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    erearutamaran

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    1月新刊の内容そのいち

    「飛雄くんがいるから力仕事が捗るねえ」
    祖父の葬儀で会ったきりの親戚にそう言われて、影山は「っす」と短く返事をした。
    夏休み中の部活もなくなるいわゆるお盆休み、祖父の生家に初めて両親と共に訪れたのは、家の解体の手伝いのためだった。
    宮城県内といえど車で2時間近くかかる山奥にある祖父の生家には幼い頃に一度祖父に連れられて来たことがあるそうだが、覚えてはいない。次男である祖父が自由にバレーの道を歩めたのは、この家の家長である祖父の兄が長男の務めを果たしてくれたおかげだ、と両親が話してくれた。その、祖父の兄が先月亡くなった。それを機に山奥で不便なこの家を畳んで、同居していた家族は麓の町に移り住むのだという。
    その解体のために家財整理を行う目的で、現在東京に住んでいる姉を除いて部活に支障の無い盆休みを利用して家族揃って手伝いに訪れたというわけである。
    「あっちはやんなくていいんすか」
    少し休憩しよう、と声をかけられてお茶と茶菓子を縁側で食べていた影山は、 祖父の甥にあたる伯父に尋ねた。母屋の整理は進んでいるがまだ手付かずの離れがある。
    「ああ、あそこはほとんど入ったことがなくてね、大体は古い農具なんかを仕舞い込んでるらしいんだけど」
    ふうん、と茶を啜る影山に、伯父が「気になるなら見てきていいよ」と言う。
    気になる、というわけではないが、母屋の大きなものは粗方運び出したのであとは両親や伯父伯母たちでも作業に困ることはないだろうと思うので、まだ手をつけていない離れの方の作業ができれば、と思った。
    「じゃあ、これ食ったらあっちやります」
    「助かるよ。大きなものがあったら手伝うから呼んでくれ」
    「はい」
    ぼってりとした豆大福を齧りながら、影山はぼんやりと早く部活始まらねえかな…と思った。
    お盆休みとして部活が休止する期間は5日間である。その5日間で家族旅行に行ったり友人と遊びに行ったりと部員各自の充実した夏休みを過ごすわけだが、影山にとっては部活以上に充実した夏休みの過ごし方はないため、2日目の今日にして既に退屈を持て余している。
    朝から家具や何やらの運び出しや掃除やらの大仕事を課されていても、ふと手を止めた時に「練習してえな…」と思ってしまうのだ。
    そしてその次には「日向は何やってんだ」と頭に浮かんできてしまう。
    休みに入る前に話はしていたので、日向の大体の予定は知っている。墓参りと、母方の祖父母の家に泊まる、あとは中学の友達と遊びに行くと言っていた気がする。
    日向の顔を見れるまであと4日、と考えて、自分の思考にぞわりと鳥肌が立った。
    「気持ちわりぃ…」
    思わず呟いた言葉に、伯父が「えっ!?具合悪い?」と驚くので、慌ててそれを否定する。
    自分の中の感情に気づき始めたのはここ最近のことだ。
    そんなわけない、いつも日向のことが気になるのは、あいつが下手くそだから、あいつが生意気だから、あいつがうるさいから、あいつが目立つから…そう思いたい自分と、それだけでは説明がつかない自分の感情に気づいている自分がいる。
    それが、気持ち悪かった。
    「あっち、見てきます」
    コップに残ったお茶を飲み干した影山は縁側から離れへと向かった。
    手入れされていないことが分かる、古びた木造の扉の閂を外す。
    「うぉ…」
    ぎい、と扉を開けると同時に湿気と埃の匂いがして、マスク持ってくればよかったな、と思いながらも影山はその中へと入った。
    ぎしぎしと床の板が音を立てる。薄暗いその建物の中には、確かにもう使われ亡くなって長いであろう古い農具や母屋から移動させたと思われる家具や食器の類が乱雑に放置されていた。
    「まあ…2、3時間ありゃざっくりは片付きそうだな」
    ある程度片付けたらまた細かいものの選別は伯父たちに任せればいい。ぐるりと一周して、まずは出入り口に近い方からやるか、と思った時、奥の方から光が差していることに気がついた。
    「…ああ、隙間から日光が漏れてんのか」
    影山の背丈と同じくらいの高さの棚の裏側に大人一人入れる程度の空間があり、その壁には経年劣化で隙間ができている。そこから外の光が差し込んでいた。
    ここにも乱雑に不要になったであろう食器や置物が置いてあったが、ちょうど日光が当たっているところに置かれているものに、影山は引き寄せられるように手を伸ばす。
    「…弓…?」
    まるで民族資料館で展示されているような、木でできた、簡素な弓と矢が立てかけられている。そういや昔は山ん中の鹿とか捌いて食ってたって言ってたし、その頃のやつか?と思いながらその弓をまじまじと観察していると、弓の立てかけてあった床に本が置いてあることに気がついた。
    「読めねえな…」
    拾い上げて埃を払うも、表紙の印字は既に薄れて、ほとんど何も読み取れない。裏表紙も見ようと面を返そうとして、本の背に印字された文字がかろうじてうっすらと見えることが分かった。
    「…上…って書いてあんのか…?上下巻ってことか」
    じゃあ下巻もあるのか、と周りを見てみたものの、他には本などどこにもなかった。
    ふーん、と軽い気持ちで影山はその本を開いて空気を通すかのようにぱらぱらとめくる。
    と、その瞬間
    「…っ!?」
    カッと視界が明るく真っ白になったような感覚に見舞われて、思わず目を閉じた、その直後、
    「うわっ!?」
    ドスン、と落下する感覚と衝撃、そしてなぜか草木の匂いがして、影山はパッと目を開けた。
    そして目の前の景色にぽかんと呆気に取られる。
    「や…やったー!!」
    目を開けたその真正面、影山の視界いっぱいに、なぜか…
    なぜか、日向がいる。
    自分を覗き込むように見ていたその顔が、ぱあっと笑顔になり、あの大きな口をいっぱいに開けて、そう声を上げた。
    「やったやったー!!ついに成功した!!」
    そう言ってはしゃぐ日向に、影山は状況が飲み込めず呆然とするほかなかった。
    山奥の親戚の家の暗い離れに一人でいたはずなのに、なぜか今、明るい外にいて、目の前に日向がいて、その日向もよく見ると何だかおかしい。
    なんのコスプレだ?と言いたくなるような格好をしているのだ。
    まるで、そう、RPGゲームの勇者のような格好をしている日向が…
    「あっごめん!召喚に成功したの初めてで浮かれちゃった」
    ぽかんとしている自分に手を差し伸べてくるので、影山はそれを怪訝に見つめ返すことしかできなかった。
    日向はそれを特に気にした様子もなく手を引っ込めて、あれ?と不思議そうな顔をする。
    「ていうか変わった格好してんな?なんのアビリティ?…あっ!弓!?弓使い!?」
    影山の姿を上下往復するように見ていた日向が影山の手元を指差してそう言うので、影山ははっと地面に手をついた状態の自分の手元を見る。
    そこには、先ほどまで暗く湿気臭い離れの中で手にしていた弓があった。
    「弓使いかー!飛び道具系すげー嬉しい!これで遠距離攻撃もできるようになったぞー!」
    いや、ちょっと待て。
    何なんださっきからお前、召喚とかアビリティとか遠距離攻撃とか。
    そもそもその変な格好なんなんだ。
    名前は?とか、ちょっと弓の腕前見せてくれよ!とか、勝手に話進めてんじゃねえ。
    ちょっと待て、待てよおい、なんなんだ、おい…っ
    「ちょっと待て日向ボゲェ!!」
    混乱のあまり大声を上げてしまった影山に「びゃっ!?」と驚いた日向が尻餅をつく。
    今度は日向がぽかんとした顔で影山を見る番だった。


    「えー…要するにお前は日向じゃねえし俺はお前に召喚?されて異世界に来ちまったってことか…?」
    ひたすらに話を聞いて頭を抱えてと繰り返してようやく影山が出した結論はそういうことだった。
    「おれはヒナタじゃなくて翔陽だってば」
    「だから日向も翔陽なんだっつの…」
    目の前にいる日向でしかない人物の名は翔陽というらしい。じゃあ日向じゃねえか、となるのだが、どうやらこの世界では苗字という概念は存在しないらしい。
    日向ではなく「翔陽」、それは納得することにした。
    「んで召喚っつーのは」
    「勇者の仲間になってくれる能力者を召喚する術があるんだよ。おれ魔力低いからさ〜今までも何回か召喚式やったんだけど全然ダメで。お前が初めて!」
    「全然ダメだろ…」
    翔陽の言う通りであれば、この召喚式とやらも失敗である。なぜなら影山は「勇者の仲間になる能力者」ではないからだ。普通の男子高校生でしかない。
    「そもそも勇者ってなんだよ」
    「えっそれも知らねーの!?」
    知らねえよ悪かったな、と思いつつ、いいから説明しろ、と促す。
    「魔王を倒す勇者だよ!おれは選ばれたんだ!」
    翔陽が言うには、この世界には1000年に一度魔王と呼ばれる悪が生まれ、人々の暮らしを脅かす脅威になるのだという。
    世界征服を企む魔王を倒せるのは聖剣を手にした勇者だけ、という言い伝えがあり、その聖剣を手にしたのがこの翔陽らしい。
    「つーかその聖剣ってどうやって手に入れるんだよ」
    「え、なんか空から降ってきた。おれん家にドスって」
    「危ねーな」
    本当に漫画かゲームの世界に来てしまったかのようで、影山は頭を抱えるしかない。
    つまり目の前の「翔陽」は、ある日突然家に降ってきた聖剣を手に魔王討伐の旅に出たものの、何度も失敗していた仲間を召喚する召喚式でなぜか自分を召喚してしまった、ということらしい。
    「おい、悪いが俺は弓使いでもなんでもねえ、さっさと俺を元のところに返してくれ」
    これが夢ならそろそろ覚めてもいい頃だし、夢じゃないにしてもこんな意味のわからない世界、1秒たりとも長居したくない。
    「え、無理だよ」
    しかし目の前の翔陽は何言ってんだよとでも言いたげな顔で影山の要求を却下する。
    当然影山が噛み付いた。
    「なんでだよ!呼んだんだから返せんじゃねーのか!」
    「ええ〜っ多分できなくはないと思うけど、おれの魔力じゃ無理!」
    「あ!?んじゃあなんだ!?俺はこのわけわかんねー世界で一生バレーできずに終わんのか!?」
    そう口にして、影山自身も己の置かれた状況に改めて愕然とした。
    これが夢じゃなくて本当に自分に摩訶不思議なことが起こってしまったのだとして。
    元に戻れないなら、もうバレーができないということなのか。
    積み重ねてきた全てを手放して、10年後も20年後もずっと続けていくために積み重ねてきた努力を無にして、もう二度と、バレーができない一生になってしまうのか。
    日向と
    これから先もずっと、と誓った日向とのバレーも
    もう、叶うことのない幻になってしまうのか。
    「…なんだよ…ふざけんなよなんなんだよこれ…」
    頭がグラグラと揺らぐような感覚に、影山は愕然と地面に両膝をついた。
    もう戻れないのか。
    会えないのか、あいつに。
    「あ、あのさ…一生ってことは、ないと思う…」
    呆然として言葉を失う影山に、日向にそっくりな「翔陽」が伺うように覗き込んで言う。
    「一応、魔王を倒したら召喚の使役が終わることになってるから…魔王を倒せば元の世界に帰れるはず…」
    魔王を倒せば…?
    顔を上げた影山を覗き込む日向…ではなく翔陽、の目が、それが気休めの嘘ではないことを物語っていて、
    「っよし!んじゃあさっさと倒すぞ魔王!オラ!とっとと魔王のとこ連れてけ!」
    善は急げとばかりに立ち上がった影山に、翔陽は「は!?」と驚愕する。
    「お前バカなの!?そんな簡単に倒せるわけ…っうわああ!!」
    影山に腕を掴まれた翔陽が反論しようとした瞬間、突然何かの力で影山の手と翔陽の腕が引き離された。
    翔陽の身体がぶわりと浮き上がる。
    「な、なんだ…!?」
    翔陽はどこから現れたのか分からない謎の蔓のようなものに巻き付かれ、羽交い締めにされ宙に浮いていた。
    「や、やばい!触手だ!」
    「触手!?」
    なんだそりゃ、と困惑する影山には見向きもしない触手は翔陽に次から次へと絡みついてくる。翔陽が慌てて自身の剣で巻きつく触手を切り付けるも、すぐさま別の触手が伸びてきて拘束した。
    「うわっ、あっ、ああっ」
    そして絡みついた触手からなぜか白濁した液体が噴き出し、翔陽の身体を濡らしていく。
    「服、溶かされる…っやば…っ」
    とろとろとした液体がかかった服は溶け始め、徐々に翔陽の肌が顕になっていく。影山はその光景に思わず頬を赤らめた。
    日向本人ではないものの、この「翔陽」はあまりにも日向にそっくりで、視覚の情報が刺激的すぎる。
    服を溶かされ、身体に白濁した液体を塗り込まれていく翔陽の姿に、よからぬものを見てしまっている気がして。
    「た、助けて…!」
    翔陽の声に影山ははっとした。
    頬を染めている場合ではない。どうやらこれは翔陽のピンチだ。
    この触手とやらが何かは分からないが、少なくとも味方や好意的なものではないことは分かる。
    「本体がどこかにあるはずなんだ!本体を倒せば触手も消える!」
    そう言われて影山は触手の生えている方向を見遣った。
    かなり離れているが、触手の本体が見えた。巨大な食虫花のような、不気味な緑色をした物体だ。
    「あった!でも倒すってどうすりゃ…」
    翔陽の持っていた剣は触手に取り上げられてしまい影山の手には届かない。石なんか投げたところでどうにもなりそうにないし…と焦る影山に、翔陽が訴える。
    「お前の弓!弓があるだろ!」
    影山の足元に落ちていた、あの、古びた弓と矢だ。
    そうは言っても弓なんて今まで触ったこともない。素人どころではない自分が弓なんて扱えるのか。あの剣をどうにかして取り戻して走って切りに行く方が確実なんじゃないか。
    動揺する影山に翔陽が叫んだ。
    「かげやまぁ!!」
    その声に弾かれるように影山は足元の弓と矢と掴んだ。
    弓の使い方など知らないはずなのに、弓を構えて矢を鉉に通す。
    矢尻の先の、触手の本体に照準を定めて、
    「っ…!」
    矢を射った。
    ヒュッと風を切る音と共に力強く飛んでいった弓矢が、放物線を描いて触手の本体に命中する。
    「うわっ!」
    と同時に翔陽に絡みついていた触手が消えて、
    「お、おいっ」
    慌てて両腕を差し出した影山の腕に、宙に浮いていた翔陽が落ちてきた。
    ドスン、と腕の中に落下した翔陽を受け止める。
    触手に服を溶かされていた翔陽はぬるぬるとした液体に塗れながら、胸や腹、太腿を顕にしていて、影山は思わず顔が赤くなった。
    「やったー!!」
    途端に抱きついてきた翔陽に、影山は「おいっやめろ!」と身体を引き剥がす。
    けれど翔陽はお構いなしに影山に抱きついてぴょんぴょんと跳ねた。
    「やっぱりお前はすごい弓使いだ!お前となら絶対に魔王を倒せる!おれと一緒に来てくれ!」
    いや、あれはまぐれで…と思ったものの、弓を構えた瞬間の感覚には既視感があった。
    まるで、トスをあげるときのような方向感覚。
    そして、サーブを放つときのような位置感覚。
    経験などないはずなのに、あまりにもしっくりと自身の第六感に馴染んでいた。
    「よろしくな!影山!」
    嬉しそうに手を差し出してくる翔陽に、しばし無言でその手と顔を見る。
    どのみち魔王とやらを倒さないと元には戻れないのなら、このおかしな世界のおかしな日向とおかしな旅をするしかないのか。
    「…いいから新しい服着ろボゲ!」
    その手を握らずに悪態をついたのは、わずかばかりの抵抗だった。
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