さよならだけならいくらでも 1 こんな朝はもう何回目だろう。
薄ら開いた瞼から隣で眠る男の顔をぼんやりとした心持ちで眺める。
自分の部屋ではない、体に馴染みきらないベッドはどこかのホテルのようにいつ来ても清潔なシーツが広げられている。
静かな朝の、透明な空気。
それと同じに静かに繰り返される呼吸と合わせて僅かに上下するからだ。
どこかの美術館の彫刻みたいに整った顔に掛かった濃紺の髪は夜と朝のあいだみたいな色だ、とこの時間に見ると思う。
ここは隣で眠るこの男 ―― レイシオの部屋で、こうしてこの場所で朝を迎えるのは初めてのことではない。
同じベッドで衣服を身に付けていないからだがふたつ並んでいるのはつまりはそういうことで、けれど自分達は恋人でもなければたぶん友人ですらない。
良くも悪くも『戦略的パートナー』。
それは仕事上の話で、表向き自分達をそう形容しているけれど、それはこんな風にしている今ですら温度感はたいして変わらないのではないかと思う。
そこにあるのは互いの利害の一致。それ以上も以下もない。
好意がなくたって行為をすることはできる。
そして大体の事柄の始まりに意味なんてないように、自分達がこうなったのだって特に意味はない。
そのときにお互いがそこにいたという、ただそれだけの、そういうもの。
それにしても。
ぐ、とちいさく伸びをしてゆっくり体を起こす。
それからもう一度、隣で眠る男を見る。
博識学会の天才教授がこんな風に無防備に自分の隣で眠っているのは未だ不思議な気分になるけれど、正直悪くないとも思う。
黙ってさえいれば彼はとてつもなくいい男なのだ。黙ってさえいれば。
そっと物音を立てないようにベッドを抜け出して浴室に向かう。
隣の男はあと十五分もすれば目覚めるだろう。
彼は毎朝、自分がセットしたアラームよりも五分先に目を覚ますのだ。
そんなことを知っている程度には一緒にいる。