とある星の子が生まれた日分厚い雲が光を遮るどんよりとした空気の満ちた場所、誰からも忘れられ、捨て去られた土地。
そんな色彩の鈍い場所にも星の子達は集い、思い思いの目的で飛び交っている。
その星の子の中には、背の星の少ない茶色のケープを身に着けた、足取りのおぼつかない星の子も含まれている。
その色と初初しさから通称『雀』と呼ばれる、生まれて日の浅い、幼い星の子だ。
彼彼女らは経験が浅く、迫る危険やそれらからの回避方法がわからない事も多い。特に、この捨てられた地は闇の生物が多く、巡回する暗黒竜に光を散らされて挫けてしまう者も少なくない。…ある意味、星の子の登竜門ともいえる土地なのかもしれない。
そしてまた、この土地の一角で雛のような幼い星の子が危機に陥っていた。
「………ッ!…ごほ……ポ…ポワァ………!」
広くはないがどろりとした深くて黒い水溜り、そこに星の子がひとり藻掻いていた。
黒く汚れていくケープは茶色、その背中にあるケープの力を示す光はたったの4つ、水面から浮き沈みする髪は短いポニーテール。
紛うことなき『雀』の星の子だ。
この『雀』、この光の反射しない闇の水が満ちる円形の水溜りを、別の何処かへ続く入り口の穴だと誤認して飛び込んでしまったのだ。しかも、足が立たない程度に深く、水溜りを囲む壁面も垂直に近い。容易に出れない作りになっているのだ。
結果、頭から闇の水に落ちて、パニックを起こして飛び立つ事も出来ず、徐々に体の光を失われていく状況に更に混乱を加速させていくという悪循環をしていた。
落ちた時点ですぐに飛び立てば良かったのだろうが、元々のケープの光の少なさも相まって飛ぶことを思い出す頃には飛び立つ為の光が闇の水に溶けて無くなっていた。
あとは、体から自らを構成する光が漏れ出ていくのを待つしかできない。
「ごぼ……っ………ポ……ワ…、………」
この星の子は何も恐れていなかった。
闇の蟹と呼ばれる物は避けるのも難しくない上、大きく鳴くとひっくり返ってしまう。
噂に聞く暗黒竜も遮蔽物があればなんてことはないし、もっと飛べるようになれば光を散らされることなく避けられるという。実際にそうしている星の子をみかけて、目を輝かせた。
捨てられた地、なんて大層な名前の場所だけどなにも怖くないじゃないか。
そう、思っていた。
それなのに、この自分から光を奪っていく闇色の水から抜け出せない。
このままでは、死んでしまう。
嫌だ。
死にたくない。
「…っ……、……ンワァ…ポワァ…!」
誰にも届かないと、助けてくれないと、解っていても、鳴かずにはいられなかった。
星の子の言語化した声は、自らのキャンドルの光を分かち合った仲の星の子にか聞こえない。
逆にそれ以外の星の子にはただの音にしか聞こえない。
つまり、周囲に知り合いのいないこの溺れていく星の子の声は、『なんだかよく鳴く星の子がいる』程度にしか認識されないのだ。
更にいうと、生まれて一日目の知り合いの居ないこの星の子の声は、正真正銘誰にも聞こえない。
『詰み』というやつだ。
パキンッ
…パリーン…パリーン…パリーン…
体が軋んで内側から光が弾け飛ぶ。
どんどん体から力が失われていく。
闇の水は冷たくて息も苦しい。
はるか上を飛んでいく星の子達は手を繋いで楽しそうだ。
仮面の下から溢れた涙は闇の水が吸い込んで、どこにいったかわからない。
誰か、誰か、来て。寒い、寒い……
藻掻く事もできなくなっていく星の子は、動かなくなっていく。
息をすることすら億劫になっていく。
寂しいと、星の子はそう思いながら沈みかけた。
その時だった。
「フアァ―――――――ッ!!!」
「………ッ!?」
突然の大音と自分のケープに充填された力に、沈みかけた星の子は驚いた。
が、とにかくケープに光が満ちたなら、飛べる。
混乱した頭でもそれだけは理解していた星の子は垂直に飛び上がり、ねばつく闇の水から脱出することが出来た。
そして、遅れて大音の正体が星の子の大鳴きであると気がついた。
大鳴き、つまり。
飛び上がった星の子が着地した場所に、見知らぬ背の高い影法師のような星の子が、全て砕けたと思っていた光の翼を一つだけ抱えて走り寄ってきた。
助けてくれた。
自分を見つけてくれた。
ボロボロと涙を零す星の子に、影法師は光の翼を押し付けて、もう一度大鳴きをする。
「フアァ―――――――ッ!」
聞いたことのない声だった。精霊に教えてもらえる声なのだろうか。
…とても暖かい声だと思った。
ぐるりと影法師は星の子の周りを回り、背中のケープに光が満ちた事を確認すると、そのまま踵を返した。
「プ、プアァッ!ポワァ!」
必死になって影法師を呼び止める星の子は、キャンドルを取り出して火を灯して、何度も頭を下げた。
あちらからしたらほんのちょっとした事なのかもしれないが、自分からしたら命の恩人だ。
友人になってほしいだなんて贅沢は言わないが、せめて顔を見せて欲しい。
影法師は少し考える素振りを見せたが、やがてキャンドルを取り出して、星の子の持つ震えるキャンドルに触れさせた。
すると、光が解けて影法師が形を変えてゆく。本来の姿が見えるようになっていく―――
星の子は驚いた。
自分を救ったのは、見たことのない姿の星の子だったからだ。
燃え上がるような逆立つ髪に、橙と白と金の大きな口と牙のある生き物の面をした星の子だった。(後から知ったのだが、その面はトラという生き物のものらしい)
服も見たことのないもので、名前もわからない。ただただ、綺麗で、圧倒されるしかなかった。
「………ポワァ………
! ポワ!ンワァ!ンワァ!!!」
星の子は命を救ったのがこんな神々しさすら感じる姿の星の子であることに、呆然としていたが、ハッとして何度も何度も頭を下げた。元々は顔を見て、お礼が言いたかったのだ。
トラ面の星の子は静かに頭を繰り返し下げる星の子を見ていたが、星の子がお礼を言い終わるまで離れずにいた。
やがて頭をフラフラさせながらお礼をやめた星の子に、トラ面の星の子は一言優しく鳴いた。
「フワァ」
今度は待つことなく、弧を描いてトラ面の星の子は飛び立っていった。
その姿が消えるまでその軌跡を見送った『雀』はじっと考えていた。
ああなりたい。
なんでもなく他人を助けられるような
どんな状況も最適解で解決できる
格好の良い星の子に、
自分はなりたい。
けれどけれど、自分は『雀』で、
どうしようもなくみっともない。
こんな闇の水でおぼれかける程度には情けない。
だから、
この世界の事をもっと知って
早く上手に飛べるようになって
見たことのないものがない程見て
何処までも走り回らなきゃ
心に火のついた星の子は吠えたかった。
けれど、平和な雪降る谷で生まれた星の子は『吠える』なんて事をする生き物は知らない。
少し頭を巡らせた星の子は、『吠える』という行為に少しだけ似ている声を、故郷の神殿近くで闇の蟹と対峙した小鳥がしていたのを思い出して、精霊に教わるのと同じように真似をして、己の『声』とすることにした。
「……ポ………………ッ……
……ュ…ヂュリリリリリッ!!!」
こうして、けたたましい鳴き声を産声に、後に『ヂュリ助』と呼ばれるようになる星の子が生まれたのだった。
この星の子は、恩人と目指すものを忘れないようにと燃えるような逆立つ髪を選んだ。
―――までは良かったのだが、なんでも見たい、やりたい、手に入れたいと、闇の生物相手でも暴れ尽くすようになった。
その性格と気性故に、この星の子が女の子であるということを本人すらほぼ忘れ去るようになるだが、それはまた別のお話である。
了
※ほぼ実録の出来事です。
最初は、メイン垢は女の子にしようとポニテ雀にしてましたが、助けてくれたあのトラ面ライオンヘアー野良さんが心に残って、うちの子はああなりました。
早く、何処までも飛べる星の子にしてあげたいです。
ヂュリ助
うちの星の子。背は星の子中では高い方。♂…ではなく♀、そういえば♀だったわーくらいの緩さの性自認。
格好は基本的に、髪型がお辞儀をするメダリスト、ケープとマスクはのんびり屋の音楽家、服は慎み深い踊り手。
峡谷出身の素直マイペースなヂュリリスト。一人称は『自分』。思ったことをそのまま口にする(というかそれしかできない)タイプ。ズバッと言っても悪意はないのでだいたいは許される事が多い。
よく裏世界に落ちたり、へんなとこにハマる。そのたびにヂュリヂュリ煩い。
夢見の劇場(の箱)が第二のホームだと勝手に思ってる(迷惑)。妹分にネーヴという星の子がいる(サブ)
好きなものは多い。
走ること、跳ねる事、体を動かす事が好き。ちなみに格闘術(中の人的に)ができるが、星の子は基本平和なのであまり活用しない。
暗黒竜は怖くない、むしろ好き。蟹も好き、持ち歩きたい。
苦手なものは、闇の水(大量)と飛ぶこと(下手)。
一番好きなものは友人達、たくさんの星の子と遊びたい。
いつの日か、大概のことはできる優しくて格好いい立派な星の子になることが夢。がんばり中。