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    ytd524

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    五伏版ワンドロワンライ 第44回「成長」

    ※33歳×20歳
    ※事変はなかった世界
    ※なんちゃってムーディ(全年齢)
    ※伏の喫煙描写があります(常習ではないです)

    初めてそれを口にした時、口いっぱいに広がる煙に思わず咳き込んでしまったことを覚えている。
     階段の隅にある狭い喫煙所、勧めてきた相手はカラカラと笑って俺の背中をドンドンと叩き『吸い込むなよ!』と声を上げた。
     舌の上に広がる苦味も、喉の奥に引っかかりそうな煙も、どれも違和感が強すぎて、これは俺には一生縁がないものだなと、まだ火のついていたそれをそいつに押し付けた。

    『これで伏黒も大人だな』

     うるせぇ、こんなもん吸わなくったって大人は大人だろうが。そう思いながら咳き込み続ける俺後ろで、相変わらずその男は笑い声をあげ続けている。
     十二月二十二日。仲間内の中で最も遅くに迎えることとなった、二十歳の誕生日当日であった。



     ふと、窓の外の景色が見たくなって、俺は温まった布団の下から体を這いずり出した。暖房の効いた部屋であってもさすがに寒さを覚え、床に放られたクシャクシャのシャツを肩に羽織る。そうして壁際に備え付けられているデスクの前に座り、真っ暗な窓の外へと視線を向けた。
     部屋が明るいせいで反射してしまい、顔を近づけなければ外の光景を伺うことはできない。加えてビジネスホテルからの景色だ、なんの面白みもない、ビル街の隙間から全く車通りのない道路が見えるだけのその景色は、常なら三秒で飽きている。ただ、今はその光景がどうにも胸を打つようで、俺は少しだけ窓を開けると、デスクの奥に置かれていた空っぽの灰皿を手元へと引き寄せた。
     取り出したそれにマッチで火をつけると、ジジ、と小さく音が立つ。赤くなった先端が一瞬で灰色になり、俺はそのまま反対側を咥えてすぅ、とそれを吸い込んだ。口の中いっぱいにたまる煙に思わず眉を顰めるが、以前のように咳き込むといったことはない。別に慣れたわけではないはずなのだが、と、吐き出した煙が暗い空の中へと消えていく様子を見つめながら、ぼんやりと思考を止めた。

    「え、まって。何それ」

     ガチャ、と音がした直後、かけられた声は非常に低いものであった。振り向こうとするよりも先に後ろから覆い被さられ、指先に持っていたソレをあっさり取られてしまう。そのまま真っ直ぐ灰皿に押し付けられたことで、悲しきかな、火をつけたばかりであった煙草はその役目を終えてしまった。

    「あ」
    「あ、じゃないよ。ねぇ、僕聞いてないんだけど。恵タバコなんて興味ないでしょ」
    「ないですよ。ただ、プレゼントだって一箱もらっちゃったんで、ちょっとずつ消費してんです」
    「はぁー? 見せて。……ねぇ、もうだいぶ吸い切ってんじゃん。はい、ボッシュー」
    「いいじゃないですか。別に買い足したりはしませんよ」
    「最後の一本吸い終わったら心境変わるかもしれないでしょー? ダメダメ。喫煙者恵は解釈違いです」
    「なんの話ですか」

     背後から伸ばされた右腕は、そのまま俺を通り越して窓へと伸び、細くしか開けていなかったそこを全開にする。開けられる角度が決まっているとはいえ、それでもこの時期の夜風はひどく寒い。そっちは風呂上がりで心地よいだろうが、こちとら全裸に下着とシャツだけ羽織っている状態なのだ。文句を言うために持ち上げた顎は、だがすぐにその人の左手によって固定される。間近で見つめる蒼玉は、こんな夜更けでもひどく透き通り、きらめいて見えた。

     昔は滅多に見れない色であった。
     この人はいつだって何かしらで両目を覆っていたし、たとえサングラスであったとしても、特別製のそれはグラスの向こうを一切透かさないため、瞳の形さえも拝むことが叶わない。時折、本当に時折だけ、そのグラスがずれた時に隙間から見えたことがあったか、という程度である。
     それがどうして、こういう夜を共に過ごすようになってからというもの、この人はなんの惜しみもなくその色を俺に見せつけてくるようになった。普段術式のために解放されるそれが真っ直ぐに自分へと向けられること、それに違和感を覚えないと言ったら嘘になるが、それに蓋をしてしまうぐらい、自身の中に浮き上がるのは暗い歓喜であった。

    「先生」
    「ん?」
    「寒いんですけど」
    「僕があったかいからちょうどよくない?」
    「それ背中だけじゃないですか」
    「じゃあほら、おいで」

     離された左手はそのまま横へとずらされ、一歩下がられたことによりできた空間へと冷たい風が吹き抜ける。熱を追いかけるように、俺は広げられた両腕の中、その胸元へと頭を押し付けた。背中に回した腕でバスローブを掴むと、再び密着した肌から暖かさが伝わってきて心地よい。擦り付けるように頬を寄せると「こういう時だけ素直なんだからなぁ」と笑い声が降ってきた。

    「恵って即物的だよね」
    「誰のせいですか、こんな真冬に窓全開にしやがって」
    「元を正せば君のせいでしょー。タバコの臭いがなくなるまではこのまんまね」
    「別にもうしないでしょうが」
    「するよ、する」

     そう言いながらも、俺の頭に鼻を埋めてくるのだからおかしな話だ。匂いじゃない、きっと概念的な何かなのだろう。そうなるといつ閉めてもらえるかもわかったものではない。
     だったらいっそ、もう一度布団に潜り込んだほうがマシだと、俺は拘束された中で身を捩り、顔を上げようとした。だが、案外強い力で抱き込まれているせいで腰を引くことすら叶わない。いっそこのままベッドまで押し戻してやろうか、と考えていると、頭上から「はぁ」と息を吐く音が聞こえてきた。

    「恵も大人になったんだなぁ」
    「何回言うんですか、それ」
    「だって二十歳だよ? 二十歳って。僕が出会った頃の恵なんてまだランドセル背負ったガキンチョだったのに」
    「ランドセル……」

     あぁ、そうか。この人に声をかけられたのは、もうそんなに昔のことなのか。
     小学生だった頃の記憶なんてもうほとんど残っちゃいない。ただあの日、突然呼ばれた名前と、普通は俺に聞かせるような話じゃないはずのそれらをなんの躊躇もなく言ってのけたその人に感じた不信感は、今でも鮮明に思い出せる。
     そう、最初に感じたのは間違いなく『不信感』であったはずなのだ。それがまさか、自分がこの年齢になるまで見てもらえるだなんて、当時は夢にも思わなかったのである。
     あの頃はわからなかった、この人の気持ち。今だってわかることなど、ほんのひとかけらもないのだろう。ただ、時間だけはゆっくりと過ぎて、気がつけば俺は、初めて出会った時のこの人の、五条先生の年齢を追い越していた。

    「……はは、」
    「ん、なに? どうしたの突然」
    「いや……アンタもすっかり、おっさんになったんだなぁと思って」
    「はぁ? 何言ってんの。僕はいつまでもグッド・ルッキング・ガイ! 強くてカッコ良くて頼りになる五条先生だよ!」
    「あぁ、そろそろその発言もだいぶきついと思うんで気をつけてくださいね」
    「恵ぃ〜〜」

     声を荒げるその人に思わず笑い声をあげながら、俺はその体を押してベッドへとダイブした。大人二人が一気に飛び乗ったことで、ベッドはギシリ、と音を立てて大きくバウンドする。布団と擦れたせいだろう、バスローブの紐が横にずれ、視界には汗ばんだ肌が一気に見えるようになった。

    「……なぁに、珍しい。どっち? 眠いの?」
    「先生」
    「ん?」
    「きっと今の俺がアンタの立場になったとしても、小学生の後見人になるなんて、できないです」
    「……」
    「だから、ありがとうございます」

     言いながら、晒された首元に頬を寄せると、アメニティ特有のシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐった。少しだけ甘ったるい、人工的な香り。少しつまらないなと額を押し付けると、自身の後頭部に大きな掌が寄せられるのがわかった。
     くしゃり、と髪をかき混ぜられながら囁かれる言葉は、振動と共にゆっくりと自分の中に染み込んでいく。

    「できないでいいよ。僕だってもうできない。だから恵は、ずっと僕だけのままでいて」

     ひどく静かで、柔らかで、だけどどこか寂しくて。
     この人のそんな声色なんて初めて聞いた気がして、俺は思わず顎を持ち上げ、その人の顔を見上げた。室内灯の下であっても、やっぱりその人の瞳の色は変わることがない。どこまでも透き通って、底が見えないほどの深淵。
     あぁ。好きだとおもった。

    「ね。恵。僕もずっと、君だけの──」

     ゆっくりと紡がれていく言葉の先を言わせまいと、持ち上げた顔を真っ直ぐにその人へと向けてぐい、と伸ばす。
     口の中にたまったまま、くすぶり続ける紫煙。舌の上で躍り続けるそれらを塗りつけるように、俺は勢いよくその人の口へと噛み付いた。
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    Replies from the creator

    ytd524

    DONE※ほんのり未来軸
    ※起伏のないほのぼのストーリー

    伏から別れ切り出されて一度別れた五伏が一年後に再結成しかけてるお話。
    akiyuki様が描かれた漫画の世界線をイメージしたトリビュート的な作品です。
    (https://twitter.com/ak1yuk1/status/1411631616271650817)

    改めまして、akiyukiさん、お誕生日おめでとうございます!
    飛ばない風船 僕にとって恵は風船みたいな存在だった。
     僕が空気を吹き込んで、ふわふわと浮き始めたそれの紐を指先に、手首にと巻きつける。
     そうして空に飛んでいこうとするそれを地上へと繋ぎ止めながら、僕は悠々自適にこの世界を歩き回るのだ。
     その紐がどれだけ長くなろうとも、木に引っ掛かろうとも構わない。
     ただ、僕がこの紐の先を手放しさえしなければいいのだと。
     そんなことを考えながら、僕はこうしてずっと、空の青に映える緑色を真っ直ぐ見上げ続けていたのだった。



    「あっ」

     少女の声が耳に届くと同時に、彼の体はぴょん、と地面から浮かび上がっていた。小さな手を離れ飛んでいってしまいそうなそれから伸びる紐を難なく掴むと、そのまま少女の元へと歩み寄っていく。そうして目の前にしゃがみ込み、紐の先を少女の手首へとちょうちょ結びにした。
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