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    ytd524

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    リクエスト
    お題:〇〇(コミックス未収録ネタを含むため、本文末尾にて紹介)

    ※少しだけ未来のお話
    ※事変のことは考えないでください
    ※オリキャラ視点
    ※コミックス未収録ネタを含みます

    リクエストありがとうございました!楽しかったです!

     むせ返るほどの、土の匂いだった。
     会合があるからとお父さんたちに連れてこられた本家の御屋敷。でも私はまだそんな話し合いに参加できる年齢じゃないから、用意してもらった離れの御座敷に寝転がって、お父さんたちの用事が済むのをぼーっと待っていた。
     そうしたらふと、外から土の匂いが漂ってきて、私は思わず障子を開けて庭を見たのだ。からり、と音を立てて開け放たれたその先で、明るい日差しが差し込む中で、涼しい空気がすぅ、と私の隣を通り過ぎていく。
     明るい空から、さぁ、と静かな音とともに、細い糸みたいな雨が降り注いでいた。

    (お天気雨だ)

     そうか、地面が濡れたから土の匂いも強くなったんだ。理由がわかって嬉しくなるとともに、私の体は無意識に縁側の外へと滑り落ちていた。しっとりと濡れた移動用の草履に足を通して、そのまま草の上を駆けていく。大人用のサイズだからちょっとだけパカパカとうるさいけれど、それでも濡れた土の上を歩く感触は、なんだかとても心地が良かった。
     庭をまっすぐ抜けて、本邸へ続く石橋を渡って。途中で少しだけ横道にそれて、また少しだけまっすぐ。その頃にはもう雨も上がっていて、私は雨上がりでキラキラと輝く草の上をさくさくと歩きながら、前に教えてもらった場所を目指して歩き続けた。
     御屋敷の中でも一番端っこのほうにある、森に面した境目のところ。そこに立っている大きな木は、春になるといっぱいの桜を咲かせるのだと教えてもらった。きっと今日なら、すごくすごく綺麗に見えるんじゃないか。

    (あ)

     そう思ってたどり着いたその場所には先客がいた。いつもは少しだけ硬そうな髪が、お天気雨のせいか、ふんわりと柔らかく見える。その髪の襟元から覗く白い肌と、紺色の反物から作られた羽織りもの。大きな桜の木にもたれかかるように座るその姿は間違いなく、私にこの場所を教えてくれた人、その人だった。

    「っ、恵様!」

     嬉しくなって、思わずいつもより高い声が出てしまう。恵様。この御屋敷、禪院家の当代当主様。優しくてあったかい、私の大好きな人!

    「恵様、恵様、どうしたんですか! もうすぐ会合の時間ですよね?」

     はしゃぎながら距離を縮めていくと、私の方を振り向いた恵様は、少しだけ驚いたような表情をした後でその瞳をゆっくりと細められた。でも、恵様は私に返事をするでもなく、その場で人差し指を立てて、ご自身の唇の前にそっとその指を寄せていく。しぃ、と、静かに息を吐く音が私の耳へと届いた。
     あぁ、うるさかっただろうか。慌てて両手で口元を押さえると、恵様はおかしそうにくつくつと肩を震わせて笑う。そんな様子も綺麗で、私は自然と笑みがこぼれ落ちて行った。

     でも、なんでだろう。ここは邸宅からも離れた、いわゆる『秘密の隠れ場所』みたいなところだ。ちょっと大声を出したって、届くことはないと思うのに……。そう疑問に思っていると、だいぶ近づいた距離によって、ようやく私はその存在に気がつくことができた。
     恵様が座られている膝の上に、柔らかそうな毛並み。そうか、恵様の式神だ!
     恵様は『十種影法術』という術式を相伝なさっていて、自身の影から式神を呼び出すことができるのだと教えてもらったことがある。そして時折、影から呼び出した式神たちをリラックスさせるため、ちょっとした運動などを行うらしい。
     そっか、きっといっぱいはしゃいで眠ってしまったんだ。それなら起こしてはいけないと、ゆっくり、忍足で恵様のすぐ隣まで近寄っていく。そして小声でも話せる距離まで近づいたところで、私は再び「恵様」と声をかけ……ようとした。

    「……あれ?」

     開いた口からは無意識に別の言葉がこぼれ落ちる。そんな私に、恵様は再びきょとんとした表情を見せるけれど、私の驚いた様子を見て「あぁ」とひとり、納得したように頷かれた。

    「そうか、あの位置からだと見えなかったんだな」
    「え、えぇと……」

     恵様はまた、おかしそうに口の端を緩めて右手を動かす。その指先は、膝の上に乗っているその柔らかな毛並みを梳くように、ゆっくり、優しく動かされていた。
     ……いや、毛並みなんて言っちゃいけない。そこにいるのは、いや、いらっしゃるのは、式神などではなかった。

    「……五条様?」
    「うん」

     恵様の返答に、あぁ、やっぱりそうなのかと、私はより一層自分の両目を丸くした。そう、今恵様の膝に頭を乗せているのは、間違いなく五条家当主、五条悟様であったのだ。
     ふわふわと柔らかそうな白髪は、先ほどの雨なんてなかったようにさらさらで、濡れた様子も一切ない。伏せられた瞳を縁取る睫毛は頭髪と同じ色をしていて、頬に影ができちゃうんじゃないかってくらい長く閉じられていた。薄めなのに柔らかそうな唇も、すぅっと通った鼻筋も、どこをとったって五条様の特徴そのもので、そこで私の頭は徐々にぐるぐると、混乱の動きを見せ始める。

    「え……え? でも、禪院家と五条家は仲が悪いと聞きました」
    「あぁ、うん。そうだな」
    「それなのに、眠られているんですか……?」
    「あぁ、熟睡。任務続きでしばらく寝れてなかったらしいから」
    「……仲が、悪いのに?」
    「うん」

     そう言いながら指先を動かす恵様の表情は、今まで見たことがないくらい優しい空気で満ち溢れていた。その空気を感じたくて、私は濡れるのも厭わず、その場にしゃがみ込んで恵様の顔を見上げた。相変わらずその視線は五条様に向けられていて、でも私が隣にしゃがみ込んだことにまた笑みを浮かべると「そういうことになってるんだ」とだけ、小さく教えてくれた。

    「そういうこと?」
    「そう。まだ古いしきたりが残ってるから、それが落ち着くまでは、そういうことにしてる」
    「じゃあ、仲良しなんですか?」
    「それも違うな」
    「えっ」

     尚更分からなくなってしまって、私は膝を抱えたまま恵様へと疑問の声を投げる。でもそれ以上教えてくれるつもりはないのか、恵様は再び左手の人差し指で「しぃ」と口元を緩めた。

     とても静かだった。風が吹くたびに草の擦れる音がして、冷たい空気とともにはらはらと花弁が頭上から降ってくる。その中に座る恵様と、音も立てずに寝入る五条様の姿が、あまりにも絵になるようで。私は声もなく、ただただその光景に見惚れ続けていた。
     どことなく神聖な、時が止まったかのような空間。そんな空気を裂いたのは、恵様ご自身であった。

    「あ」

     突然発せられた声は、いつもの暖かさも柔らかさも纏わない、なんというか、素の声だった。初めて聞く恵様のそんな声に弾かれるように顔をあげると、優しく動いていたはずの右手が持ち上げられ、そして勢いよく振り落とされた。

    「えっ」
    「っ、たぁ!」
    「起きてください五条さん。時間ギリギリでした」
    「え、は? いや、待って。せめてもうちょい優しく起こして……あー、頭ぼんやりする」
    「そんな暇ありませんよ。ほらさっさと起きてください」
    「えっ」
    「いっ、たいって!」

     容赦無く落とされた手のひらによって、パンッと清々しいほど乾いた音が辺り一帯へと響く。先ほどまでの空気なんてなかったかのような突然の変わりように、私は思わずその場にぺしゃんと尻餅をついてしまった。あぁ、着物ががっつり濡れてしまった。
     そんな私と入れ替わるように、五条様は上半身を起こし、大きくあくびをつく。そのままぐぅ、と伸びをすると、背後にいる私へと顔をぐるり、と向けて笑みを浮かべた。

    「こんにちは」
    「こっ、こんにちは」
    「ちょっと。威圧しないでくださいよ」
    「えぇー? そんなつもりないんだけど」
    「アンタはその顔だけで人を威圧できるんですから」
    「え、何それ。褒められてる?」
    「いえ、全く」

     はぁ、とため息を吐きながら、恵様はすっくとその場に立ち上がる。それにならって私も慌てて腰を持ち上げると、恵様の左手が私の髪を優しく撫でてくれた。
     あぁ、やっぱりその感触は私の大好きな恵様のものなのに。でもなんでだろう。今目の前にいる恵様も、さっき見た恵様も。まるで別の人みたいに見えて、胸がそわそわしてしまう。
     そんな私に気がついてなのか、いつの間にか立ち上がられていた五条様は、こちらを見下ろしてまたにっこりと笑顔を見せてくれた。

    「驚かせちゃってごめんねぇ。禪院家当主様って、猫被るのが得意で」
    「えっ」
    「何言ってんですか。猫なんて被ってません」
    「でも僕の前であんな表情見せてくれたことないじゃん」
    「……起きてたんならさっさと言ってくださいよ」
    「だって気持ちかったし」
    「……あー、もう」

     まるで軽口のようにぽんぽんと軽快に続く会話に、やっぱり私の頭はぽかん、と思考を止めてしまう。
     今目の前にいる恵様は、私が知ってる恵様じゃないみたいで。でも、そうやって五条様と会話とされる様子は、なんだかとても『らしいな』なんて思った。だから思わず、さっきとおんなじ言葉が口からこぼれ落ちてくる。

    「やっぱり、お二人は仲良しなんですか?」

     投げかけた質問に、二人は揃って私を見下ろして、揃って口元に笑みを浮かべる。そうして開かれた唇から、ひどく楽しそうな色の声が重なり、発せられた。

    「「いや、ちっとも」」



    お題:当主同士の五伏
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    Replies from the creator

    ytd524

    DONE※ほんのり未来軸
    ※起伏のないほのぼのストーリー

    伏から別れ切り出されて一度別れた五伏が一年後に再結成しかけてるお話。
    akiyuki様が描かれた漫画の世界線をイメージしたトリビュート的な作品です。
    (https://twitter.com/ak1yuk1/status/1411631616271650817)

    改めまして、akiyukiさん、お誕生日おめでとうございます!
    飛ばない風船 僕にとって恵は風船みたいな存在だった。
     僕が空気を吹き込んで、ふわふわと浮き始めたそれの紐を指先に、手首にと巻きつける。
     そうして空に飛んでいこうとするそれを地上へと繋ぎ止めながら、僕は悠々自適にこの世界を歩き回るのだ。
     その紐がどれだけ長くなろうとも、木に引っ掛かろうとも構わない。
     ただ、僕がこの紐の先を手放しさえしなければいいのだと。
     そんなことを考えながら、僕はこうしてずっと、空の青に映える緑色を真っ直ぐ見上げ続けていたのだった。



    「あっ」

     少女の声が耳に届くと同時に、彼の体はぴょん、と地面から浮かび上がっていた。小さな手を離れ飛んでいってしまいそうなそれから伸びる紐を難なく掴むと、そのまま少女の元へと歩み寄っていく。そうして目の前にしゃがみ込み、紐の先を少女の手首へとちょうちょ結びにした。
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