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    azumino_no

    @azumino_no

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    azumino_no

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    ツンデレ攻めのお話 学校行事は嫌いじゃない。むしろ、好きな方。
     でも、このイベントだけは好きになれない。

    「ついに来てしまったな……」
    「どうする……?」
    「やばいな……」

     うちの高校にはプロムがある。
     プロムっていうのは卒業式前に行われるダンスパーティーのことで、男女ペアになって楽しく踊る。
     つまり、女子と仲良くできてない男子には地獄みたいなイベントってこと。

    「来週だっけ?」
    「バラ?」
    「うん」
    「ついに来週だよ……」

     しかも、うちの高校はカッコつけてるのかプロムの50日前から男子には先生からバラが渡され、胸ポケットに入れる風習がある。そして、それを一緒に踊りたい女の子に渡さないといけないのだ。

    「俺達、バラ持ちになる運命か……」
    「やだな……」

     女子に誘いができない、または誘ってもフラれて、プロムの直前までバラを持ってる男子はみんなから「バラ持ち」って揶揄され、不名誉な称号を与えられる。それが何より嫌だからプロムが嫌いだ。

    「この3人なら誰が一番最後までバラ持ちかな……」
    「やめてよ……」

     気が重いイベントが待ち受ける中、教室内は浮かれてる様子の人も多くいて、僕達3人はため息を吐いた。


    ****

    「じゃあ、男子はここに並んで」

     ついにバラを貰う日が来てしまった。僕は憂鬱な気持ちのまま、先生の前に立った。

    「はい、卒業まであと少し。楽しめよ」

     あと少しだからこそ、平凡に仲良い人達と過ごしたかった。

    「はい……」

     元々バラは招待状をオシャレにするために付けてたらしいけど、いつの間にか男子が女子にバラを渡す風習ができたらしい。というか、そんなキザなこと始めた人凄いね、僕なら無理だよ……。


    「あーあ、ついに始まっちゃったよ」

     放課後、いつもの3人で集まって、僕達は不満げな顔をし合った。

    「見てみ。彼女がいる男はもうバラ持ってない」
    「このイベント絶対無くした方がいいよな」
    「モテない人に厳しい世界……」

     窓から見える下校中の人達を見ながら、僕達は何をするわけでもなく、ただぽけーとしていた。

    「そういえば、数年前から男同士のペアでも良くなったらしいな」
    「ジェンダーの観点からってやつ?」
    「うちの学校そういうの早いよね」
    「非モテは迫害されるのにな」

     また大きなため息を吐いた後、数秒沈黙が続いた。

    「もし、ペアが見つからなかったら、大川、俺と組もう」
    「よしきた」
    「えっ、僕は?」
    「うっちーは1人でも生きていける!」
    「やめてよ!」

     ギャーギャー馬鹿みたいな話をするのは楽しい。でも、この生活もあと数ヶ月だと思うと寂しいや。


    ****

    「……2週間経ちましたが?」
    「言葉にしないでくれ」
    「無でいたい……」

     教室内では1人、また1人とバラ持ちが減っていく。ほんとにホラーだよ。

    「50分の14っていくつ?」
    「5分の1よりデカい」
    「まだいける気がする」

     プロムまでまだ1か月はある。まだ僕達のバラがポケットから離れる可能性は十分ある。

    「なんかさ、去年はバラ持ちの先輩見て、あーねって思ってたけど、今は俺達が……」
    「やめてくれ……」

     僕も去年はプロムの数日前までバラをポケットに入れてる男の先輩に同情してたけど、今はあんな薄っぺらい同情じゃなくて、本気の同情、いや、共感ができる。後輩から向けられる視線の痛さすらも分かる。

    「でも、去年の今頃よりバラ持ちが多い気がしない?」
    「たしかに……」
    「それはあれでしょ。去年の会長がバラ渡された当日に彼女にバラをあげたから」

     大人気なイケメンを巡って、女子がなかなかバラを受け取らないっていう年もあるけど、去年は早々に学年一のイケメンの会長がバラ持ちじゃなくなったから女子も諦めがついたみたいだった。
     今年はこの時期でもこんなにバラ持ちが多いってことはイケメンが……、あれ……?

    「えっ、うちの学年のイケメンって……」
    「定兼様、まだバラ持ちらしい」
    「えっ!?あの定兼さまが!?」

     定兼さまっていうのは学年で一番モテる、というか、女子を取っ替え引っ替えしてる凄い男。性格はあんまり良いらしいから僕達は裏で勝手に様付けで読んでる。なんというか、戦国時代なら無双してそうな名前だし。

    「一番にバラ持ちじゃなくなりそうなのに……」
    「バラ持ちなんて不名誉な称号、いち早くに捨てそうだよな」
    「あれじゃねーの?元カノ問題」
    「あー……」

     僕達とは縁遠い世界だから気持ちは分かんないけど、元カノが多いと誰にバラを渡すかですごい揉めそう。そうなると、やっぱりギリギリまでバラを持つのかな?

    「でも、定兼様がバラ持ちだと、俺達がバラ持ちでもなんか許されそうだよな」
    「定兼様、格が違うね」
    「にしても、今年は荒れそうだなぁ」

     中高一貫校だから5年間、プロムを見てきたけど、僕達が中2の時も一番人気の男の先輩が中々ペアを組まずに結構ピリピリしてたのを覚えてる。今年もあんな感じになりそうだ。

    「とりあえず、俺達は大人しく過ごすか……」
    「うん……」

     定兼様が女子にバラを渡すまでしばらくはゆっくりできる。少しホッとした気がしつつも、僕達はまたため息を吐いた。


    ****

    「大学受かってた!」
    「おめでとう!」
    「良かったなぁ!」

     携帯を握りしめて、嬉しそうな本山君と熱いハグをした後、僕達3人はダッシュで売店に向かって、お祝いのお菓子やら人気のパンを買って、お昼休みにパーティーを開催していた。

    「大川は3月の初めに結果出るんだっけ?」
    「国立はな」
    「またお祝いしないと」
    「落ちたらどうすんだよ」
    「慰めのお祝い」

     良かったことに、みんな私立1校は受かってるから気軽に話ができる。僕も第二志望だった私立が受かったからもう受験モードも終わりだ。

    「あと、もう1つお祝い事がありまして……」

     僕がお菓子を食べてると、急に本山君は改まって、わざとらしく咳払いをした。

    「俺、バラ持ち卒業するかもしれないです」
    「えっ!?」
    「はぁ!?」

     廊下に響くくらい大きな声を出した後、本山君はニヤニヤ口を開いた。

    「いやぁ〜、昨日久々に部活に顔出したら、たまたま鮎川と会って、俺のバラもらってもいいって言ってくれて」

     本山君は昨日とは打って変わって、急に勝者の笑みを浮かべていた。僕と大川君は目を合わせた後、本山君の合格祝いに渡したお菓子を取り上げた。

    「あ!俺のクッキー!」
    「お前にはやらん!」
    「そうだそうだ!これはバラ持ちしか食べちゃいけない!」

     ついに僕達3人の中からもバラ持ちが卒業する。プロムまであと20日。あーあ、なんか嫌になっちゃうね。


    ****

    「急にバラ持ちが減ったな……」
    「うん……」
    「どうする……?」
    「どうしよ……」

     未だにバラ持ちの大川君と僕は廊下で行き交う人達の胸ポケットを見ながら、重い息を吐いた。

    「みんな定兼さまのこと諦めたのか……」
    「諦めないで欲しかった」
    「言ったれ。みんなの定兼様の愛はそんなもんだったのか!って」
    「言うか〜」

     僕は大川君より一歩前に出て、大きな声が出るように手を口に添え、息を吸った。

    「やめてくれ!虚しくなるだけだ!」
    「うわーん」

     僕の手を引っ張って、抱きしめてきた大川君と謎の茶番をした後、僕達は爆笑しつつ、悲しい気持ちになっていた。

    「もうマジでうっちーとペアになるしかない」
    「僕もそう思ってたよ」
    「うぃるゆーまりーみー?」
    「棒読みすぎ」
    「あーあ、本山のやつ、抜け駆けしやがって……」

     いつも放課後は3人でベラベラ喋ってるのに、今日も部活に行くとか言って、ニコニコしながらどこかに行っちゃった。きっと鮎川さんといい感じになってるに違いない。

    「うっちーだけだよ!俺の心の友は!」
    「そんなこと言って、どうせあなたも部活仲間のとこに行くのね!」
    「僕には君しかいないんだ!」

     また変な茶番をして、周りから変な目で見られてしまった。でも、大川君は裏方だけど、演劇部だったし、すぐバラ持ちを卒業しそうな気がする。



    「え……、バラは……」

     プロムまであと15日。恐れていたことが起こった。

    「ごめん、うっちー……。お先!!」

     ついに3人組のうち、僕だけがバラ持ちになってしまった。

    「誰と!?なんで!?僕とペア組むんじゃないの……!?」

     いつも大川君とは遊びで悲劇のヒロインの真似をしてるけど、今は演技じゃない。まさか僕1人だけ……、そんな……。

    「へへ……、演劇部の子とね……」

     やっぱり部活仲間と組むんじゃん!そう思いつつも、僕は大川君の手を握った。

    「おめでどう……」
    「声やばっ」

     祝いたい気持ちと祝いたくない気持ちが合わさって、いつもより低い声が出た。あー、もー、ほんとにおめでとうだよ。

    「うっちーもいい人見つかるよ!」

     下手くそなウインクを投げられ、僕は見えないキラキラを交わすような仕草をした。

    「僕もそろそろ卒業しないとな……」

     高校の卒業とバラ持ちの卒業。どっちが先かな……なんてマイナスなことをぼんやり考えていた。


    ****

    「はぁ……」

     ついにため息を吐くのも僕1人だ。ため息しても1人……。はぁ……。

    「どうしよ……」

     僕は中庭のベンチに座って、下を見た。
     積極性がないのがいけない。僕から誘えば……、いや、誰を誘うかだよね。部活は幽霊部員だったし、委員会もそんな仲良い人いないし……。

     僕がそんなことをグルグル考えてると、急にドカっと隣に誰かが座る音が聞こえた。前のベンチが空いてるのに、わざわざ隣に座るなんて知り合いなのかと思って、横目でスッと隣を見た。

    「……えっ!定兼さっ!……さ、さん……」

     危な……、定兼さまって言うとこだった。じゃなくて!間違えて名前呼んじゃった……。
     隣に座ってきた定兼さまはチラッと僕を見た後、すぐ視線を逸らした。どうしよ、気まず……。

    「バラ」
    「え……?」
    「渡す相手いんの?」

     いないですけど……って言うしかないけど、なんか負けた気がする。こっそり定兼さまの胸ポケットを見ると、バラが入ったままだった。

    「貸して」

     定兼さまに手を出され、何を渡せばいいか分からず、僕がキョロキョロしてるとふいに僕のバラが抜き取られた。
     そのまま定兼さまは自分のバラも手に取って、見比べるようにジッと見ていた。

    「きっ、きれいですよね……」

     こういう時にコミュ力の無さを痛感する。僕が終始ソワソワしてると、定兼さまは僕がもらった方のバラを自分の胸ポケットにしまった。

    「え、あ……、僕の、あ、定兼さまの方がきっとバラも使い道がありそうですから……その、綺麗な方を……」

     僕よりも定兼さまが持ってた方が綺麗なバラも嬉しいに決まってる。僕が身を縮こませてると、定兼さまはもう一度僕のバラを手に取って、ジッと見た。

    「もらってやってもいい」

     ……もらってやってもいい……?

    「ど、どうぞ……?」

     急に上から目線な発言に疑問を持ちつつも、僕は適当に頷いた。

    「俺のやる」

     定兼さまから受け取ったバラを自分の胸ポケットに入れると、定兼さまは立ち上がって本校舎に向かって行った。


    ****

    「ふー……」

     今日こそはバラ持ちを卒業する。
     僕は深呼吸をした後に校門を通ろうとすると、校門横には大川君と本山君が立っていて、僕に気付くと走ってやってきた。

    「おはよ」
    「おはよ、じゃねーよ!なんかヤバいぞ!」
    「ん?」
    「うっちー、何したんだ?」

     2人が必死に何かを伝えようとしてきてるのは分かるけど、何を言いたいのかは分からず、僕は勢いに押されてしまった。

    「えっと……?」
    「定兼さま、うっちーにバラ渡したとか言ってるけど」
    「あぁ!バラ交換したよ」
    「えっ!?マジで?」

     まさかそんな話題が出てるとは思わなかったけど、お気に入りのバラを手に入れて嬉しかったのかな。

    「定兼さまとペア組んだのか……」
    「え?違うよ。交換しただけ」
    「交換?定兼さまが女子にうっちーとペア組んだからバラは渡せないって言ってるらしいけど……」
    「へ……?」

     え、僕と定兼さまがペア……?いやいや、まさか。

    「だから今、定兼さまガチ勢による浦野内狩りが始まってるぞ」
    「え、えっ……?」

     まって、え、昨日……、あっ!?まさかもらってやってもいいって言うのは僕のバラを受け取るって意味!?え、あ、いや、そっか……、僕が勘違いしてたのか……。

    「どうする!?逃げるか!?」
    「俺達が守り抜くぜ!」
    「ちょっ、冗談やめてよ……」

     もし、今の話が本当なら定兼さまガチ勢に僕いじめられるんじゃ……。

    「とりあえず、名前変えるか?」
    「無理なこと言わないでよ!」
    「今日から大川として生きてもいいぞ!」
    「適当なことばっかり!」

     もー!昨日の僕のばか!なんで定兼さまの意図することが分かんなかったんだ!こんなことになるなんて!

    「……とりあえず、教室行くよ……」

     いつまでもこんなとこには居れず、僕は2人に付き添ってもらいながら、教室を目指した。
     廊下はいつもよりざわざわしていて、本当に浦野内狩りが起こっていそうな声も聞こえてきた。

    「おい、うっちー」
    「え……?」

     僕が顔を見られないように下を向いていたら、急に本山君が僕の腕を叩いた。顔をあげると、目の前には定兼さまが立っていた。

    「あ……、定兼さ、ま……」

     身長さのせいなのか、目力が強いせいなのか分からないけど、定兼さまからは威圧的な雰囲気が出てる。

    「あの、今お時間いいですか……?」

     でも、今は定兼さまよりも女子からの視線の方が怖い。僕は定兼さまがついてきてると信じて、空いている多目的教室に向かった。


    「えっと、あの、定兼さまと僕って、その……、ペアなん、ですかね……?」

     あの定兼さまと部屋に2人っきりっていうのも違和感が凄い。そのせいで、質問の仕方も変になっちゃった。

    「そうだけど」
    「そう、ですよねー……」

     僕が勝手に勘違いしてただけだ。確かに男同士でペアになるなら、バラを交換するしかない。あれはそういう……。

    「で、でも、僕とペアなんてみんなに言わなくても……」
    「女避け」

     さすが定兼さま……、僕なら考え付かないことを発言する。そっか、女避けのために僕とペアに……。

    「あの、プロムラブって知ってますか……?」

     プロムでペアになった2人が恋人になることをプロムラブっていうんだけど、モテる定兼さまにとってこんなイベントは恋人を作る良いチャンスだ。

    「その、定兼さまも僕よりじゃなくて、」
    「だから?」

     僕のことなんか見ずに答えた定兼さまにこれ以上何も言えず、少し沈黙が続いた。

    「今日一緒に帰る」
    「へ……?」

     定兼さまはそのまま部屋から出ていってしまった。僕はよく聞き取れなかった定兼さまの言葉を脳内で何度も再生させていた。


    ****

    「また浦野内っていう苗字がなぁ」
    「目立つもんな」

     放課後、いつものメンバーと浦野内狩りについて話していた。

    「にしても、恋する女子って怖いな」
    「恋するっていうか……、あれはメンヘラってる」

     今日だけで3人の女子を泣かせてしまった。みんな、定兼さまの彼女らしくて、定兼さまとプロムに出たかったみたい。

    「別に僕だって定兼さまとペアになりたかったわけじゃないのに……」

     これまで定兼さまのことばっかり考えてたけど、僕としてはやっぱり女の子とペアになって、あわよくばプロムラブで彼女が欲しかった。そりゃあ、夢のまた夢だろうけど……。

    「うっちー、あの定兼さまとペアなんだぞ?」
    「誇らないと。こんなヤバヤバ事案なかなかないぞ」

     2人とも他人事だと思って、この状況を楽しんでいそうだった。

    「あ、でも、前も浦野内は定兼さまとヤバヤバ事案あったな」
    「懐かしー」
    「あれは2人が僕を見捨てたからでしょ……」

     中3の体育祭で、僕は借り物競走に出て、「イケメン」というお題に当たってしまった。体育祭前からお題にイケメンっていうのが入ってるって話は広まってて、定兼さまを連れて誰かがゴールするんだろうってみんなが思ってた。僕もそう思ってた、まさか自分がお題を引くとは思わなかったけど。
     結局、僕は大川君と本山君に縋ったけど、みんなの期待もあって、定兼さまのとこに行くしかなく、僕は定兼さまとゴールした。

    「いやぁ、見捨てるといいますか……、あれはもうどうしよもなかったね」

     ゴール後、定兼さまとは気まずい雰囲気だったし、違うお題を拾ってたら……って何度も思った。

    「あれも3年前か、やばいなぁ」
    「もう高校卒業とか信じられん」
    「2ヶ月後には大学生だよ」
    「やばー」

     話が脱線して、大学生になるまでに何をしたいのか話してると、急に僕達が囲んでた机の上に勢い良く鞄が置かれた。

    「帰る」
    「えっ……、さだっ!……あ、はい……」

     顔を上げると、定兼さまが仏頂面で立っていた。女避け要員の僕は定兼さまに言い返したりせず、大人しく帰る準備をして、鞄を持った。

    「じゃあ、またね……」
    「おう……」
    「またな……」

     突然のお別れに驚きつつも、2人も受け入れて、手を振ってくれた。というか、本当に一緒に帰るんだ……。


    ****

    「あの、定兼さまって東京の大学受かったって本当ですか……?」

     あまりにも沈黙が続くから僕が最近聞いた話を振ってみた。

    「お前は?」
    「僕は一応私立受かって、東京に出る予定です」

     さらっと僕の質問は無視されちゃった。でも、定兼さまは頭も良くて、学年でも常に3位以内に入ってるからきっと受かってる気がする。

    「定兼さまって、」
    「何様?」
    「へ……?」
    「その定兼さまってやつ」

     何様って……、もしかして、様呼びですら許されないってこと!?様よりも尊敬だと……。

    「えっ、あ、定兼殿……?」
    「……は?」

     まって、選択肢間違えたかも……。

    「なんだよそれ……」

     いつもより声が小さかったからチラッと定兼さまの方を見ると、定兼さまは少し笑っていた。

    「なんて呼べばいいですか?」
    「……別に定兼でいい」
    「えっ!無理ですよ!?」
    「は?なんでだよ」

     これまで勝手に遠い存在だと思ってた。でも、意外と人っぽいというか……、ちゃんと話せてるかも。

    「……俺はなんて呼べばいい?」
    「僕?うーん……、あだ名ならうっちーだけど、浦野内でも、あっ、やっぱり浦野内はダメだから……、うっちーかな」

     定兼さまから浦野内なんて呼ばれたら、浦野内狩りに遭っちゃうし……。

    「……浦野内君って呼ぶ」
    「えっ!?なんで!?」

     浦野内はダメって言ったし、なんで君付け?え、ツッコミどこ多くない?

    「浦野内はダメですって」

     定兼さまは真顔で何も言わずに抵抗してるみたいだった。そんなに浦野内って呼びたいのかな……。なんか変なとこで意地っ張りで子供みたい。定兼さまって意外と可愛いかも?


    ****

    「はぁ……」
    「今日も大変そうだな」

     プロムまであと10日。この前までプロムなんて来なければいいと思ってたけど、今は違う。早く終わって欲しい。

    「こんなにも嬉しくない手紙ってあるんだね……」
    「また呼び出されたの?」
    「うん……」

     定兼さまとペアになってからほぼ毎日元カノから手紙が届く。内容は想像できるようなものばっかりだけど……。

    「定兼さまがモテるのも分かるな」
    「あんなん人生の勝者すぎ」

     パッと顔をあげると、気怠そうにバスケをしてた定兼さまがゴールを決めていた。運動もできるとか凄いよね。僕なんて、はぁ……。

    「定兼さま、うっちーのこと見てる」
    「え?」

     いつの間にか下を向いてた顔をもう一度上げると、定兼さまと一瞬目が合った。でも、すぐに顔を背けられちゃった。

    「うっちー、定兼さまに気に入られてるの?」
    「え、どうだろ……」
    「女避けとはいえ、定兼さまがペアに選ぶなんてなぁ」
    「うーん……、あ、呼び捨てでもいいみたいなことは言われたかも」
    「え、仲良しじゃん」

     僕と定兼さまって仲良し……?あの定兼さまと?でも、確かに定兼さまって特定の誰かと関わってるイメージないかも……。

    「また定兼さま見てるよ」
    「え?」
    「手振ってみたら?」

     視線はまた逸らされたけど、少し手を振ってみた。でも、今度は体ごと反転して、もう定兼さまの視界に捉えられなくなってしまった。

    「あらら、無視されちゃった」
    「あ、見て。定兼さま、女子からタオル渡されてる」

     女子にチヤホヤされる定兼さまを見てると、なんで僕とペアに?って気持ちになる。僕より良い人なんて絶対いるし、女避けっていうのも1人の女子にバラを渡した時点で出来る気もする。

    「俺も定兼フェイスになりたかった」
    「定兼フェイス」
    「なんか……良い感じの単語だね」

     まぁ、きっと定兼さまレベルになると凡人の僕には分からないことをいっぱい考えてるに違いない。


    ****

    「じゃあ、また明日」
    「じゃーね」

     今日も大川君と本山君はペアになった女の子と一緒に帰るらしい。プロムラブってやつだ。僕は1人寂しく帰るけどね。

    「はぁ……、うわっ!?」

     僕がため息を吐きながら、正門を抜けて曲がると、死角から誰かが出てきて、叫んじゃった。謝るために顔を見ようとすると、定兼さまが目の前にいた。

    「え、あ、すいません……」

     僕が頭を下げると、定兼さまはそのまま歩き出した。僕も帰るために足を進めたけど、この微妙な距離感が気まずい。追い抜かすのも変だし、このまま十数分歩くのもなぁ……。

    「隣」
    「へ……?」
    「来てもいいけど」

     声が小さくてよく聞き取れなかったけど、車道を歩けってことかな?
     僕が少しだけ立ち止まってくれた定兼さまの隣に並ぶと、定兼さまはまた歩き出した。

     沈黙が続く中、僕はぼんやり定兼さまとペアなのかぁと考えていた。ペアの定兼さまと2人で帰るのってなんか……。

    「なんかプロムラブみたいですね」
    「はっ!?」

     定兼さまが急に大きな声を出したからびっくりした。え、そんなに変なこと言ったかな。

    「えっと……」
    「……そんなんじゃない」
    「そんなん?」
    「別にそういうつもりじゃ」

     モゴモゴ話す定兼さまの声がよく聞こえなくて、僕が近づくと、定兼さまはどんどん足が速くなっていく。

    「……プロムラブしたいわけ?」
    「え……と、」

     これはなんて言うのが正解なんだろ……。だって、定兼さまとペアを組んだ時点でプロムラブは出来ないわけだから、したいって言ったら、間接的に僕で女避けしないでって言ってるようなもんだよね……。

    「きっ、機会があれば……」

     当たり障りない返事になっちゃったけど、これが正解かな。

    「俺がしてやってもいいけど」
    「え?」

     また声が小さい定兼さまに近づくと、夕日のせいなのか定兼さまの頬が赤く見えた。

    「……お前と、そのプロムラブってやつ」

     お前と、そのプロムラブってやつ……?僕とプロム、ラブ……。僕と定兼さま……。

    「えっ!?」

     卒業まであとわずか。なんだか凄いことになりそうだ。
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