。初めて見る姿に見惚れて悠仁は声を失った。
自分よりひと回り以上年上と分かっていても、一緒にいる時はノリがよくて年の差を意識することはなかった。
しかし、今視線の先にいる五条は、ひと目で仕立ての良いものと分かるスーツに身を包んだ紛うことなき大人だった。落ち着いた雰囲気で、誰が見たってそう思うだろう。サイズが合わなくて動きにくいなんて思っている自分とは大違いだ。
スーツ姿は三割増しで格好良く見えると聞く。普段から格好良いのに、更に増してキラキラして見えているのだから、そりゃ周りも放っておく訳がない。
そんな風に視線を離せずにいると、ドクンと一際大きく心臓が跳ねた。
五条の向かいに女性が一人座っている。
こちらに背を向けているため顔は見えないが、品のある大人の女性というのはひと目で分かってしまった。
それだけなら、まだ不安になることはなかった筈だ。
けれど。
五条が穏やかな表情で笑っている。それはまるで愛おしい人を見つめるような、そんな優しい顔。自分以外にそれを向けていると思った瞬間、胸がギリギリと絞られるような痛みに襲われた。無意識に胸元でぐしゃりと手を握り締める。
これは、ダメだ。
だって、意に沿わない見合いであればあんな表情をする訳がない。嫌々ながらであれば、それを隠そうともしないのに、そんな気配を微塵も感じない。それだけ彼女に心を許しているということなのだろう。
「あそこの二人、美男美女でお似合いじゃない?」
「大人な感じが素敵」
突然耳に飛び込んできた二人への称賛。そんなもの聞きたくないのに、同意できてしまう自分がショックだった。
だって今の自分は、胸元はパツパツだし腕まわりも小さいのか動かしにくい場違いなスーツ姿。そんな自分があの女性のように五条の前に座っていられるとは思えず、無意識に唇を噛み締める。
談笑する五条の姿が眩し過ぎて、胸が苦しくて逃げるようにその場を後にした。
あの場から離れたい一心でがむしゃらに走っていたら、いつの間にかホテルの中庭にいた。都会の中にあって緑の葉が生い茂り瑞々しい花々が咲き誇っていて、なんとも贅沢な空間だ。
しかし、悠仁にはその美しさを愛でる余裕はない。頭の中を占めるのは先ほど見た二人の姿ばかり。
浮気、ではないと思う。五条からの「好き」は嘘じゃないと信じている。信じたい。そう思っているのに、あの人には俺が見たことない顔で笑うんだな。過去に付き合ってた人たちも見たことがあるんだろうかと、今までよぎりもしなかった五条の過去が気になって仕方がない。こんなことを考えても仕方がないと分かっているのに止められず、胸がズキズキと痛む。
スーツ姿だって初めて見た。あんなに男ぶりの良い五条を見たら誰だって惚れてしまう。先生のばか。なんで言ってくれなかったんだよ。これまであまり意識しなかったドロドロとした感情が心の中で渦巻いて、項垂れたまま立ち上がることができない。
膝に肘をついて手のひらで顔を隠す。
相手の女性も綺麗そうな人だったし、大人として五条と一緒にいるのがしっくりきているように見えた。もし、自分があの場にいても周囲はあんな風に思わないだろう。
分かっていた、けれど。
五条との大きな差を、知らない一面をまざまざと突きつけられショックだった。もっとうまく折り合いが付けられると思っていたのに、さほど上手に飲み込めない。
自分で確かめたいと思ってここまで来たが、見積もりが甘すぎた。あまりのことに、根が張ったようにこの場から動けなかった。
「こんなところで何してんの?」
ハッと顔を上げると、そこにはニッコリ笑顔を浮かべるスーツ姿の五条がいた。瞬間、ぞわっと背筋が凍り、本能が逃げろと警鐘を鳴らす。
「ちょっと、僕とお話しよっか」
だが、時すでに遅し。
ガシリと腕を掴まれ、そこから引き剥がすよう強く引き上げられたのだった。
五条に連れてこられたのはホテルの一室。
足を踏み入れれば大都会東京が見渡せる大きな窓が目に飛び込んでくる。
しかし、悠仁の腕を掴んだまま先を行く五条はそれに一瞥もせず、広いリビングルームのソファに悠仁を座らせた。
「今日は任務の後授業だったはずだよね?」
どかりと隣に座った五条は背もたれに肘をついて、サングラス越しに悠仁をまっすぐ見据える。
「あー……うん」
後ろめたさに目が泳ぐ。実は任務の後に座学が一コマあったのをサボってここに来たのだ。
「悠仁には学生時代にしか出来ないこといっぱい経験して欲しいって僕言ったよね?」
「……ハイ」
「優等生でいろとは言わないけど、最低限やるべきことはちゃんとやらなきゃダメでしょ」
正論が嫌いと豪語するくせに、悠仁にはド正論で詰めてくる。とはいえ反論の余地などなく、ぐうの音も出ない。
「そもそも何でここにいるの?」
「それは……」
五条が見合いしていると聞いて来たとは口が裂けても言えない。
「悠仁」
言い淀むも有無を言わせない雰囲気に気圧されて、おずおずと口を開く。
「先生が、見合いするって聞いて」
後ろめたさに視線が下がる。
「僕はそんなこと言った覚えはないけど?」
「……補助監督さんに聞いた」
「そんな噂に踊らされて授業サボったの?」
そんな噂と一刀両断され、ずきりと胸に痛みが走った。
「変な誤解してそうだから言っておくけど、あの人は高専の先輩で呪術師。れっきとした任務だから。そもそも僕は見合いを受ける気はないって言ってあったよね?」
口調は穏やかだが一言発するごとに五条の纏う空気が冷たく鋭利になっていく。ひしひしと肌で感じ、悠仁は身体を固くした。
「それにさぁ、これ何?」
雑な手つきでジャケットの襟を引っ張られ、思わず顔を上げるとサングラス越しの視線が鋭く突き刺さった。
「これ、悠仁のじゃないよね?誰の?」
「今日の、補助監督さんの、です」
はぁ、と大きな溜め息に、心臓が竦み上がる。
「百歩譲って伊地知ならまだ良かった。なのに何それ、誰だよ」
言葉が荒れ始めた五条にぞわりと冷たいものが背中を走る。こんなにも苛立っている姿を目の当たりにしたことがなく、膝に置いた手のひらからどっと冷や汗が噴き出した。
「それ、さっさと脱いでくれる?」
ハリネズミかと思うほどに鋭い棘で覆われた五条を逆撫でないよう、静かにジャケットを脱ぐと、チッと大きな舌打ちが聞こえてきた。
「ゆーうじぃーーーー」
「ひゃい」
地獄の底を這うような響きに、思わず声が上擦る。今なら五条を前にした呪霊の気持ちがわかる気がする。
「ダメ、それはダメだよ」
何を指してダメ出しされているのかまったく分からないが、非常に怒っていることはビンビンと伝わってきて冷や汗ダラダラだ。慎重に言葉を選ばなければ大変なことになると本能が瞬時に察知した。
何も言えずゴクリと唾を飲む悠仁。そんな一瞥した五条は無言で立ち上がり、乱暴な手つきで悠仁の腕を取った。
「立って」
有無を言わせぬ雰囲気に、勢い良く立ち上がる。抵抗など考えられず、黙って目の前の男に従うしかなかった。
五条が三人ぐらい寝れそうな大きなベッドに放り投げられ、すかさず腰を跨ぐように五条が乗り上げてきた。
部屋は明るい筈なのに、スーツ姿で見下ろす五条の纏う空気で室内が薄暗く感じられる。
逃げたいのに、突き刺さる視線から目が離せない。お互い見つめ合ったまま、五条は着ていたジャケットを脱ぐとポイっとベッドサイドへ投げ捨てて、乱暴にネクタイを緩めた。危機的状況だと分かっているのに、初めて見る荒っぽい仕草に目が離せず胸が高鳴ってしまう。
そんな悠仁に一瞬目を細めた五条は、ゆっくりと覆いかぶさるように大きな手のひらで悠仁の左手首に触れた。
「そもそもさぁ、サイズが合ってないんだよ」
ゆっくりと人差し指を這わせるのは愛撫を連想させ、ジワリと腹の奥に熱が灯る。
そのまま袖口からそっと指を差し入れて、何でもないようにボタンを弾き飛ばした。
「首、ピチピチで余裕ないしさぁ」
今度は首筋に手のひらを寄せ、人差し指を襟元からするりと差し込む。そのまま喉元に移動したかと思うと、第一ボタンも指で弾き飛ばした。首回りがすっと楽になる。
「胸もパツパツじゃん?」
そのままゆっくりと指が滑り降りて、ワイシャツがぴたりと貼りついた胸元に辿り着く。
「それに何より、こんなの見せびらかしちゃダメだろ」
ここで初めて五条の視線が悠仁から逸れ胸元に移った。うっすらと透ける乳輪を指先でなぞられ、いつもの癖で体がビクッと反応してしまう。
それにしても何て言い草だろうか。中に着ていたTシャツが透けたから脱いだだけのこと。なのに見せびらかしているなんて言い掛かりもいいところだ。
しかし、指先に弄ばれた乳首はぷっくりと立ち上がり、これでは何を言っても説得力がない。目の前の男に慣らされ、意志に関係なく素直に反応してしまう自分が恥ずかしくて堪らず顔を逸らした。
「ッ!」
乳輪をなぞる指が不意に乳首を引掻かいた。突然のことに声が漏れそうになり慌てて唇を噛む。それに気付いた五条は追い立てるように指の腹でくにくにと捏ねまわすものだから、教え込まれた快感が背筋を駆け抜けていく。
小さくテントを張った胸元はより窮屈になるばかりで、布越しのもどかしさに思わず身を捩る。今度は両方の乳首を虐められ堪らず五条を振り仰げば、口元を歪めて見下ろしていてカッと顔に血が集まる。この男、やっぱり意地が悪い。
「授業サボって、他の男のスーツ着て?悪い子だねぇ、悠仁」
にっこりと極上の微笑みと、語尾にハートでも付きそうなくらい甘い声にぞわりと背筋が凍り、一瞬にして鳥肌が立つ。
ヒェェと心の中で声を上げた瞬間、ワイシャツが一瞬にしてビリビリに裂けた。
「せ、先生落ち着いて!」
思わず叫ぶ。
「うるさい。悠仁の肌に触れた他の男のものなんて存在して良い訳ないだろ」
これは予想以上に怒っていらっしゃる⁉︎
サボったことよりも、他人のスーツを着ていることが五条の地雷を踏み抜いてしまったらしい。そんなことで?と思うものの、着ていたワイシャツは塵ひとつ残らない惨状にその怒りの深さを知る。
その間にも容赦なく革のベルトを引きちぎり、スラックスもワイシャツと同様に塵となり、あっという間に下着一枚にされてしまった。
「せ、先生!ほんとにちょっと落ち着こ!」
「至って冷静ですが?」
どこがという突っ込みは声にならなかった。
首から肩、腕、胸、そして腰とひとつひとつ確かめるように、ゆっくりと手を動かしてゆく五条の瞳は真剣そのもので。
「僕がとびっきりのを最初に用意する予定だったのになぁ。お揃いで仕立てて一緒にデートしようって楽しみにしてたんだよ」
しみじみと告げる声は思いのほか寂しげに聞こえてハッとする。
「それがこんな着古した安物着せられちゃってさぁ。しかもほかの男のとか言うし……本当にどうしてやろうかねぇ」
さっきの表情は幻だったのかもしれない。なにせ微笑む五条の瞳は見たことない程ギラギラと輝いていて。
あ、これダメなやつだ。
一瞬にして悟った悠仁は、お手柔らかにと震える声で呟いたのだった。
終