師弟と喧嘩と野次馬。「おやヨルン、今日はなんだか不機嫌ですね」
「ほっといてくれ」
「あぁ! そういえばまた副団長と派手にやりあったと聞きましたけど、それが原因だったりします?」
「話聞いてたか?」
あからさまに弱点であろう話題を突かれてジト目で睨んでくるヨルンの姿に、ステッドはほらやっぱりそうだとほくそ笑む。入団した当時はこれっぽっちも思わなかったが、我らが団長ほど分かりやすい人はいない。
旅人ヨルンとしては大抵のことができても、“団長”ヨルンとなれば話は別だ。風の噂に聞くに、討伐依頼の最中不意を突かれてしまったところを、副団長であるクレスに盛大に庇われてしまったのだとか。
しかもこういったことはよくあって、その度に団長は不貞腐れるとか。底知れないと思われた男も、雪狼の前では形無しだ。
「好きでやってくれてるのでしょう? いいじゃないですか」
「良くないだろう、あれは自分で対処できた。余計なお世話だ」
「でも言い負かされた」
「……。」
むぅ、と本当に分かりやすく彼がムッとする。
分かりやすいですねぇとステッドはわざとらしくヨルンの隣の座り、彼の背中を背もたれに使ってやる。すると彼は重いだの何だのいいつつ、結局されるがまま不機嫌な顔をする。
「そんなことのために組んだわけじゃない」
「とは言いつつも納得してしまってるからこうなったのでは? 相変わらずおバカですね、あなたは」
「ぐぬ……」
ぐうの音も出ないと言わんばかりといった様子にステッドが話を促すと、しばらく彼は意地を張って……結局すぐ観念したらしくため息を吐いた。
「……分かっているんだ」
それは本当に本当に子どもじみた、誰もが抱くありきたりなものだった。
「クレスと居ると、俺が未だに子どもなことを実感する。何段階も上なんだ、クレスは。経験も、技術も、知識も、今回のことも……多分、あの人が正しい……はずで」
団長としてのヨルンの旅は、その殆どが副団長であり元雪狼クレスからの指導によるものなのだという。
未熟な団長、成長途中の団長。ヨルン自身も含めた皆がそれを承知の上でこの旅団に属している。皆で支えているからこそ、この旅団は成立する。
「それが不愉快で、悔しい」
とはいえど、やっぱりプライドというものはあるもので。
「クレスに認められたいと思っている時点で 俺はずっと子どもだ。……だから勝てないんだろうな」
どれほど遠くまで歩いても、未だにヨルンがクレスの庇護対象だということはステッドにすら分かることだった。
認めていないわけではないだろう、だがそれでも結局クレスも甘いから手が出てしまう。し、ヨルンもそれが嫌なのだと毎度毎度彼らは“やり合う”のだ。
「子どものままは嫌?」
「嫌、というか。……」
これが微笑ましい反抗期だけで済めばいいが、
「耐えられない」
そうはいかないのが厄介なところだ。
「また師匠のような、一生追いつけないまま……一度も隣に立てないまま終わると思うと。どうしようもなく、叫びたくなる。もう、……あんなことにはなりたくない……」
微かに喉を震わせて、それでも何でもないことのように振る舞おうとしているのだろう。
彼は口元に手を当てると感情の揺れを吐き出すように息を吐く。その音を、ステッドは静かに聞いていた。
「どうしたらいいのか、ずっと考えている」
彼らは今回、お互い随分と根深い傷に触れてしまったらしい。
「(副団長、そういうとこですよ。まあ今回ばかりは仕方ないでしょうけど)」
ステッドがこうして気を利かせて様子を見に来たのは、そもそも副団長クレスに頼まれてのことだったのだ。
『分かってはいるんだ。俺が怯えてないで向き合うべきだということも、ヨルンの言い分も理解してるって伝えてやるべきなのも』
『あいつ昔の俺に似てるんだよ。だから、どうにも余計なことをいっちまう。……それが嫌なんだってのも分かってるのにな』
『今回、俺も無茶をした。俺のミスでもあるんだ。そのせいだろうな、ヨルンが青ざめててな。……それで聞くのが怖くなっちまった。ガキみたいだろ、自分のミスを認めるのが怖いんだ』
それでも放って置けない、放っておきたくないのだと。クレスはステッドに申し訳なさそうに今回の話を振ってきた。
師弟と言うのは、人と人が話すということは、存外難しい。プライドや意地が邪魔をして本音が濁って、話が拗れてしまうのはよくある話だ。
こう言う時のための神官なのだと、ステッドは思っている。
今回ヨルンはあくまでもクレスが正しいといったが、それは違う。今回の庇った庇われたにはクレスの判断ミスも含まれていた。それをヨルンも分かっていて、目を逸らしてしまっている。
師を盲信しがちなヨルンの悪癖だ。そこにクレスの意地が合わさって、あんな子どもと親みたいな口喧嘩になったのだろう。
言いたいことを言う前に、間違いを指摘し認める度胸がお互いなかったのだ。ヨルンもクレスも口下手な方だ、きっと今まで似たようなことを繰り返してきたに違いない。
「(とはいえ、回答を教えるのは違うでしょうね)」
これは彼らの問題だ。なら、仲介人として立つ神官は何を教えるべきか。
「子どもであることを利用しましょう」
「は?」
「まぁまぁ」
ささくれに引っかかるような物言いに面白いぐらいあっさり引っかかったヨルンを諌めつつ、ステッドは続ける。
「あなたは幼い、多くのものが欠けている。ですが、それらの大抵は今からでも取り戻せるものばかり」
とびきり悪い顔をしてやりながら、イタズラでも吹き込みように。
「ねぇヨルン、敵わないと思う相手を実力で驚かせるのは痛快ですよ」
「……悪い遊びのように聞こえるが」
「まさか」
これは彼らの問題だ。なら、自力で解決できるようにしてあげよう。
なんてことのないステッドのやり方だ。自分であくせく働くなんて面倒くさい、しっかり考えられる頭だってあるのだから使ってもらわないと面白くない。
「無謀な挑戦こそ子どもの特権です。あなたはまだ成長できるいうことなんですから」
「何故だろうな、丸め込まれてる気がする」
「さて、どうでしょう。私なにせクズなので」
「そうだった、思い出したよ。クズすぎて俺を笑わせた男だったなお前は」
初めて、本当に顔を合わせた日を思い出す。まあ色々あったわけだが、やっぱり記憶にあるのは今となってはとてもレアなヨルンの爆笑声だ。
ステッドのいつもの所業があまりにも彼的にはツボだったのか、そりゃもう本当に潔く笑っていたものだ。ステッドを見てドン引きする人間は多くいたが、あんなに楽しそうに笑う人間は初めてだった。
その後もまあ色々あったはあったが、あの日からずっとある確信は、ステッドにめいっぱいイタズラに微笑んで悪い遊びに誘う。
「でも……お好きでしょう? こういうの」
「だから困るんだ」
このヨルンとか言う男は、結構な悪ガキなのだ。