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    azumino_no

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    azumino_no

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    何考えてるか分からない執着攻め×明るい平凡受け

    進捗です!!

    赤点を取りまくった結果、男の恋人を作ることになりました(仮)「日田。お前、卒業厳しいぞ?」
    「マジすか……」

     これまでは現実逃避をしてきたけど、二者面談で先生に言われるとなると、そろそろまずい気がする。

    「もう少し勉強頑張ろうな」
    「はい……」

     俺だって世間一般から見たらめちゃくちゃ頭が悪いわけじゃない。でも、運よく超由緒あるエリート高校に入れちゃったせいで成績が下から数えた方が断然早いレベルになってしまった。

    「期末の赤点が少なければ、まだなんとかなるから」
    「全部赤点だったら……?」
    「留年だな」
    「マジか……」

     俺は頭の中に留年の二文字をグルグルさせながら、教室を出た。ドアを閉めた後、軽くため息を吐くと後ろから誰かに名前を呼ばれた。

    「日田、二者面談、何言われた?」

     俺はクラスメイトの佐伯を見ると同時に縋るように抱きついて、大声で叫んだ。

    「うぅー!どうしよう!さすがに卒業できないのはヤバいよな!?」
    「ちゃんと勉強しろって」
    「してるよ!してるけど!みんなが頭良すぎなんだよ!!」

     俺が教室の前で喚いてると、二者面談のために教室の前で待機してる何人かが俺のことを憐れんでるような視線を送ってきた。でも、本当に俺は頭が悪いわけじゃない。中学の時は毎回平均点くらいだった。なのに、こんなハイスぺ高校に入れちゃったせいで頭が悪い人扱いをされるようになってしまった。

    「ちょっと俺、教室入んないとだから」
    「やだぁ!俺と一緒に留年してくれ!」
    「ちょ、どけって。先生待ってるから」
    「あーー!」

     俺が腰に纏わりついても、佐伯はそんなことを気にしないのかそのまま教室のドアを開けた。そのせいで先生までも俺に憐れんだ、いや、呆れたような視線を向けてきた。

    「日田、お前はそんなことしてないで勉強してきなさい」
    「せんせぇ~~!」

     でも、俺が人目を気にせず、喚いてるのは心のどっかでまだ大丈夫だと思ってたからだ。だって、マジで留年するってなったら、さすがの俺も静かに存在を消す。だから、きっとどうにかなるっしょ~と信じてた。


    「終わった……」

     俺は返ってきたすべての教科のテストを机に広げて、静かに呟いた。

    「さよなら、日田……」
    「バイバイ、日田……」
    「グッバイ、日田……」
    「お前ら、やめろよ!!俺のことを惨めだと思ってるんだろ!?うわーーん!!」

     まさか全教科赤点だと思わなかった。いや、これまで赤点以外を取った時の方がレアではあったけど、絶対どうにかなると思ってた。なのに、こんな……、うわっ、マジか……。

    「先生!せんせー!マジでこれヤバいっすか!?」
    「……諦めろ、日田」
    「うわーーーん!」

     教壇の上から過去一切なそうな声を出した先生を見て、俺は大声で叫んでしまった。まさか先生にまで見放されるなんてマジで泣いちゃう。

    「まぁ、さすがに担任として、諦めろまでは言わないけどさ」
    「さっき言いましたけどね!?」
    「唯一の救済措置は分かってるだろ?」

     先生は荷物をまとめながら、もう会話が終了するみたいな雰囲気を出してきたけど、俺にはまだ会話が続く予感しかしてなかった。

    「え、なんすか?」
    「えっ、日田知らんの?」
    「唯一の救済措置?」

     友達もみんな当然知ってるだろみたいな顔をしてくるけど、マジで分からない。補講を受けるとかかと思ったけど、そういう話でもなさそうだ。

    「生徒会に入ることだろ」
    「あー……、それかぁ……」

     うちの高校はハイスぺアピールだか生徒主体ですアピールだか知らないけど、模範的でとにかく優秀な生徒だけを集めた生徒会が学校の権力を握ってて、生徒会役員は優遇されまくりだ。だから、生徒会に入れば、きっと留年を回避することができる。

    「でも、俺なんかが生徒会入れるか?」

     生徒会に入れば、留年せずに済むけど、根本的に留年しそうなやつが生徒会に入れるわけがない。だって、マジでハイスぺ!エリート!金持ち!みたいな集まりだし、何より俺は役員になれる条件を満たしてない。

    「日田が生徒会……、まぁ、キキさんによるんじゃない?」
    「キキさんねぇ……」

     うちの高校は無駄に歴史があるせいで未だに変な風習が強く残ってて、生徒会に入る条件として、人からの信頼が厚いって意味で恋人がいるのが必須になっている。その恋人のことを何故かキキさんって呼ぶんだけど、俺は恋人はいないし、キキさんを作る予定すらない。

    「おっ!日田のキキさん、めっちゃ見たい!面白そう!」
    「やめてくれよ」
    「日田のキキさん、探ししようぜ!」

     正直、恋人は欲しい。高校生になったら恋人を作るっていうのが目標だったけど、もうそれは諦めた。

    「誰がいいかなぁ~」
    「お前ら、他人事だと思って、笑いやがって!」
    「え~、恋人できるのはいいことだよ?」
    「ここが男子校じゃなかったら、作りたかったよ!!」

     そう、最悪なことにここは男子校なのだ。だから、留年を回避するためには、生徒会に入る必要があって、生徒会に入るためには男の恋人を作る必要があるってことになる。もはや意味分かんないだろ。なんで留年回避のために男の恋人を作んなちゃいけないんだよ。

    「でもさ、日田のキキさんはハイスぺじゃないとあれだよな?」
    「あ、確かに。じゃないと、生徒会に入れないもんな」

     生徒会に入る条件はもちろん模範的でハイスぺであることなんだけど、これは立候補者が、ってわけじゃなくて、立候補者とそのキキさんのハイスぺ度を合わせた数値で決まる。だから、もし、俺が立候補するってなったら、俺のハイスぺ度が低いからかなり高いハイスぺ度を持ってる人をキキさんにしないと役員にはなれない。

    「ハイスぺな人か……」
    「でも、そんなハイスぺな人が日田のキキさんになってくれるかな……」
    「失礼だな」

     でも、みんなが言ってることは正しい。俺みたいなやつのキキさんになりたい人なんていないに決まってる。

    「もういいって。俺は別に生徒会に入りたいわけじゃないし」
    「えっ、日田、マジで留年するの?」
    「しないけど……」
    「じゃあ、生徒会に入るしか方法なくない……?」

     唯一の救済措置って言ってたけど、本当は補講とかを受ければなんとかなるんじゃね?って思ってた。だから、生徒会に入る気はマジでなかったけど、妙な雰囲気が流れたから助けてもらうべく俺は先生の方を見た。

    「日田。生徒会に入るしか方法ないぞ」
    「えっ!?うそんっ!?先生、マジすか!?」

     先生が黙って、頷いたから俺はもうその事実を受け入れるしかなくなってしまった。

    「てことで、みんなで日田のキキさん探ししないとな!」
    「マジかよ……」

     赤点を取りまくった結果、男の恋人を作ることになりましたってこと?ラノベのタイトルかよ。マジで終わったわ……。


    ****

    「俺の推しキキさんはバスケ部の部長!」
    「俺は弓道部の部長がいいと思うぞ!」
    「いやいや、ここは今の副会長のキキさんを寝取るしかないだろ!」

     みんなして、俺の席の周りで謎のプレゼンをしてくるけど、俺の耳にはなんにも入って来ない。だって、マジで未だにこの状況を信じられないから。

    「でも、今の生徒会長ってキキさんもどっちもハイスぺだからなぁ」
    「あそこの座を狙うのは無理だろ」
    「書記くらいならいけるか?」
    「書記だとしてもキキさんはかなりの人じゃないとだよな……」

     俺のためを思って、色々考えてくれてるのならありがたいけど、どう見てもみんな面白がってる。それに、さりげなく俺のことをディスってる気がしてならない。

    「津久見がキキさんだったら、ワンチャン副会長の座も狙えそうだよな」
    「津久見は絶対無理だろ」
    「とりあえず、当たって砕けろ作戦とか?」

     俺はみんなの声をBGMにしながら、もし、留年することになったら、みんなのこと先輩って呼ばないといけないのかなとか、また同じ授業を受けることになるのかなとか考えていた。

    「日田!津久見に告白しろよ!」
    「えっ、ごめん、なんも聞いてなかった……」
    「津久見だって。2組の津久見。分かるだろ?」
    「あー……、うん?」

     みんながノリノリだったから、適当に返事をしちゃったけど、つくみって誰だっけ?聞いたことはある気もするし、ない気もする。

    「津久見はきっと無理だろうから、とりあえず告白だけして、次にいこう」
    「んじゃ、俺が津久見を呼び出すラブレター書いてやるよ」
    「え?」

     俺は何も言ってないのに、なぜかつくみとか言うやつに告白する流れになっていた。でも、いずれは俺もキキさんを作らないといけない、というか作らないと留年だからこの流れに乗るしかなかった。

    「日田」
    「佐伯ぃ……」
    「なんとかなるだろうし、適当に頑張れ」
    「さいきぃぃぃ!」

     俺はまた佐伯に嫌な顔をされながらも抱きついて、佐伯のいう通り、なんとかなるだろ精神で突き進むことに決めた。


    ****

    「あー……、だるいなぁ……」

     放課後、俺は体育館の裏で1人佇んでいた。みんながつきみ?つみき?だか言う人を呼び出してくれたみたいだから、俺は今から告白しないといけない。

    「あ、日田君?」

     名前を呼ばれ、声がした方を振り向くと、想像の100倍以上イケメンな人が立っていた。推しキキさんって言ってたから、顔も良いとは思ってたけど、ここまでのイケメンは生まれてから一回も見たことがないレベルだった。

    「日田君?」
    「え、あ、いや、その、来てくれてありがとう……」

     顔で圧倒されるなんて生まれて初めてで一瞬声が出なかった。確かにこの人が俺のキキさんだったら、役員になれるかも。

    「それで、今日はどうしたの?」
    「あっ、あのさ!人助けだと思って、俺のキキさんのフリして下さい!」

     俺は深く頭を下げて、つくみ君?の声がするまで目をギュっと閉じていた。

    「キキさんのフリ?」
    「俺、マジで留年しそうだから、生徒会に入りたくて、でも、俺にはキキさんいないし、だから、つくも君にキキさんのフリを欲しくて!」

     自分でも俺、必死すぎだろって思うくらい早口でバーっと話したけど、つくも君は綺麗な顔を崩すことなく、黙って話を聞いてくれた。

    「つくもじゃなくて、津久見ね。つくもだと神様みたいになっちゃうよ」
    「ごめん!でも、マジでこの通りなので!」

     俺はもう一度頭を下げると、今度はさっきよりも早く返事が返ってきた。

    「いいよ」
    「マジで!?神様じゃん!つくも様、ありがとー!」
    「……いえいえ」

     少し口角を上げたつくも君はマジでイケメンに拍車がかかっていた。


    「お、日田、おかえり」
    「んじゃ、次はやっぱりバスケ部の部長かな」

     みんなが俺の席の周りで真剣そうに話してるのを見ながら、俺は一人ニヤニヤしていた。さっきまでみんなが面白がってただけだけど、俺はキキさんを見かけ上ゲットしたわけだし、これでみんなのアホ面が見れるはず。俺はニヤけた顔を必死に抑えながら、息を吸った。

    「俺のキキさん、つくも君になりましたー!」
    「……え?」

     本当は偽キキさんだけど、これ以上みんなに揶揄われるのも嫌だったし、生徒会の方に嘘がバレるのも避けたかったから、俺は嘘を隠し通すことにした。でも、あんなイケメンと付き合ってるっていうのが嘘でも自慢になりすぎて、俺が隠しきれなかったドヤ顔を披露すると、俺の予想通りみんなのアホ面が視界に入ってきた。

    「え、マジ?」
    「マジ!」
    「マジで?あの津久見が?」
    「うん!」

     確かに普通だったら、あんなイケメンと俺が付き合える訳ないからみんなが疑う理由もよく分かる。まぁ、実際、付き合ってるわけじゃないけど……。

    「ま、マジか……」
    「マジです!」
    「凄いな……。だって、津久見って……、なんつーか……」
    「おん?」

     異様に間を開けて話してくる友達の言葉を待ってると急にみんなの視線の位置が変わった。俺はみんなが見てる俺の後ろを振り向くと、そこにはつくも君の姿があった。

    「日田君、せっかくだから一緒に帰ろうよ」
    「えっ、あ、つくも君」
    「津久見ね」

     ニコっと笑いかけてくるつくも君、あ、つくみ君は相変わらず、漫画の世界の人かと思うくらい顔が整ってた。俺が顔を見つめてポケーとしてると、つくも君が俺の鞄を手に取ったから、俺はみんなの方を向いて、口角を上げた。

    「じゃあ、みんな、また明日な!」

     またアホ面を披露してくる友達を尻目に俺はつくも君に続いて教室を後にした。


    ****

    「つくも君、ありがとね。これで友達にも俺達が恋人って信じてもらえたし!」
    「そうだね」

     俺達は学校から5分くらい離れた寮に向かって歩きながら、ベラベラ話していた。

    「そうだ、日田君ってこの後時間ある?」
    「あるよ」
    「じゃあ、寮長のとこに行こっか」
    「え、寮長?」

     全寮制の学校だから、何個かある寮すべてに高3の寮長がいるけど、なんで寮長のとこに行かないといけないのかが分からず、眉間に皺を寄せて、つくも君の方を見た。

    「生徒会に立候補するんでしょ?」
    「うん」
    「なら、仲が良い恋人アピールのために同じ部屋に住んだ方がいいと思うよ」
    「へー!そうなのか!」

     確かにこの学校の風習って変なとこで細かくて、生徒会役員は絶対人間関係とかもチェックされる。だから、一緒に住めば、分かりやすく仲が良いアピールができる。

    「あ、でも、つくも君にそこまでしてもらうのは、あれだよね……」

     留年が懸かってるとはいえ、さすがにほぼ初対面の人にこんなことを頼むのは良くない。つくも君に迷惑かけてまで恋人のフリをしてもらうのは申し訳なさすぎる。でも、留年もしたくないなぁ……。

    「いいよ。一緒に住も。そんなにしょんぼりしないで」

     下を向いてた俺の頭を撫でてくるつくも君は本当にイケメンだった。優しく微笑むと、王子様感が増す。マジで俺もこんなイケメンに生まれたかった。

    「つくも君、ありがとう!」
    「津久見ね」

     こんなに優しくて、顔も良くて、頭も良いなんて、完璧すぎる。本当に俺にとって、つくも君は神様みたいだ。


    ****

    「ってことで!俺とつくも君は仲良しのラブラブなので、同じ部屋にして下さい〜!」

     食堂でご飯を食べてた寮長の前の席に座って、つくも君の腕を両手で抱きしめて、ラブラブアピールをすると、寮長は箸を止めて、俺とつくも君の顔をジッと見つめてきた。

    「……日田と津久見が?」
    「そうですぅ!」
    「その変な裏声やめて」

     一応カップル感を出すために可愛い声を出してみたけど、寮長にはハマらなかったみたいだ。

    「寮長、ダメ?」
    「ダメではないけど、こういう事例初めてだからな……」
    「じゃあ、オッケー!?」
    「……申請は出すから、また連絡する」
    「やった!」

     俺がつくも君の方に笑顔でアイコンタクトを送ると、つくも君は真顔から少しだけ微笑み返してくれた。これで留年回避の道を一歩ずつ進んでる。


    「寮長の許可もらえて良かったね」
    「うん!良かったぁ~」
    「生徒会へはいつ入る予定なの?」
    「来月とかには選挙したいかな!」

     うちの生徒会は新しくメンバーになりたい人が「出馬する!」と言ったら、その月の末に選挙をする制度だから、いつでも生徒会には入れる。受かるかは別の話だけど。でも、生徒会に入りたい人、いや、正確には入れる人なんてほぼいないから選挙は年に1回くらいが基本だ。

    「生徒会長になりたいの?」
    「えっ!?それは無理っしょ!俺は書記かな~」
    「そう?日田君なら会長にでもなれるよ」

     それは褒め過ぎだって~!ってツッコむつもりだったのに、つくも君は冗談を言ってる顔じゃなかったから俺はなんて返事をすればいいのか分からなくなってしまった。

    「じゃあ、来週くらいには出馬しよっか」
    「えっ、早くない!?」
    「でも、早くしないと成績ついちゃうよ」
    「あっ……」

     つくも君のいう通り、今学期中に生徒会に入らないといけないから早く行動を起こさないといけない。でも、本当に俺なんかが出馬して大丈夫なのか……?

    「俺が出馬の手続きしとこうか?」
    「えっ?そこまでしなくていいよ!俺が明日先生のとこに言いに行くよ……」

     元々めんどくさいことは後回しにするタイプなのに、生徒会に入るための準備が色々ありすぎて、俺は少しため息を吐いた。


    ****

    「日田、どうしたんだ?」
    「選挙に出たくて……」
    「おぉ、生徒会に入るのか?」
    「留年したくないんで……」

     職員室で担任の先生である竹ちゃんと話してると、竹ちゃんはクラスメイトみたいに俺の話を面白がって聞いていた。

    「そういえば、津久見と同じ部屋に住むんだってな」
    「あ、寮長、もう申請してくれたんだ」
    「聞いたかもしれないけど、今週末には2人部屋に移動させるみたいだぞ」
    「今週末って……、えっ、明日!?」

     うちの学園は土曜日も授業があるから引っ越すとしたら、日曜日。そして、今日が土曜日ってことは明日までには部屋を片付けろってことだ。

    「えぇ……、マジか……」

     うちの寮長はせっかちというか、真面目過ぎるというか、俺と違ってやるべきことを即やる、いや、正確には人にやらせるから「明日、引っ越しだからな」って言ってくるとこは想像がつくけど、俺の部屋が汚いことも考慮して欲しい。

    「日田、これが出馬の紙な。来週の水曜日まで提出してくれれば、今月末に選挙が開けるから成績もどうにかしてやれる」
    「はーい……」

     俺は先生から渡された紙を受け取って、枚数と項目の多さに引きながら、職員室を後にした。


    ****

    「日田!入るぞ!」
    「えっ、は……?」

     やっと学校から帰って来て、部屋でゴロゴロしながらゲームをしてると、ちゃんと鍵をかけたのに、合鍵を持った寮長が部屋に入ってきた。

    「うわ、部屋汚っ……」
    「寮長、勝手に入って来ないでよ!」
    「今日、引っ越しだぞ」
    「へ?」

     寮長は俺の部屋を見渡して、ため息を吐きながら、仁王立ちで俺のことを見下ろしてきた。

    「先生から聞いただろ。今週末、引っ越すって」
    「え、明日じゃ……」
    「日曜日まで寮長やってられっか」
    「はぁ!?寮長の都合!?いやだ!まだ引っ越さない!」
    「うるさい。津久見はもう準備できてるぞ」

     寮長の後ろから顔を出したつくも君は大荷物を持って、いかにも引っ越しの最中って感じだった。結局、俺は散らかった部屋を寮長とつくも君に手伝ってもらって、どうにか片付けながら荷物をまとめた。

    「クソ……、めっちゃ時間かかった……」
    「寮長、ありがと!つくも君も!」

     俺達は大荷物を持って、今住んでる2階から4階までエレベーターを使って、移動した。移動中、寮長の視線が痛かったけど、必死に気付かないフリをして、寮長に荷物を持たせ続けた。

    「ここがお前らの部屋な」
    「おーー!お、おぉ……?あれ?思ったより狭い……」

     寮長につれられ、新しい部屋を覗くと想像してたより部屋が狭かった。2人部屋は結構広いって噂を聞いてたのに……。

    「選挙出るんだろ?」
    「そうっす!」
    「なら、すぐ引っ越すだろうから今回はここで数日だけ過ごして」
    「すぐ引っ越す?」

     俺が寮長の方を見て、首を傾げると寮長はあからさまにため息を吐いた後、口を開いた。

    「日田はともかく津久見がいるんだから、当選は確実だろ」
    「あー……」

     生徒会の役員は部屋も良いとこにしてもらえるらしいから俺達がまた引っ越す日はすぐかもしれない。でも、本当に役員になれるか不安すぎる。

    「まぁ、日田も頑張れ」
    「あざっす!!」
    「あと、残りの荷物も運べよ」
    「へい……」

     寮長が帰るのを玄関まで見送った後、俺は部屋で片づけをしていたつくも君のとこまで駆け寄って行った。

    「よしっ!じゃあ、改めて、つくも君よろしくね!」
    「こちらこそ、よろしくね」

     なんだかんだ家族以外と一緒の部屋で暮らすのは初めてだけど、つくも君となら上手くやれそうだと思いつつ、俺はつくも君と握手を交わした。


    ****

    「えーと、今回書記に立候補した日田です。あっ、1年です!それで、俺、あ、私が書記になったら、えーと」

     選挙当日、俺はつくも君と一緒に考えたセリフを思い出そうと必死になってたけど、一夜漬けではどうにもならず、よく分からない言葉を並べ続けていた。

    「日田さん、ありがとうございます。では、続いて、日田さんのキキである津久見さんに推薦理由をお聞きします」

     俺が壇上の端になる席に戻って、魂が抜けたような顔をしてると横をつくも君が通り抜けて行った。

    「日田さんのキキの津久見です」

     凛としたつくも君の声を聞きながら、チラッと壇上の下を見てみると、俺が話してた時とは違う雰囲気が流れていた。つくも君がイケメンだからか知らないけど、みんな真剣に聞いてるみたいだった。


    「では、以上で選挙演説を終わりにします」

     全校生徒が体育館から出て行くのを見ながら、俺は大袈裟なくらい肩を下ろした。

    「やっと終わった……」
    「おつかれ」
    「つくも君、ごめんね……。一緒にセリフ考えてくれたのに……」
    「気にしないで。日田君の誠意は伝わったと思うよ」

     つくも君が優しすぎて、感動してる一方で俺の誠意なんてゼロに近いのに……っていう罪悪感すら生まれてきた。だって、留年したくないからっていう下心しか俺にはなかったから。

    「選挙の結果っていつ分かるの?」
    「えっと、確か……、3日後とか?」
    「そうなんだ。楽しみだね」

     俺も最初は役員になれたら、優遇される!って浮かれてたけど、今の書記さんを引き下ろすみたいな感じで選挙もやりづらかったし、逆にこれで役員になれなかったら、つくも君も俺なんかと付き合ってるっていう噂を立てちゃって、申し訳なさすぎる。

    「日田君」
    「ん?」
    「部屋にある日田君の漫画読んでもいい?」
    「もちろん!オススメのやつもあるから後で教えるわ!」
    「ありがとう」

     壇上でつくも君とずっと話してると、生徒会の補佐集団に帰るように促され、俺達は帰りの待ち合わせ場所を決めた後、自分達のクラスに戻った。


    ****

    「あ、君が日田君だよね?」
    「へ?」

     後ろから知らない声で名前を呼ばれ、振り返ると背が低い目がパッチリした男の人が立っていた。どこかで見たことがある顔だと思って、ジッと見てると、胸元にあるバッジで確信を得た。

    「あっ!会長!」
    「今空いてるかな?」
    「はいっ!」

     思ったよりお喋りな生徒会長と話しながら、会長の後を着いてくと、生徒会室の前で立ち止まった。

    「キキさん達はいないけど、みんな揃ってるからね」

     いまいち何を言ってるのか分からないまま、生徒会室の扉が開かれ、中に入った会長がすぐ振り返ってきた。

    「ようこそ!生徒会へ!」
    「へ……?」

     俺が立ち止まってると、会長が俺の腕を引っ張ってきたから、生徒会室に入ると、変な襷を掛けられた。

    「日田君は今日から書記だよ!」
    「えっ、えぇ!!!」
    「おめでと〜」

     まさか本当に生徒会に入れると思わなくて、自分のことを指差して、「本当に俺……?」ってアイコンタクトを送ると会長は何度も頷いてくれた。

    「あっ、えっとね!こっちに居るのが副会長のなーちゃんで、隣が会計のくーちゃん!」
    「えっと、日田です……。よろしくお願いします」
    「そんなに畏まらなくていいよ〜!」

     俺とは住む世界が違うくらいみんな高貴な雰囲気が出てる……。俺は緊張しながらも1人ずつにお辞儀をしていった。

    「日田君、ここ座って!お菓子は好きに食べていいよ〜」

     会長が高級そうなソファに座って、隣を叩いてたから俺はゆっくり腰を掛けた。目の前にある高そうなクッキーを見ながら、こっそり手を伸ばした。

    「それ、美味しいよ!あっ!日田君、甘いもの好き?というか!日田君、身長何センチなの?あ!牛乳あるけど飲む!?」

     会長の一方的な会話に返事出来てないと、イケメンな会計さんが助け舟を出してくれたけど、それでも会長の勢いは止まってなかった。

    「久々に生徒会のメンバー変わったからテンション上がっちゃって!にしても、タイミング良かったね!前の書記ちゃんがキキさんと別れる口実ができたって日田君に感謝してたよ!」
    「え、そうなんすか……?」
    「元々俺が勝手に書記に推薦しただけだしね!」

     良かった……。確かに前の書記さんは俺が出馬するって言ってももう一回決意表明とかしなかったし、そういうことかぁ。

    「にしてもさ!本当に学園内カップルで生徒会に入る子がいるなんてね!」
    「へ……?」

     学園内カップルで生徒会に入る子……?え、だって、それが必須条件じゃ……、え?

    「え、えっと、会長のキキさんって……」
    「俺のキキは他校の可愛い子だよ。写真見る?めちゃくちゃ可愛いんだよ~」

     そう言って見せられた先輩のスマホのロック画面には本当に可愛い子が映っていた。でも、可愛い男子じゃなくて、女子だ。

    「えっと……」
    「くーちゃんのキキさんも俺のキキと同じ高校なんだ!しかも、同じクラス!世間って狭いよね~」

     同じ高校って……、この制服女子高じゃん……。え、会計のキキさんも女子……?

    「ふ、副会長さんのキキさんって……」
    「僕?えっと、僕は偽装カップルだから……」
    「えっ!?ちょ、そんなん、え、えぇ!?」

     待って、どういうこと!?偽装カップル許されるの!?俺も偽装だけど!?え、えぇっ!付き合ってるって嘘いらなかったじゃん!?

    「まぁ、偽装カップルは本当はダメなんだけど、色々事情があったから会長の権限で俺が特別に許したんだけどね」
    「え、あ、そうなんすね……」

     色々な事情って留年もありだったかな……?俺も会長に相談すれば、偽装彼氏いらなかったんじゃね……?うわー、マジか……。

    「じゃあ、今日はこんなとこで解散かな!また津久見君にも会わせてね」
    「は、はい……」

     待って、マジでやらかしたことが発覚したわ……。


    ****

    「まさか本当に男と付き合うなんてな」
    「お前ら、知ってたのかよ!?」

     「キキさんは女子でもいい」っていう衝撃的な事実をクラスメイト達に伝えると、みんなして噴き出したからまさかと思ったけど、みんなして俺のことを揶揄ったらしい。

    「いやぁ~、日田があそこまで騙されると思わなくて」
    「俺の純情を弄んだのか!?」
    「ごめんって。でも、津久見はちょっと誤算だったけどな」

     俺が冷たい視線をみんなに送ると、みんなはヘラヘラしながらもちょっとだけ気まずそうな顔をしていた。

    「津久見とは大丈夫なの?」
    「それは大丈夫だけどさ……」
    「でも、津久見も何考えてるか分かんねーな」
    「津久見といえば、ここ最近はあれだけど、中学の……、あ!そういや、学校の近くにパン屋できたよな!」

     急に話題が変わったし、何よりみんなが少し焦った顔をしてたからどうしたのか聞こうとすると、その前に後ろから肩を叩かれた。

    「日田君、帰ろ」
    「あ、つくも君」

     寮までそんなに遠くないから別々に帰ればいいけど、寮長に「鍵は1つしかない」って言われちゃったし、合鍵作りに行くのもめんどくさいから結局毎日一緒に帰る流れが出来上がって、毎回放課後はつくも君が俺の教室に来てくれるようになった。

    「ちょっと待って!荷物まとめるから!」
    「ゆっくりでいいよ」

     俺が急いで教科書を鞄にぶち込んでる間、普段騒がしい俺の友達らが異様に静かだったからチラッとそっちを見るとみんなで目配せし合ってたからきっと俺とくつも君が付き合ってることをニヤニヤしてるんだろうなと思いながら、俺はつくも君と教室を出た。


    「つくも君、あのさ……」

     寮に続く道の一本隣の道を歩きながら、周りに人がいないことを確認した後、俺は口を開いた。

    「えーっと、俺も今日知ったんだけど、あー……、その、」
    「どうしたの?」
    「つくも君はさ……、キキさんが女子でもいいこと知ってた……?」

     勝手にキキは学園内で探さないといけないって勘違いしてた。でも、みんなは女子でもいいことを当然のように知ってた。もし、つくも君も俺みたいに知らなくて、勝手に巻き込んじゃったなら、本当に申し訳なさすぎる。

    「知ってたよ」
    「えっ!?じゃあ、なんで……!?」

     まさかつくも君まで知ってると思わなくて、俺が自分でも分かるくらい驚いた顔を晒すと、つくも君は微笑みかけてきた。

    「確かにキキは女子でも許されるけど、男がダメってわけじゃないから」
    「でも……、つくも君に迷惑かけちゃったし……」
    「俺は迷惑だと思ってないよ」
    「でも、俺達が恋人同士っていうのも……。その、会長が思ったより良い人だったから事情話して、どうにか……」

     俺が今後のことを考えながら、歩いてるとふいに隣から足音が聞こえなくなった。俺は立ち止まって、後ろを振り向くとつくも君が少し離れたとこから俺のことを真っ直ぐ見ていた。

    「俺と別れたいってこと?」

     前から思ってたけど、つくも君は感情が全然見えない。表情も微笑んだ顔か真顔しか見たことがない。でも、今回はそのどっちとも違う気がする。

    「え、いや、別れるっていうか、嘘吐いてたっていうのを」
    「津久見ね、俺の名前」
    「あ、え、うん……」

     言葉の意図が読み取れず、俺が言葉を詰まらせてると、つくみ君は俺の方にゆっくり近づいてきた。

    「日田君の呼びたいように呼んでくれればいいけど、ちゃんと俺の名前覚えてね」

     優しく微笑んでくるつくみ君を見ながら、俺は何度も小さく頷くことしかできなかった。
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