その日はなんだか落ち着かず、寝る前に軽く走りたくなった。11月、冬に入ろうとしているひやりとした空気は気持ちいいのだが、なんだか身体がぎくしゃくして、身が入らない。ガゼボから聞こえる口ずさむような讃美歌に足を止めてしまったのは、そんな違和感の重なった日だからだろう。アメイジング・グレイスだ。かなり急ブレーキだったので、声をかけないわけにはいかなかった。
「……入江さんは、クリスチャンでしたか?」
「やだ、聞いてたの?恥ずかしいなあ」
座っていた入江さんは手を口に持っていって、盗み見るみたいに目だけで俺を見上げた。恥ずかしい、とは言うものの、足音が聞こえなくなってからも歌っていた気がするが。でもやっぱり夜に外で歌っているなんて見られたい場面ではなかったかもしれない。
「すみません……」
「謝らなくたっていいけど」
入江さんは徳川くんってそういうところ直らないよねー、とくすくす笑うと、自身の隣のスペースをぽんぽん叩いた。座れ、ということだろう。ぎこちない会話によって走りのペースは既に乱れていて、拒否する理由はもうなかった。
「質問に答えてなかったよね。クリスチャンなんかじゃないよ。ぜんっぜん。でもこれ、なんか歌いたくなる時があるんだよね。心洗われるって言うのかな。……そういうの、徳川くんはわからない?」
「俺には……よく。」
「そうだよねえ、徳川くんって後ろめたいことありませんって顔してるもの」
そう言ってまたくすくす笑う。この人に、俺はどう見えているんだろう。…というか。
「入江さんには、あるんですか?後ろめたいこと」
「それ聞くのはナシでしょ……いや僕がね、自分で言ったのが悪いのはそうかもしれないんだけど」