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    Namako_Sitera

    @Namako_Sitera
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    Namako_Sitera

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    教会暗部所属でフィナとも知り合いだった世界の過去作「いつかの話」「灰を焼く」にまつわるヨルン視点の話。サザという特別や正しさに憧れて、早々に諦める話。エキセントリックの裏側。覚悟を決めるのがあまりにも早い。

    天に日を、傍らに灯火を。 世界に勇者がいるとしたら多分こいつがそうなんだろうなと。サザントスという存在を知った時、ヨルンは何となくそう思った。
     宝石のような瞳、雪のような髪、大きな背、特別な法衣。そうあれかしと特別なめかしこみに身を包んだ男は、やっぱり特別な力を持っていた。青い炎、魔法だろうか? いつだか知り合いに話を振ったが彼女曰く炎は火力を増すと色が青く変わるのだという、魔法でもそれを振り回すのは難しいそうだ。なら彼の力が魔法であれ何であれ、結局あれは特別なのだ。
     特別なものなど何も持っていない自分とは違う。当たり前だ。あれは規格外の存在だ、ディトレイナと似たようなものなんだろう。
     生まれも、生き方も、望まれた在り方も。価値観や宗教観でさえ何一つ異なる。話だって嚙み合わないのは当然だ。基盤にしている大地の色さえ違うのだ、だったら何を重ねたところで別の結果になる。
     ”そういうもん”と全てを割り切ってきたヨルンにとって、サザントスという存在はさほど気になる存在ではなかった。この世の中にはそういう存在もいる、特別とはいっても彼だけが飛び抜けて特別なわけではないし、似たような存在……ディトレイナやセラフィナといった規格外の人生を生きている者たちのこともよく知っていた。そういう人、自分とはあんまり関係のない存在。指輪を巡る問題はあるにせよそれは仕事上のことだ、聖火神から押っ付けられたお使いが終われば二度と関わることもないだろう。

    「(きっと気のせいだ。サザントスがこの指輪をずっと見ているのも、憎らしそうに、嫌そうに俺を見るのも)」
     
     だから、きっと、自分は彼にとって嫌な人間なんだろうだなんて。
     
    「(……彼はおそらく俺の本職を知っている。名前を呼ばれないのは仕事だからだ、露骨に態度が違うのも仕事だからだ。今回もこちらに問題がある。困るだろうな、よりにもよってお前たちの神が俺を指さしたんだ。あの仕事では聖火神に悪態をつくわけにもいかないのだろう。可哀そうに)」

     この旅が終わったら、こいつは自分の知らないどこかで世界を救っているのかもしれない。実はもうしてたりするのかな? こんな凄い人に見出されたロンドも、きっとサザントスのように勇者になっていくんだろう。
     そんな風に、ある意味能天気に、ヨルンはあっさりとサザントスを忘れようとしていた。あぁそんなやつもいたな、ぐらいのポジションに納めようとしたのだ。

      ……サザントスから不意に感じる異様な視線から、目を逸らすように。

     セラフィナの戦いが終わりを告げ、報告のためフレイムグレースに戻るための道中真っ只中。幼いころからの知人を手にかけたことへのショックはあったが、既にヨルンの中では納得いく回答を得られている。それを飲み込むまで時間はかかるだろうが、何よりもあのセラフィナに背を押された事実は大きい。
     自分の愚かな生き方を彼女は認めてくれたのだ。好きにしろといった、見ていてくれるといった。それだけで十分だった。
     悔いがあったとしても珍しく綺麗な幕切れとなった今回の旅で、ヨルンはもうこれ以上聖火教に関わることはないのだと思っていた。もう話すことは何もない、あとは今回の終点まで行ってサザントスたちとも別れるだけ。ロンドと話せなくなるのは寂しいが、あの様子なら道中出くわすだろうし別にいいだろ。
     ヨルンにとってはもう、あとはどうやって別れようかな、といった段階だった。
     それが。
     
    「なぜそなたなのだ……」
     
     唐突に別の形になって襲い掛かってくるとは、思ってさえもいなかったのだ。

    /

     ある一夜のこと。
     ヨルンは部屋割りでサザントスやロンドと同室になった。特に話すこともなかったし、喋ることもなかったから早々に眠ろうとした。相変わらず寝付けず、うだうだしては目を瞑って横になる。なんてことのないいつも通りの夜だった。
     浅く眠って、起きて、瞼を開けることなくまた眠る。そんなことを繰り返していると、ふとサザントスが魘されいることに気が付いた。最初は無視するつもりだった。起きるのが面倒だったし、起こしたところでかける言葉も出てこない、不快にさせるぐらいなら触れずに放っておこうと耳を塞いでシーツに潜った。
     ……他の仲間が魘されていたなら、ヨルンは面倒でも起こしてやっただろう。だが無意識のうちにヨルンはサザントスを避けはじめていた。触れてはいけない、触れてはならない。変容しつつあった苦手意識によって、ヨルンは少しずつ変わりつつあった。

    「いや思ったよりうるさいな」

     だがどうしても、どうしても魘されるサザントスの歯軋りの音がひどくて。仕方なく、ヨルンはサザントスを起こすことにした。これでどうして他の仲間やロンドは起きないんだ、こいつらこの状態でも熟睡してやがる図太いな。呆れながら、本当に厭厭に、ヨルンはサザントスの眠るベッドに近づく。
     
    「おい。起きろ、聖火長。貴様の歯軋りがうるさくてかなわ、ん……、……」
     
     しかし、ヨルンは思わず身をすくめることになった。
     
    「──……、」
     
     魘され、頭を抱えるように眠っているはずのサザントスが、じっとヨルンを睨みつけていたからだ。
     触れるな、と。言われているようだった。真夜中のはずなのに、サザントスの青い目がギラギラと輝いている。聖火の力が発動しかけているのだろうか、異様な気配に呑まれしばらく呼吸を忘れていた。
     尋常じゃない殺気、だが飛びかかってくる気配はない。サザントスの内の理性がそれを押し留めているのだろうか、それともサザントスのプライドがそれを許さないのだろうか。
     きっと後者だ。と、ヨルンは思った。
     そうでなければこんな目はしない。綺麗に研磨された宝石が馬の蹄に押しつぶされて、砕けて濁ってしまったような目はしない。
     ヨルンはそれがたまらなく悲しくて、そんな目をさせてしまう己自身の存在に申し訳なく思った。
     幾度となく体験してきた哀しみだった。神官や騎士たちに己の職務を知られた時、悍ましくも必要な仕事だと飲み込まなければならないのだと知った時する目だ。正気じゃない、気色悪い、どうしてこいつを罪に問えても直接的な罰を与えられないのかと問いかけるあの目だ。
     ヨルン自身が仕方がないことだと割り切っていたとしても、それを他人に強要することはできない。出会わなければよかったろう、でも目が合ってしまったのならば仕方がない。
     
    「(可哀そうに。貴様は仕事で正しく在らねばいけないから、自分が厭な奴一人殺せないんだろう)」
     
     嫌なものを嫌とさえ言えない姿を、ヨルンは憐れんだ。
     こういった時ヨルンに出来るのはなるべく早く彼らの目の前から消え、己の姿を忘れてもらうことだけだった。だが、己の右手に収まる指輪の冷たさを思い出す。少なくともこの指輪との旅が終わるまで、指輪の守護を目的とする聖火長サザントスとの付き合いは続く。いつ区切りがつくかなど見当もつかない、死ぬまでこの指輪と共に歩く可能性だってある。途方もないことだ、神というのはそういうものなんだろう。
     ヨルンは徐々にサザントスから目を逸らす。
     今は、何を言ってもどうにもならない。今夜は早く眠ろう、お互いのために。朝起きたら案外忘れているかもしれない。忘れたならそれでよし、夢なら夢でそれもよし。いっそ夢であってくれ、お互いそれが一番都合がいいだろう?
     足音を立てないように、なかったことにするように。ヨルンは身を翻し自分のベッドに戻った。夜も更けてきた、真っ暗闇だ。何もなかったかのようにシーツに潜り込んで、目を瞑る。今夜は何も見なかった、今までも何も見なかった。何もない、何もない、何もない……。
     その時だった、サザントスが何かを喋った。ベッドの位置は距離があったはずなのに、その声も本当に小さな音だったはずなのに……聞こえてしまったのだ。
     
    「なぜそなたなのだ……」
    「っ──……」
     
     まるで耳元でささやいたように、べっとりと。ヨルンは思わずシーツを被り込み、耳を塞いで身をかがめた。息を殺して、震える体を抑え込んで、まるで夜に怯える昔の自分自身の様に。

     /

     エンバーグロウ大聖堂地下、懺悔室。
     もう誰もいない部屋で、ヨルンは一人膝を付き手を組んだ。結局誰からも懺悔の方法を教わることがなかったヨルンには、この行為が懺悔なのか祈りなのかさえも分からない。
     長い時間を過ごしたように思う。途中、サザントスが呼びにやってきた以外には誰もこなかった。
     その時ヨルンは思わずサザントスに問いかけた、問いかけてしまった。

    『サザントス、彼女は何に見えた』

     彼と自分が違うということはこれでもかと理解しているつもりだったが、ひと時だけでもサザントスという正しさに縋りたかったのだろう。
     こんな自分でも彼と同じ答えを、出せているだろうか。
     
    『邪悪だ。それ以上も以下もない』 

     そんな思いはあっさりと砕け散った。真正面から殴られた気分だった。何をやってもお前は結局狂っているのだと、突き付けられてしまったようだった。
     幼少のころは気にならなかった己の中の歪みが存在を認められたかのように笑っている。
     昔からヨルンは、皆が言う真っ当で、清い、正しいことが、正しいとは分かっていても受け入れることが出来なかった。苦しそうで、大変そうで、憐れにしか見えなかった。
     真っ白な布を真っ白なまま保つのは難しい。だったらある程度汚れることに慣れてしまえばいい、壊れたら壊れたなりに価値があるのだと本気で想って。
     正しさは、それがおかしいのだと指をさしている。
     
    「(彼女が邪悪だったとしても、俺にとっては……)」

     壊れている。それはもう十分に、もう嫌というほど分かっているつもりだった。
     ぐるぐる思考が頭の中をひっかきまわす。選ばれたことに対する苦しみ、何でもできるだろうサザントスではなく殺ししか能がない自分がここに立っていることへの恐怖。この指輪は聖火神エルフリックのもの、神の意図なんて人間には計り知れないものだとは分かっていても、問いかけないなどできるわけがない。
     
     ──なぜそなたなのだ。

     あの日の言葉が脳裏をかすめる。サザントスの声を聴くたびに、ずっと胸の内に押しつぶしていた罪悪感と後悔が雪崩のように押し寄せてくる。

    「俺だって、」
     
     同じことを、考えているはずなのに。
     サザントスだったら、もっと違っただろうか。もっとうまくやっただろうか。それとも彼らに心を寄せることもせず厳正に戦うのだろうか。失敗も、挫折も、彼ならばなかった?
     彼であれば、エルを、助けられただろうか。
     
    「……”天を目指す英雄は翼をもがれ、灰となる。欲に身を任せるなかれ”」

     ふと口に出しかけた欲を制止するように、瞳に焼き付けられた彼女の言葉が蘇る。
     天を目指した聖者オディプスは禁忌の夜に手を染め罰を受けた。だが、天を目指すこと自体は間違いではない。天を、上を、温かな場所に向かうため人は歩く。だがそこで欲を掻いて禁じられた道を……隣人を犠牲にする道を選んでしまうことが間違いなのだ。
     進めと、言っている。
     間違いではないと、自分自身が言っている。
     壊れていたとしてもあの時受け取った感情は嘘ではないのだと、心が叫んでいる。
     
    「”神は常に、観ている”」
     
     顔を上げる。もうそこに彼女はいない、幕の向こうにはもう誰もいない。ヨルンももうそこに誰かを求めようとは思わなかった。
     自分の歪みも誰かの正しさも、結局飲み込んで進むしかない。自分がおかしくて、狂っていて、バケモノで。これはもう誰かの生き方で正せるようなものではないのだろう。
     けれども、おかしくなりながらも人に寄り添い、利用しながらもその人たちを救って導いてきた女を知っている。人を殺めながらも人に夢を見せてきた男を、自分は知っている。
     
     右手に収まる聖火神の指輪が問いかけるように瞬く。相変わらずな輝きに、ヨルンは困りながらも微笑んだ。

     立ち上がり、部屋を去る。
     もう二度とここへは戻らないつもりだった。けれどもそうはならないのだろう、自分は真っすぐ歩くことさえままならない。何度も同じ場所を通ったり、引き返したり、迷ったり。今回のことでよく分かった、自分が歩きたい道というのはそもそも曲がりくねってまともには歩けないようなイカれた道なのだ。
     きっとこれから先何度もここにやってきて、きっと同じようにこの部屋を出ていくのだろう。
     
    「進むよ。誰かの道じゃない、俺自身の道を」

     それもまた、自分の道程の一つなのだと受け入れて。
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