Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    kuromituxxxx

    @kuromituxxxx

    文を綴る / スタレ、文ス、Fate/SR中心に雑多

    ☆quiet follow
    POIPOI 54

    kuromituxxxx

    ☆quiet follow

    進捗

    #レイチュリ
    Ratiorine

    【レイチュリ】明日の僕もどうか愛していて 2「何度目の生かって? そんなの覚えてなんていないよ」
     僕の専属医として配属されてきたのは真面目という単語が服を着て歩いているかのような、そんな男だった。
    「何回生まれ直しているかもわからない。カウントするのは途中でやめた。だから今自分が何歳なのかも知らない。大体年齢なんていつからのをカウントするんだろうね? 初めて生まれたときからのトータル? それとも生まれ直したときから?」
     彼の名前はDr.レイシオ。
     医師。学者。教授。研究者。彼はいくつもの肩書きを持っていた。
     彼はおとなで、それでいて僕の知らない外の世界から来た人間だった。
    「でもまさか外の世界の人間を連れて来るなんて思わなかった。先生有名な人なんだって? 外のことはよく知らないけど」
     くっきりとした線の、筋の通った端正な顔立ち。どこか不機嫌そうにも見える赤を帯びた朝焼けのように濃い橙の瞳。それとは対照的に夜が明ける手前のような濃紺の艶やかな髪。恵まれた体躯。その頭脳は銀河の宝とも呼ばれ、今日に至るまで数々の功績をこの世に残してきたらしい。
     富も名声も地位も、きっと多くの人間が求めてやまないものはもう全て手にしてしまっているのだろう。
     少なくとも僕の瞳にはそう映った。
     僕とは住む世界の違う、対極側にいるような人間。
     それなのに自分の持っているものにはまるで興味も関心もないといった顔で。
    「けどそんな人連れて来るってことは、カンパニーはいよいよ『幸運持ち』の研究に本格的に参入するつもりなんだね。そりゃあそうか、うまく運用するにはその対象のことをよく知らないといけないもんね」
    「え? 先生自ら志願してきたの? 『幸運持ち』ってもしかして本当に外の世界にはいないのかい?」
    「あはは、本当にそうなんだ。ああ、僕たちには知る権利がないんだよ。自分たちのことも外の世界のことも」
     信じられない、って顔してた。冷静な表情が崩れたことに僕の中の何かが揺さぶられた。
    「なら先生にとってここは魅力的な場所だと思うよ。僕を始めとした『幸運持ち』が何人も管理されてるからね。研究対象に不足することはないんじゃないかな」
     本当の、ただ事実を口にしただけなのに心外だとでも言わんばかりの顔。
    (この人他にどんな顔をするんだろう)
     それは他人に対して初めて抱く感情だった。
     興味? 好奇心?
     どんなかたちで関わったとして自分以外の人間は全て繰り返しの生の外側にしか存在しない。いつからか自分を取り巻く全ての物事はただの事象でしかなくなっていた。テレビの中の知らない場所の知らない誰かのことのように。車窓の外側を流れていく景色のように。感情を抱いたところで触れることはない。だから意味のない、そういうもの。
    「普段? 普段は与えられた任務こなして、それ以外のときは訓練してることが殆どかな」
     任務は主に不良債権の回収。けれどその内容は多岐に渡る。
     武力行使で乗り込むこともあれば偵察の為に敵対勢力の中に潜入することもある。
    「僕は『幸運持ち』の中でも特殊だからキツめのところが多いかも」
     それも、望んでそうしているだけなのだけれど。
    「特殊、というと?」
     彼の声は不思議と耳に心地好かった。
     彼の視線や声には嫌悪も蔑みも憐れみもなかった。
    「『幸運持ち』っていうのは死んでも生まれ直すことができる。もう一度母親の腹の中から。けれど血の繋がりはない。そして最後に死んだときの年齢までの成長速度は普通の人間よりずっと速い。個人差はあるけどね。それくらいは知っているだろう?」
     それが僕たち『幸運持ち』が普通の人間と違っていて、それでいて忌み嫌われる一番の要因である。そりゃあそうだ、自分たちと全く関係のない人間が自分たちの子供のような顔をして出てくるのだから。ならば本来そこにあったはずの命はどこに? きっと僕たちは生まれながらにして人殺し。甚振られようが蔑まれようが仕方がない。
     せめて血の繋がりがあったなら。
     普通の人間と同じ速度で成長したなら。
     そうしたら少なくとも『人』として扱ってもらえただろうか。
    「僕が特殊なのは……」
     知ったら彼の瞳にも嫌悪や蔑みや憐れみが滲むようになるだろうか。
    「僕は生まれ直しに母親の胎を必要としない」
     ちら、と彼の顔を覗き見る。
    「あは、信じられないって顔してる」
    「なら君のそれは生まれ直しではなく生き返っている、ということか?」
    「いいや? 体は毎回新しいものに変わっている。どんなに木っ端微塵になったところで目覚めるときはちゃんと五体満足さ。なぜかこれだけは毎回消えてくれないんだけどね」
     シャツの襟元を指差してみせる。そこには奴隷の証である商品コードが顔を覗かせているはずで、それが何であるか尋ねられなかったあたりどうやらこれはこの世界の外でも共通のものであるらしい。もしくは彼が博識であるだけなのか。
    「直接見たら信じてくれるかい?」
    「え?」
     護身用に携帯している拳銃を懐から取り出してこめかみに当てる。
    「次に会えるのは三日後くらいかな。またお話してね、先生」
    「な、」
     慌てたように腰掛けていた椅子から立ち上がった目の前の男の手が自分にのばされるより先に引き金を引く。
     躊躇いはない。いつだってこれをするときに躊躇ったことは一度もない。
     銃声が鼓膜を突き破って、
     いや、そんな気がしただけかもしれない。
     だって僕は何も覚えていないから。


       ◆

     ああ、早く。早く終わればいいのに。
     カーテンの隙間から差した陽の光で目を覚ます。朝の透明なきんいろの光の中で瞼を開くのは孤独を確かめることによく似ているから嫌いだ。
     アベンチュリンは枕元に置かれた端末に手をのばして液晶に表示された今日の日付を確認する。僕の記憶が確かなら、三日飛んでいる。
    「僕は今回も死ねなかった」
     ぽつりと零した言葉も朝の光の中に落ちて溶けてどこかへ行ってしまう。
     だけど、あれ? 僕は何か任務に就いていたっけ?
     ベッドから抜け出そうとしてびくりとする。そこに自分以外の誰かがいたからだ。
     白衣を着た男、それもおとなだ。それが自分のベッドの傍らに腰掛けて眠っている。そしてその誰かの指先は自分の左手の寝巻きの袖を掴んでいた。
    「だ、誰……」
     手を引いて身じろぎする。
     自分専用の部屋を与えられてからは一度として目覚めたときに誰かがいたことなんてない、はずだ。
    「ん、」と男から声が洩れて僕は身構える。
     いつもは開けっぱなしのカーテンが今日は閉じられているせいで部屋は薄暗い。閉じたのはこの男だろうか。
     目を覚ましたらしい男ははっとしたように顔を上げて僕を見る。彼が勢い良く立ちあがった弾みで静かな朝にはおよそ似合わない音をたてて椅子が傾いて倒れる。
     大きな手のひらが僕の肩を掴んで、数秒間僕の顔をじっと凝視する。
     濃紺の髪から覗く、赤を帯びた橙に、カーテンの隙間から差した朝の光が吸い込まれて、
    「綺麗」
     朝焼けみたいで。
    「……は?」
     信じられないものを見るように強張っていた顔から間抜けた声が洩れてきたので僕はなんだか可笑しいような気になって、ふっ、と吹き出してしまう。
     彼の手は依然僕の両肩を掴んだままで。
     力が強い、と思ったけれど、嫌だ、とは思わなかった。そこには敵意も悪意も存在していなくて、だから咄嗟に払うこともしなかった。
     その手がぐい、とそのまま僕の体を抱き寄せたので僕はバランスを崩してそのままその腕の中に収まってしまう。
    「えっ、な、何……?」
     よかった、と耳元に声が落ちて来る。
    「よかった」と何度も何度も口にして、その度に彼が僕を抱きしめる腕はきつくなっていく。
    「え、だから何、」
     そこから逃れようと身を捩ってみるけれどびくともしない。
    「そもそも君は誰なんだい!? 白衣を着てここにいるってことはお医者さんか何かなんだろうけど……新入りの人だろう? 『幸運持ち』を見るのは初めてかい?」
     そうでなければ辻褄が合わない。ここの人間は死んだ僕の体、もしくは残骸を回収するだけで、こんな風にわざわざそばで様子を窺ったりなんてしない。動けない僕に価値などないからだ。
    「事前に説明とか受けなかったのかなぁ。僕に治療は必要ないって」
     死ぬ前の姿かたちですぐに生まれ直せる僕に医療行為は必要ない。そんなものを施すくらいなら一度殺してしまった方が早いし効率もいいからだ。
    「き……みは、さっきから何を言っているんだ?」
     いくら逃れようとしてもきつく結んで離してくれなかった腕が解かれる。
    「え、えーと……?」
     僕は何か間違ったことを言っただろうか。
    「もしかして君と会うのは初めて……じゃない、とか……?」
     目の前のかたちの好い唇がぎゅっと引き結ばれて、僕はそうであることを確信する。
    「言葉を交わすのは二度目だ。だから殆ど初めてのようなものだが……君は僕に対して何をしたか覚えていないのか?」
    「あ、えーと、うん、ごめんね。僕自分が死んだときのこと覚えていられないんだ」
     唖然としたような目を向けられて僕は少しだけ居た堪れないような気持ちになる。
    「えーと、君がよければ教えて欲しいんだけど……その、君のことと何があったかについて……」
     ああ、でも、
    「その前に離してもらってもいいかな。先に服着たいんだけど」
     そこでようやく何かに気付いた目の前の男は慌てたように僕の体から離れて目を背ける。
    「すっ、すまない、その……、」
    「あはは、いいよぉ。別に見られたからって何が減るわけでもないんだし」
     生まれ直した新しい僕の体は本来人が生まれてくるときと同じ状態なのだ。たとえ母親の胎を通過していなくとも。

    「じゃあつまり君は来たばかりの僕の専属医で、今回僕が死んだのは君に自分のことを説明する為の拳銃自殺……ってことで合ってるかな」
     下着を身に付けてシャツを羽織った僕はベッドに腰掛けて彼と向かい合ってその話に耳を傾けていた。
    「概ねそういうことだ」
     彼の名はベリタス・レイシオ。この世界の外から来た人間で医者であり学者であり研究者なのだという。今回こちらへやって来るにあたって休職中だけれど普段は大学で教鞭も振るっているらしい。
    「へ、へぇ~……ふ、あははは」
    「何が可笑しい」
     肩を震わせた僕に心外そうな目が向けられる。
    「いや? 君も災難だと思ってさ。僕みたいのの面倒見なきゃいけなくなって」
    「そんな風に思ってなどいないが」
    「その内思うようになるよ」
    「まぁ今回のようなことを繰り返されては堪ったものではないとは思ったが」
    「なら時間の問題だ」
     咎めるような視線。
    「でもわかりやすかっただろう?」
    「君はいつもあんなことを?」
    「君で記念すべき百回目。まぁ自殺に限って言えば、だけど。それ以外はもう数なんて覚えてないよ」
     だけど初めてだったな、と思う。
     目が覚めたときに抱きしめられたことも、それをよかったと言われたのも。
    「だからもう、次からは待ってなくて大丈夫だよ」
    「僕は君の専属医だが」
    「それでも。だって放っておけば勝手に目を覚ますんだ。大丈夫だよ」
    「なら君が死ななければいいだけの話じゃないか?」
    「それは無理じゃないかな。僕の任務は危険なものが多いし、この特性込みで作戦が組まれていることが殆どだから」
    「なら、自害はするな」
    「死んだ方が話が早いこともあるんだよ」
    「それでもだ。君は自分の命を安く見積もりすぎだ」
     だってしょうがないじゃないか。実際安い命なんだから。
     出掛けて、飲み込んだ。
     それを口にしてしまったらなぜか彼を傷付けるような気がしたから。
    「君はきっとやさしすぎるんだろうね」
     出会ったばかりの僕に対してもそんな顔ができてしまうのだから。それとも外の世界の医者というものはそういうものなのだろうか。
    「でも約束はできないよ。僕はいつでも最大限の利益を得たいんだ」
    「なら僕も承服しかねる」
     そんなこと言ったって最初の二、三度くらいだろう。
     そのうちに彼も僕の死に大して意味などないことに気付くのだ。
     そう、思っていたのだけれど。
    Tap to full screen .Repost is prohibited

    kuromituxxxx

    PROGRESS無数に存在する並行世界のひとつにて、転生できる魂を持つアベンチュリンとその専属医になるレイシオのはなし
    【レイチュリ】明日の僕もどうか愛していて 1 明日にはきっと僕は君のことを忘れている。


     ああ、早く。早く終わればいいのに。
     今日もまた閉め忘れたカーテンから差した陽の光で目を覚ます。朝の透明なきんいろの光の中で瞼を開くのは孤独を確かめることによく似ている。そこにあるのは自分ひとりだけの体温で、ひかりの中にいてもそれに自分の輪郭が溶けることはない。
     アベンチュリンは枕元に置かれた端末に手をのばす。
     液晶に表示された今日の日付を確認する。僕の記憶が確かなら、三日飛んでいる。
    「僕は今回も死ねなかったのか」
     ぽつりと零した言葉も朝の光の中に落ちて溶けてどこかへ行ってしまう。
     ベッドから抜け出して、ひた、と床に裸足の足を着ける。痛みはない。洗面所で鏡を見れば記憶の中と寸分変わらぬ姿かたちのままの自分がいる。平均的な男性より幾分小柄で痩身のからだ、窓から差していた光に似たきんいろの髪、そこから覗くピンクと水色のまるい瞳、首元には奴隷の証である焼印。鏡で自分の体を隈なく確認してみたけれどひとつとして傷痕はなく、だから今回も僕は前回の自分がどう死んだのかがわからない。何度死んでもどうしてか、死んだときのことは思い出せないのだ。
    3220

    related works

    recommended works