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    リクエスト
    お題:ワンライ『夢』のつづき

    ※芸能パロ
    ※俳優五×俳優伏

    前回のつづきなため、前回分を読んでからお読みいただかないと分からない点が多いかと思います。
    リクエストくださりありがとうございます!

    前回のお話:https://twitter.com/ytd524/status/1370746035081936897

     溢れんばかりの拍手と指笛の音、ブラボーの声。緞帳が上がった瞬間、それらが一気に押し寄せてくる感覚は、舞台役者にしか味わうことのできない熱気と興奮であろう。
     この道をメインに進むと決めたのは自分勝手な理由によるものであったが、今ではもう、この感覚を知らなかった頃の俺には戻れないだろうと思う。それほどまでに、この時、この瞬間の圧力のようなものは、自分にとって非常に心地良く、快感であった。
     そして今日、無事楽日を迎えたこの舞台は、自身の役者人生の中にまた新たな『人生』を刻んでいく。
     全身を投じて、なりきって生きてきた、全ての役の『人生』。
     それらが積み重なり、これからの俳優・伏黒恵の人生が紡がれていくのだ。



    「お疲れ様でしたぁ!」

     舞台袖にはけてから楽屋に至るまで、テンションが上がっているのは何も役者だけではない。舞台演出家、舞台監督、照明、音響、衣装に広報。その他、舞台に携わったたくさんの人々が今日という日を無事に終えられたことに歓喜の声を上げる。今回の舞台演出を務めたベテランはひどく気難しい人だったのだが、その人までもが笑顔で主演俳優の背中をパンッと叩いているのだから、かなり好評な結果であったのだろう。
     そうしてわいわいと、互いの仕事を労い合う中、会場スタッフから次々と役者への呼び出しがかかる。舞台終了後、観客からの楽屋挨拶呼び出しだ。
     小舞台では役者陣が見送りのために出入り口までアーチをつくることもあるが、今回の舞台、主演俳優はテレビ俳優としても有名な若手がメインだ。ファンたちが大勢押し寄せてしまうため、こう言った挨拶は事前にその人の名前を係の人に確認してもらい、本当に知人であった場合のみ廊下で会う、といった流れが基本である。
     そうして主演俳優含め、様々な人が会場スタッフより呼び出されて楽屋を離れていく中、俺はひとり鏡台の前に座ってセットした髪型を指先で解した。

     今回の舞台は今までと毛色の違う、純然たるストレートプレイであった。息抜きのためのコメディシーンも、ちょっとしたミュージカルが挟まれることもない。だからこそ、観客の心を離さないようにするための演技が非常に難しく、また稽古場も非常にピリピリとした緊張感に包まれていた。
     ようやく終わったのだ。鏡の中の人間が『伏黒恵』に戻るのを認めると同時に、一気に全身の緊張が解けていく。打ち上げは舞台のバラシも終わった後、スタッフ込みで後日行う予定のため、今日はこのまま直帰だ。真っ直ぐ部屋に帰ってゆっくりと眠ろう。そう思いながら衣装のジャケットに手をかけたところで「伏黒さん!」と呼び出しの声がかかる。

    「あ、あぁ、よかった、いらっしゃった! 伏黒さん、あの」
    「どうしました。今日は俺、知り合いの観劇予定はないはずですけど」
    「あ、えぇと、その……」

     歯切れの悪い様子で言葉を選ぶ会場スタッフに、思わず疑問符が頭の上を飛んでいく。一体どうしたというのだろうか。俺は簡易スツールから腰を上げ、スタッフの立つ楽屋の出入り口まで足を進めた。進めかけて、止まった。

    「すみません、アポイントはないとのことだったのですが……さすがにそのまま劇場ロビーにいらっしゃる状態では騒ぎになってしまうかと思い……」

     呼び出しを受けていない役者やスタッフたちが、なんだなんだと顔をこちらへと向け、わぁ、と色めき立つ。そう、舞台の楽屋はテレビ局と違って小部屋じゃない、大部屋に全員が押し込まれるのだ。だからプライベートも何もあったもんじゃなく。
     そんな中で訪れてきやがったその人の姿を、俺は過去一番に恨めしい顔でもって出迎えることとなった。

    「や、恵♡」

     来ちゃった、と声を上げた超有名俳優様は、非常によくできた笑顔を俺へと向け、顔にかけていたサングラスを胸ポケットへとしまった。



    「いや、来ちゃった、じゃねぇんですよ。何やってんですか。自分の立場をふんだんに使いやがって。あんな逃げ場もないやり方、追い詰められたも同然じゃないですか。一歩間違えば犯罪ですよ」
    「えー、間違えるわけないじゃん。僕だよ?」
    「知りませんよ。誰ですかアンタ」
    「恵、酔ってる?」
    「酔ってません!」
    「うわぁ、君面倒な酔い方するタイプかぁ」
    「んぐ」

     差し出されたねぎまは容赦無く口の中へと突っ込まれ、俺は慌ててそれが喉奥にぶつからないよう頭を後ろへと引いた。そのまま鶏肉とネギの隙間に前歯を立てて引き抜き咀嚼すると、たれの効いたもも肉が口の中いっぱいに広がっていく。なるほど、これは美味しいなと飲み込んだ後、未だ差し出されたままの串から今度はネギと鶏肉を一緒に引き抜くと、男は片腕で頬杖をついたまま「はぁ〜」とため息を吐いた。

    「君ねぇ、そういうところだよ」
    「ん……んっ、なにがですか」
    「まぁいいや。ほら、最後一口」
    「はぁ、どうも」

     横向きに直された串に再び口を寄せ、左から右へと肉を抜き去る。結局まるまる一本食べてしまったなと口を動かしていると、またもや目の前の男は「はぁぁ〜」とさらに深いため息を吐き出してきた。なんなんだ。文句があるならさっさと言え。

    「……何こっち見てんの」
    「アンタがため息吐くからでしょうが」
    「あぁー、はいはい。ごめんね。睨んでるつもりだろうけど、それ可愛いだけだからやめよ」
    「あァ?」
    「あ、それはちょっと怖い。もー、いいじゃない! 元はと言えば、恵が僕のこと避けに避け続けるからでしょー そんなことされなければ僕だって事前に連絡してから観劇来るって! だからさっさとID教えろよ」
    「嫌に決まってんでしょうが。なんのために避けてきたと思ってんだよ」
    「なんのためなの?」
    「っ……」
    「ほらほら、ねぇ。なんのため?」
    「……知りませんよ!」

     そう言ってテーブルの上のジョッキの中身を、一気に喉の奥へと流し込んでやる。パチパチと弾ける炭酸が酷使した喉に滲みるが問題ない、明日は丸一日オフだ。そんな俺の行動も気に入らないのか、男は未だ持ったままの焼き串を指先でいじりながら、それを使ってキュウリの漬物を食べ始める。そんなだらしない仕草ですら様になってしまうのだから、容姿端麗な人間というのは本当に厄介極まりない。そう──それがこの国で今実力派俳優として数々の作品に出演している男、五条悟なら尚更のことだ。

     偶然の出会いから三年、そして不幸な再会から二ヶ月半。あの日、非常階段まで追い詰められた俺は、虎杖からの『もうすぐ打ち合わせ始めるって!』という着信によってなんとかその場を逃げ切ることができた。そして打ち合わせ、本番と『仕事である』という建前を一切崩すことなくやり切った俺は、あの手この手を使いスタジオから真っ直ぐ、五条さんとエンカウントすることなく逃げ延びることができたわけだ。
     そこからは舞台の立ち稽古に入ったし、地方公演もあったおかげで事務所に寄ることもなく、結果この舞台に集中したまま千秋楽を迎えることができたのだ。できたというのにこの様である。なんでだ。最終公演が東京だったからいけないのか。恨むしかないだろう、そんなの。

     楽屋まで押し掛けられたことで、他の役者やスタッフたちも、自分よりも明らかに立場が上であろう五条悟に対し『どうぞどうぞ』の一点張りになってしまった。結果、俺は着替え用のロッカーを瞬時に明け渡され、メイク落としもそこそこに私物のバッグを手渡され、楽屋から追い出されてしまったのだ。なんでだ。この男が五条悟だからなのか。いい加減にしろよ五条悟。

    「じゃあさぁ、僕に聞いてよ」
    「なにをです」
    「『なんで俺を追いかけてくるんだ』って」

     まるで砂糖を煮詰めたかのような甘ったるい声が鼓膜を震わせる。男の行きつけだというこの居酒屋は、急に来店した俺たちに店の中でも奥まったところにある個室を用意してくれる親切さがあった。そのせいで今、店内の喧騒はおろか、キッチンでの店員同士のやりとりさえ遠くに聞こえる状態で、この男の声を一身に受け止めなければならなくなってしまっている。
     心臓の音がバクバクとうるさいのだって、きっと酒と、この静かさのせいだ。そう思っていないとやっていられないほど、目の前から向けられる視線はひどく熱を帯びている。

    「ねぇ、恵。聞いてよ。そうしたら、答えをあげるから」

     先ほどまで焼き串を持っていたはずの指先が、俺の頬へと伸ばされ、ゆっくりと触れる。あんなに庶民的な所作をしていたはずの右手が、今はその細長い五指を正しく魅せていた。
     あぁ、聞けだって? 何を? 三年前、たった一晩枕を共にしたその場限りの相手に何故ここまで執着するのか、その理由を聞けと?
     知らない。知りたくもない、そんなこと。
     だってもしも、もしもそれを聞いてしまったら。

    「……聞きませんよ」
    「……」
    「聞いたって、何も変わらないんですから」
    「……本当に?」
    「……ほんとうに」

     そういうと、男は「ふぅん」とだけ口にし、俺に触れていた右手をすぅ、と引っ込めた。そして手元にあるオレンジジュースを飲み干すと「追加のもの頼んでくる」とだけ言って個室から出て行った。
     足音が遠ざかり、俺はようやく両手に込めていた力をふっと抜く。

     そう、聞いたって何も変わりはしない。
     たとえそれがどんな理由であったって、きっと俺は、その瞳にとらわれてしまうのだ。
     だってそこに宿る光は、あの日見た映画の中、レンズ越しにこちらを見つめる瞳の中に映ったそれと、まるで変わりがないのだから。

     そう。だったら、このままでいい。
     このまま、今の俺にあの人が飽きるまで。それまでの辛抱だと──

    「……なに、寝たの?」

     考えることが面倒だと、無意識に閉じた瞳はそのまま俺を睡眠へと誘っていく。いつの間にかテーブルに突っ伏した体勢になっていた俺は、かけられた声に答えることも億劫で、そのまま額をテーブルにつけたままでいた。そんな俺の上からかけられるのは、またもや「はぁぁ〜〜」という深々としたため息。多分今日イチのため息だ。そのことに苛立ちを覚えながらも、このまま本当に寝てしまえと俺は意識を向こうへと飛ばす。
     願わくは、起きた時にこの男が帰っていますようにと思いながら。

    「……本当に、そういうところだっつってんのに」

     そう囁かれた言葉は、俺の頭上をすぅと滑り、そしてゆっくりと溶けていった。
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    ytd524

    DONE※ほんのり未来軸
    ※起伏のないほのぼのストーリー

    伏から別れ切り出されて一度別れた五伏が一年後に再結成しかけてるお話。
    akiyuki様が描かれた漫画の世界線をイメージしたトリビュート的な作品です。
    (https://twitter.com/ak1yuk1/status/1411631616271650817)

    改めまして、akiyukiさん、お誕生日おめでとうございます!
    飛ばない風船 僕にとって恵は風船みたいな存在だった。
     僕が空気を吹き込んで、ふわふわと浮き始めたそれの紐を指先に、手首にと巻きつける。
     そうして空に飛んでいこうとするそれを地上へと繋ぎ止めながら、僕は悠々自適にこの世界を歩き回るのだ。
     その紐がどれだけ長くなろうとも、木に引っ掛かろうとも構わない。
     ただ、僕がこの紐の先を手放しさえしなければいいのだと。
     そんなことを考えながら、僕はこうしてずっと、空の青に映える緑色を真っ直ぐ見上げ続けていたのだった。



    「あっ」

     少女の声が耳に届くと同時に、彼の体はぴょん、と地面から浮かび上がっていた。小さな手を離れ飛んでいってしまいそうなそれから伸びる紐を難なく掴むと、そのまま少女の元へと歩み寄っていく。そうして目の前にしゃがみ込み、紐の先を少女の手首へとちょうちょ結びにした。
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