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    itokiri

    文字書きです。

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    POIPOI 179

    itokiri

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    イデ監
    初デートで意図せずリンクコーデしたり険悪になったりいちゃついたりヤキモチ妬いてほしくてわざと煽って💀のカンにベタベタ触り怒られたりする話
    デフォ名使用

    新刊の中のお話。関連してるのはタグから

    ##イデ監
    ##ここまで上って来られたらね

    自分に置き換えて考えてみなよ イデアと付き合って初めてのお外デートに漕ぎ着けた。しかも待ち合わせをしようという提案をして。

    「なんで一緒に行かないんだ?」
    「そりゃこの有様見たらわかるっしょ」

     エースが指摘した通り、監督生の見てくれはとんでもないことになっていた。
     おもに髪の毛が。

    「一緒に行けばよくない? って言われたんだけど、待ち合わせしてわー! お待たせ〜かっこいい! 可愛い〜みたいなのがやりたいなって」
    「で、これ? うける」
    「尖っててすげぇいいと思うぞ!」

     デュースの無理矢理な感想に礼を述べつつ、監督生はコテとくしを二人に渡す。

    「しゃーねぇな〜今度なんか奢れよ〜」
    「ヘアセットくらいでガタガタ言うなよエース」
    「こういうのは建前がいるんです〜。下心ないですよ〜イデアせーんぱーい」
    「な、なるほど、そういうものなのか……なら僕もなにか奢ってもらおうかな」

     鏡舎方向に向けてエースが声を張ると「オレ様にもなんか寄越すんだぞ!」と便乗するグリムが現れた。
     グリムは昨日の夜から「どっちの服がいいと思う?」に付き合わされているので、一応権利は主張できる。
     しかし突然現れたグリムにエースもデュースも「なんでだよ」と突っ込むので、グリムは足をだんだんと踏み鳴らし「おめぇらはこいつの本性をなんにも知らねぇから」とぶつくさと文句を垂れ始めたので、監督生が「時間ないから!」と慌てて切り上げさせた。

     約束の時間ギリギリになってしまった監督生は、バスを降りて待ち合わせの場所まで駆け足で向かう。遠目からでもわかる炎髪に感謝しつつ、待ち合わせ時間より早く来てくれたんだと胸が高鳴るのも束の間で、何やら彼は人に話しかけられているところらしく、珍しくなってそっと身を隠して様子を伺うことにした。

     そんな絡まれイデアがそうなるに至ったのは監督生が来るものの五分前のことで、待ち合わせより少し早く着いてしまったとキャップのツバに触れていたところ目の前に人が立ち「今着いたよ。なんかねー」と辺りを見回しており、おそらく目印になるものを見つけているのだろうと推察できる。「あ、やば目が……」などと思い不自然な逸らし方をして時をやり過ごそうとスマホを取り出したイデアの耳に、驚きの会話が飛び込んできた。

    「背が高くて、髪の燃えためっちゃくちゃかっこいい人の近く」

     せ、せせ拙者⁉︎ 何故‼︎
     後半部分はミュートワードに入れているからか聞こえておらず、髪の燃えたで己と理解して怯えと焦りで横揺れが止まらなくなっているところに、待ち合わせ場所にもう一人の女性が現れ「お兄さん一人ですか」と声をかけられたという流れ。

    「ヒッ、人を……」
    「え?」

     怖いでござる! 位置ゲーのバトルスポットのモンスターになった気分なんだが……。そもそも見ず知らずの男を落ち合い場所に設定します? 理不尽な状況に追い込まれており、拙者もうお家に帰りたいのだが。と所謂逆ナンパにビビり散らしているところに「イデア先輩」と背後から声がかけられて、振り返る間もないまま腕にギュッと監督生の腕が回った。

    「お待たせしました」
    「ユウ氏〜〜っ」

     救いの神だと思っているが、イデアが絡まれているところを監督生はしばらく観察していたわけで、完全なヒーローというと疑問が残るが、そんなことを知らないイデアは監督生の腕にしがみつき「どうにかしてよユウえもん」とすがる。もうこの時点で興が覚めた二人組はさっさとその場を後にした。

     イデアと監督生はすぐそばにあったカフェに入った。萎縮しきり疲弊しまくっているイデアのためのインターバルだ。
     人気がある窓際でもテラス席でもない奥まった席でテーブルに顔を付しているイデアの元に、カフェラテを持った監督生が「大丈夫ですか」と声をかけた。

    「大丈夫……イレギュラーに絡まれて無駄なエネルギー消費させられたからちょっと疲れただけ」
    「ちょっとではなさそうですけど」

     監督生の予定では普段とは違う場所違う服装で会うというときめき増量イベントになる予定だったのだが、イデアがかっこいいばっかりになんという悲劇だろうか。と肩を落とし息を吐き出す。

    「君に幻滅されるのは嫌だけどさ、僕にとって外に出るって行為自体がす、すごく勇気がいる行為だし、君が思い描くきゃっきゃうふふな展開なんて無理……で、出来ることと出来ないことはあるし、そ、それを無理強いされるのは」
    「ちょっと待ってください」
    「なに」

     ため息がトリガーだったのだろうか。いやもうそんなことを考えている場合ではなく、早くこの陰鬱モードから抜け出させなくてはならない。監督生はイデアの肩をトントンと叩き顔を上げてと伝える。
     監督生だってイデアの性格はわかっているし、思い描いていることは漫画やアニメのようなものではない。イデアと紡げる物語に花を添えたいだけ。

    「どうですか」
    「どうと言われましても……何が」
    「本当は待ち合わせ場所でお互いの普段とは違う姿を見て一言をやりたかったんです」
    「ふぅん……で?」
    「え、えっと……」

     あれ? 可愛いくない? ここにきて監督生は尻込みをした。もしかしたら格好が似合ってないのかもしれないし、メイクも失敗しているのかもしれない。
     監督生なりにイデアの趣味趣向を考察した結果、初めてのデートでワンピースや短いスカートだと攻めすぎていて萎縮されてしまいかねないと思い、パーカースウェットに細かいフリルが重なっているロングスカートにスニーカーと、ラフでスポーティーなコーディネートをチョイスし、マブ二人に頼んだヘアメイクも玉ねぎを後ろで三つ作るようなものにしてもらった。じっとこちらを見続けているイデアの視線に耐えきれず、監督生はトイレへ逃げ込んでしまった。
    「可愛い」そう言ってもらえる確信と妙な自信が余計に恥ずかしかった。

     鏡に映る自分はいつもより可愛いと思えるし、エースもデュースもそしてグリムだって褒めてくれた。でもこれは主観であって、浮かれていたからそう錯覚しているだけであり、当のイデアの好みではなかったのかもしれない。
     どうしよう。このまま帰ってしまいたい。
     監督生は無意味に三度石鹸で手を洗い、イデアが待っている席の方をコソコソと伺い見る。スマホを頬杖をついて操作していたと思うとそれを置いてカフェラテを啜る。なんということのないシーンなのに妙に様になるしかっこいい。
     監督生はふと改めてイデアの姿を見て気がついたことがあり、行き渋っていたのが嘘のように席に戻り、一旦喉を潤してから意を決する。

    「先輩と私、今日リンクコーデじゃないですか?」
    「何それ」
    「先輩は黒いパーカースウェットで、私はグレーの」
    「ッ〜〜っ! 浮かれた陽キャカップルの間で行われているというにわかには信じがたい恐ろし恥ずかし黒歴史な事を意図せず踏み抜いてしまったってこと⁉︎」
    「散々な言われように肯定しにくいです」

     イデアは自分の格好と監督生の格好を見て裸を晒しているというくらい恥じらい「いやーッ!」と顔を真っ赤に染め悶え苦しみ始めてしまった。

    「先輩はいつにも増してかっこいいですね」
    「ど、ど、どどどこがぁ?」
    「ラフな格好でもなんでそんなに様になるんでしょう」
    「は、はぁ? 君熱でもあるんじゃない。顔真っ赤だ……し」

     イデアはここにきてようやくしっかりと監督生を見た。当然待ち合わせ場所でもこのカフェに入ってからも見ていたつもりだったのに、初めて見たようなそんな心地を覚え、とくりと胸がなる感覚に目が見開かれ、髪が素直な色を灯し始めてしまう。

    「可愛い」

     そう動きかけた唇を静止させたのは「今日エースとデュースに髪の毛可愛くしてもらったんです」という監督生の発言だ。
     監督生はもう素直に「可愛いって言って」を伝えてしまおうと思っただけだったが、イデアは一言「へぇ」というだけだった。心なしか機嫌も悪そうで、カフェラテの残りを飲み干すなり「行こ」と席を立つ。
     監督生もカフェラテの残りを飲み干してイデアを追いかけるように席を立つ。
     ドアベルの音を後ろでに聞いて店外に先に出ていたイデアの元へ

    「先輩、あの」
    「なに」

    「怒ってる?」と聞きたくとも聞けなかった。それを聞いてしまうとこのデートが全て台無しになってしまいそうで怖かったのだ。けれどそうやって怯えて顔色を窺う関係は良好と言えるのだろうか。疑問が渦巻いて集中できず、重たい物をずっと背負っているような心地で見たかった雑貨店でもろくに目ぼしい物を得られなかった。
     イデアの好みを知りたいからと服を見ても気がそぞろであるし、イデア自身もどこか上の空だった。それでも時間が経てばお腹は空くし、ランチをするも会話は弾まない。そもそもイデアは聞き手に回ることがほとんどなので、監督生が積極的に話しかけないと会話が成立しないのだ。
     ああ。もうやだな。気落ちしながら食後の紅茶に口をつけていた時、プチリと嫌な感覚がした後に髪の毛がパサリと頬に落ちてきた。

     あ……。と思った時には堪えきれず涙が落ちてしまった。
     泣いていると悟られたら幻滅されてしまうかもしれない。そう思って咄嗟に俯いて押し黙って涙をどうにかしようとしても、ポロポロとこぼれ落ちてしまうのが止まらない。

    「どうしたの?」

     優しい声が余計に辛くて腹が立ってしまう。これまでずっとよくわからない不機嫌に情緒を掻き乱してきた張本人のくせに、なんで今になってそんな心配そうな声をかけてくるのだろう。
     監督生は「なんでもないです。髪直してきます」と席を立とうとするのをイデアの手が咎めた。

    「いいよ」
    「でも」
    「僕がやる」

     席を立ち隣に座ると切れていない残りのゴムをテーブルに置いて、乱れている髪を整えていく。

    「先輩髪の毛縛れるんですか?」
    「人にやったことないけどまあ、うん。できるよ。拙者の髪見なよ」
    「そっか……そうですよね」

     イデアはこの時少し嘘をついていた。本当は髪を縛る時に自分の手でやることの方が少なくて、大抵は魔法を用いている。
     けれど今日、彼女の髪に他の男が触れたという事実を塗り替えたくて、彼女の細い髪に指を通して編み込んでいく。もちろんさっきの髪型も可愛いかった。そもそも論として、監督生はなにをしてもなにもしなくともイデアにとって可愛いらしい存在で、それがデフォルトなのだ。だから改まって可愛いと言うことを失念している。

    「一応、できた……よ」

     監督生はカバンからコンパクトミラーを取り出して確認して、ゆるく編み下ろしされている髪に「わあ」と声を上げた。

    「も、もしかしてなんだけど、な、泣いてた?」

     メイクが崩れていた? と咄嗟に顔を逸らしたのは肯定と捉えられ、イデアは決まりが悪そうに視線を下げ「泣かれたのがなんでなのか、わからない」と指を突いていた。

     くるくると組み合わせた指の人差し指同士を回し、相手の些細な気持ちを汲み取るのが苦手であると吐露し、自分のせいで泣かせたのなら謝ると被っていたギャップを取り去り眉を下げている。

    「イデア先輩……私、今日先輩にいっぱい可愛いって言って欲しかったんです」
    「話がよくわからない」
    「待ち合わせして、いつもと違う私を見て可愛いって言ってもらったり、一緒になにかを見てこれ似合うねとか、可愛いねって褒めてもらいたかったんです」
    「……うん」
    「それで、なんでか会話が続かなかったり、あんまり、楽しくなくて……」

     ぽつりと呟いてから、監督生はじわりと溜まる涙をこぼさないように少し上を向いてから、イデアの顔をしっかり見つめた。

    「もしやり直せるなら、この後はいっぱい、いっぱい褒めてもらいたいです」

     ふわっと微笑む顔を見て、イデアは咄嗟に自分の持っていたキャップでお互いの顔を隠した。

     ちゅっ。と軽く重なった唇が離れ、監督生が自分の唇を指でなぞり「え」と頬を染めていると、イデアはキャップを目深に被り席を立って手を差し出していた。

    「可愛いかったから……つい」

     揺れる炎髪が恋の色に染まっていた。

     デートコースを戻るように服を見て「それも可愛い」「あっちも可愛い」「もう全部買いなよ」と褒めちぎられて厳選した二着を買ってもらって、ショッパーを満足そうに持ちながら海沿いの道を歩き、帰りのバスまでまだ時間があるからと雑貨店へと戻ってきていた。

    「先輩の洋服の趣味が結局わからなかったです」
    「君が可愛いからなんでも似合うので」
    「可愛いと言われすぎてドキドキしなくなってきちゃった」
    「フヒ。当たり前のことを述べていてもときめきは生まれないんですな」

     ランチ前までの険悪ムードが嘘のようにいちゃいちゃラブラブとしているが、イデアはよく平気でいられるという疑問が監督生の中にわずかにある。
     計画にないリンクコーデを指摘した時の反応を見るに、人前でいちゃいちゃするのは恥ずかしいはずなのにと。けれどそれを一々指摘して気づかれてしまうのもどうなのだろう。もしかしたらテンションが上がっていてよくわかってないのかもしれないし。と結論づけていたが、まさしくその通りで、イデアはランチの後からテンションが爆上がりしている。
     好きな女の子に自分が可愛いと思った服を貢ぐことができているし、これはすごいことだぞと浮かれ切っているのだ。

    「あ、あのさ、この服を初めて着る時は僕が一番最初に見たいんだけど」
    「またデートしてくれるんですか?」
    「そ、外じゃなくて室内も含めていただけると僕としてはありがたいのですが……」
    「おうちデートってやつですね」
    「ま、まあ、普段からやってるやつですけどねーフヒヒ」

     雑貨を見つつそんな会話をしていると、そろそろ時間が差し迫ってきていることに気がついた。
     監督生は先に店を出てお手洗いに向かって、もう一度店の前でイデアと落ち合ってからバス停へと向かう。

    「ねえ」

     イデアは監督生の手を少し引いて声をかける。監督生が返事をする前に、イデアは監督生の髪に三角が三つ並んだバレッタをつけた。
     本当は他の男に無闇矢鱈に触れさせないでとか、待ち合わせやめようとか、言いたい主張は山ほどあった。あったけれど、デート序盤に彼女を楽しませることができず、あまつさえ泣かせるという最悪なムーブをかましてしまった手前、この空気を壊すかもしれない事を言う勇気が出なかった。

    「なあに?」
    「……いや。似合ってるよ」
    「さっきのお店で買ってくれたんですか?」

     監督生は髪につけられているバレッタに触れ「なんだか貰ってばっかり」と眉を下げた。
     今日全ての会計において監督生は財布を出していない。待ち合わせ場所にくるバスの料金のみで、一日中イデアが支払いを済ませてくれていた。

    「僕がやりたくてやってるから気にしなくていいよ」
    「デートのたびにいっぱいお金使わせるのは悪いので、おうちデートが無難な気がしてきてます」
    「おやおや、それは良いことを聞いてしまいましたな〜」
    「たまには私だって先輩にごちそうしたりしたいので、アズール先輩のところでバイトしようかな」
    「はー」

     イデアは他の男の名前が出たことにため息を吐き出した。


     恋人と長続きするためにはある程度の刺激も必要。監督生はイデアとの関係が長く続き、かつ自分から離れていって欲しくないという気持ちで、日々検索して見聞を広めていた。いいのか悪いのか、イデアと深い関係になろうと拙いなりに誘惑まがいのことをしているが、気づかれていないのかはたまた相手にされておらずあしらわれているのかと、キスも軽いもの止まり。恋愛ドラマや漫画などでしているキスはもっとこう……生々しくて大人っぽい。監督生がリモコンの巻き戻しを操作してキスの仕方を学んでいるのに対し、相棒であるグリムは呆れ返りうんざりげんなりと耳を下げていた。

    「子分は他人が口くっつけたり離したりするのを見るのが本当に好きなんだな」
    「好きじゃないよ。これは資料映像だから」
    「資料映像?」
    「そ。イデア先輩は奥手だから、私がガッとやらないと」
    「イデアが奥手?」

     奥手。確かにイデアはオラオラと前のめりに自分主導で何かを率先して行うというタイプには見えないけれど、奥手と表現されると首を傾げてしまうものがグリムにはあった。何とは明確に説明できないので断定的に否定することもできず、短い前足を組み合わせて唸るに留まる。そんなグリムを他所に、監督生はぬいぐるみを使い「こう!」とキスの練習に精を出していた。

    「おーいカントクセー……って何してんの」
    「れ、練習……」
    「ぬいぐるみに噛み付く練習ってなんだ」
    「さーねー。どっかの髪燃えてる先輩に使うんじゃない?」
    「シュラウド先輩に噛み付くつもりだったのか!」
    「噛み付くわけないでしょ!」

     予定時刻より早い二人の到着に顔を真っ赤に染めてテレビの電源を落として咳払い。監督生は机の上に二人への贈答品を並べた。

    「こちらはこの前のヘアメイクのお礼です」
    「さんきゅー」
    「スポドリか。部活の時にちょうどいい」

     エースとデュースは運動部に所属しているので、スポーツドリンクを数本と袋菓子を購買で入手しておいた。グリムにはお高めのツナ缶をイデアとのデート時に買ってきていたので先に渡してある。

    「で、どーだった?」
    「うーん」
    「え、何その反応……なんかまずいことでも起きたカンジ?」
    「最初は何故か険悪になっちゃって……ランチしてる時にゴムが切れてイデア先輩に直してもらったんだけど、そこからはすごく楽しかった」
    「ビニールのゴムは切れやすいからな」
    「そこじゃねーだろ」

     エースが冷静にデュースに突っ込むのに監督生も「ん?」と首を傾げる。エースはなんでこいつ恋愛ドラマとか見漁ってるのにわかんないんだ? とげんなりしたと同時に、今この状況もなかなかにまずいのではなかろうかとため息をついた。
     知らぬ間に他寮のしかも寮長のヘイトを買っている状況に危機感を覚えているのはエース一人で、デュースに対し「他の寮のカシラのオンナにちょっかいかけてると思われてるってことだろ」とわかりやすすぎる説明をした。

    「どぇぇ⁉︎ ぼ、僕たちはまったくそんなつもりはないぞ!」
    「あったりまえだ! けどイデア先輩は面白くねーんだよ」
    「全然意味がわからない……」
    「マ、オレの推察だし正解かどーかねーけど。自分以外の男が自分より早くデートで気合い入りまくりカントクセー見たり、髪の毛触ったりってのが嫌だったんじゃね」

     エースの見解を聞き、監督生はイデアの様子がおかしくなったきっかけを思い返して辻褄が合うと顎に手を当てて「なるほど」と呟いたので、エースはやっぱ当たりかーと目を半分にして「帰ろうぜ」とデュースの肩を叩いた。
     デュースもだが監督生も「え?」みたいな反応なのにエースは殆呆れ、いっそイデアが不憫に思えてきていた。

    「お前さぁ……イデア先輩にキレれられても知らねーかんな」

     このエースのセリフを監督生はこの後に思い知ることになる。
     
    ▼  
     二人が帰った後、監督生はまた恋愛ドラマを見て研究に勤しんでいた。グリムは同じ空間にいることにすでに耐えられなくなって寮を飛び出し、エースとデュースのいるハーツラビュル寮へトレイのお菓子目当てに向かってしまった。これはしばらく戻ってくるつもりがないのだろう。監督生としては集中してシュミレーションできるので都合がいいのだけれど、それもそれで人としてどうなのだろうという己を振り返り、恋に夢中になりすぎて痛くないだろうかと、画面で些細な喧嘩をし始めているカップルを見つつ考えた。複数のことを同時に考えるというのは本来無理なことだけれど、分割して交互に考えるという風にして装うことはできる。
     グリムに悪いことをしている。エースは何が言いたかったんだろう。この二人はなんで言い争うの? お互い好きな気持ちは同じなのに。イデア先輩はなんで面白くなかったの?

    『あなたは何にもわかってない! 何故ってそうね。自分に置き換えたらいいでしょ』

     自分に置き換える。

     髪を振り乱し怒っている女優の言葉を反芻し、まずグリムの立場だったらと考えた。日がな恋愛ドラマを見て見たいシーンを何度も繰り返し、という最近の行動を思い返しシンプルに「ウザすぎる」と答えが出た。控えるというより、せっかくイデアからタブレット端末をもらっているのだからそっちで見るのがベストだろう。
     次にエースが言っていたこと。なぜイデアが「面白くない」と思っていたのか。エースもデュースもイデアより長く時を過ごしている親友で恋愛感情なんてない。困った時は真っ先に相談するし、頼りにしている。友達はそういうものだと認識していたけれど、よく考えたら二人はどう足掻いても異性で、自分は異性に髪の毛を結ってもらい、好きな人に会いに行ったということになる。ここにきてようやく「ヤキモチ?」という文言が頭の中に降りてきて煌々と輝いた。
     あの彼が! ヤキモチ⁉︎ と ぶわりと頬が赤く染まって身体が熱く痒くなってきていた。先ほども辻褄は合うけれど何故の部分がよくわからなかったので、カチンとピースがはめ込まれた感覚がして、あの日の不自然な不機嫌発動にも合点がいきあの時間は苦痛すぎて思い出したくない黒歴史になっていたが、なんてむず痒くてときめきのある時間だったんだろうと胸が高鳴った。

     そう。この感情で満足していればよかったのに、監督生は欲を出してしまった。

     ヤキモチを妬くイデアをもっとちゃんと見たい!

     監督生はイデアを好いているし、尊敬もしているのだが、彼の基本ベースがビビりかつ内気で、監督生に対して現在はかなり甘めの判定をする。要は少々舐めている節があるのだ。
     何をしても怒られないだろう。という妙な自信があった。愚かな過ちはその瞬間になるま気づかない。

    『自分に置き換えたらいいでしょ』このセリフをもう一度聞くべきだったということを身をもって体験することになるまで後数時間だ。

     監督生が謎解きの達成感で無防備にソファーで眠っているのを見下ろすイデアは、額に走りかけている青筋をどうにか深呼吸で押し留め、再生されっぱなしの連続ドラマの濃厚キスシーンを見て「何これ」と電源を落とした。
     購買へ買い出しに出て鏡舎から自寮に戻ろうとしたイデアの耳に「グリムが来てるらしいから早く帰らないとトレイ先輩のお菓子食い尽くされちまう」というハーツラビュル寮生の会話が聞こえてきた。なら監督生もそっちに行ったかな。と思いつつ、悪いことをしている意識など微塵もなく、与えたタブレット端末を遠隔起動させ、周囲に人がいるかを検知させる。流石にカメラ機能を用いるのは倫理と道徳の観点から控えているが、そもそもというのはイデアには通用しない。あくまでも防犯。不純な気持ちはない。

    「いるっぽいな」そう判断するやオンボロ寮へと足を向け、施錠されていない扉に一怒り、腹を出して呑気に寝ているにニ怒りポイントを蓄えたという状況だ。

    「襲われてからじゃ遅いんですけど」

     ぎゅっと鼻を摘めば数秒で監督生が跳ね起きた。寝顔を見られた焦りや羞恥心で赤くなっている反応が可愛かったので、イデアの怒りポイントが少し下がったが、問題発言がまたしても飛び出す。

    「エースとデュースが戻ってきたのかと思った」

     はあ? と眉が動くが落ち着けと自分を制し、監督生を見下ろして続きを待つ。

    「少し前に来てたんですよ。こ、この前の髪の毛のお礼を渡しまして」

     チラチラと見上げているその眼差しに姑息なものを感じ取り、イデアは怒りの導線に火が付くのを感じていた。これ以上はやめといた方がいいよという「へぇ」と張り付いた笑みを見て、監督生はどことなく嬉しそうに唇を震わせていて、こいつ……僕を試してるな。とはっきり理解した。もちろん試し行為全てを否定したいわけではない。不安を解消させるツールとして使うのは一つの手段でもあるし。だがそのやり方はカンに触る。イデアの短い導火線が火薬へ燃え移り爆発するのはすぐだった。

    「あのさあ」

     ニマニマしている監督生の頬を思い切り掴み力を込める。突然のことで反応がワンテンポ遅れになっている監督生の困惑に被せられたのは、大炎上しているイデアの髪と深く刻まれている不快の皺。「あっそ。いいんじゃない」と拗ねた顔で言われる予定だったし、その後「ヤキモチですか?」と聞いて肯定されて「イデア先輩大好き!」キッスの流れだったのに、あれ? あれっ? と目を泳がせている監督生の頬を掴んだまま、イデアは監督生の顔を冷ややかな目で見下ろしていた。息をのみようやく恐怖が襲いかかる。どうしようと頭を働かそうにもうまくいかない。

    「いくらなんでも舐めすぎでしょ」
    「……ご、め……なさ」

     カタカタ震えている監督生を見て少し冷静さを取り戻したイデアだが、自分の反応をエンタメのように楽しもうとしていた行為はどうにも許せず、呆れたため息を吐き出し「これはしっかり言って聞かせないと」と頬から手を離し、頭ごなしにならないように至って冷静な話し合いをと向き直ると、監督生が小さな手を顔の前に広げて俯いていた。

    「や、やだ……お、怒らないで……」

     プルプルと頼りない肩を震わせている姿に怒る気は流石に失せたイデアだが、違う感情が湧き上がってきていた。もしかしたら見える人には悪魔の角と尻尾が見えたかもしれない。

    「……どうしようかなあ」
    「や、ヤキモチ……妬いてるイデア先輩が、み、見たかっただけで、お、怒るようなこと、し、して、ないもん」
    「はぁ……君は僕がそれだけでこんなキレると思っているんだ……浅いわ〜実に浅い」

     指の隙間から潤んだ瞳が困惑しているので、彼女は本当に何もわかっていないらしい。妬いている反応が見たいという気持ち自体はイデアにも大いにある感情なので面白くはないが特に咎めることでもない。問題は無防備を晒していた事で、タイミングとしては最悪な時にそれをやり、自分の反応を面白ムービーのように扱おうとしたところもだし、そもそもあのデートでの件に何かしらの気づきを得てでの行動がそれというのが解せなかった。監督生はイデアのキレポイントを的確に踏み抜き、自分から怒られに行ったという状況だ。そんな怒られ待ちの彼女は自分がこうも怒られるようなことはしていないなどと主張している。とんでもないことだ。由々しき事態とはまさにこのこと。イデアは監督生の柔い盾を下ろし、唇を引き絞って泣くのを堪えている顔に自分の顔を寄せ、ニヤリと口角を上げながら手を挙げた。

     ぎゅっと目を瞑ると、額に軽い衝撃が走り微かにジンジンと痛くなってきた。

    「本当はキツイお仕置きをしてやろうかと思ったけど、必殺デコピンで許してあげる」
    「……っ」
    「エッ! そんなボロ泣きする程痛かった?」

     ぐじゅぐじゅと泣き始めた監督生の隣に腰掛け「仕方ないな」と抱き寄せて頭を撫でる。これじゃどっちが悪いかわからないなとなりつつも、泣きながら何かを言い出しているので聞いてやる。

    「先輩が、や、ヤキモチ、妬いて、っ、くれるの、ひっく、う、嬉しくて、ちゃんと、す、好きで、いてくれてる、て、それで」
    「あーうん。僕の場合ヤキモチとか可愛い響きではなくですね、嫉妬ってやつなんだよね」
    「おなじじゃないの?」
    「同じだよ。まあニュアンスの違い的なもの。だって君、本当に無防備で危なっかしいし、なのに僕は君のそばにずっといられるわけでもなければ、一番最初に頼られる存在でもないみたいだし……」

     抱きしめている腕の力が強まり、頬がイデアの胸に押し付けられている。

    「君から好きって言われた時は、多分君の方が僕を好きだったはずなのにさ……今じゃ僕の方が君に夢中なんだよ」
    「え」
    「君の気持ちはあの頃からそんなに大きく変化してないでしょ」

     そんなことないと眉を寄せ声を上げたかったのに、それはできなかった。

     触れるキスより長くて深い口付けに目を見開いて固まっていると、湿っぽいリップノイズが酸素を与えられたと悟らせ、監督生は数秒ぶりに酸素を体内に取り込んだ後、急激に回る血液の熱に顔を真っ赤に染め上げてから、イデアの胸に目を固く閉ざして飛び込んだ。

    「すき……っ」
    「なにそれかわよ」
    「キスしたかったから……練習したのに、えへへ……先輩からしてもらっちゃった」
    「練習って人とかグリム氏でしてないよね?」
    「してませんよ! ドラマを見ながらこれを使って角度の研究をですね……先輩?」

     ソファーにだらしなく座っているクマのぬいぐるみをじとりと見つめ、突き出している鼻の下にある刺繍された茶色の口に眉を寄せた。もしかしたら自分とのキスの回数よりこのクマ畜生の方がこの子とキスしてるの多いのでは? と不愉快になってきていたが、相手はただのぬいぐるみだ、妬く方が馬鹿らしいだろう。

    「ところでこのクマ君が買ったもの?」
    「このぬいぐるみはエースたちとゲームセンターに遊びに行った時に取ってくれたんです」
    「燃やしていい?」
    「だ、だめっ!」

     クマの喉を掴み火炎魔法で消し炭にしようとするイデアをどうにか止め、キスの練習なんて本人とすればいいでしょという申し出に了承することで苦楽をそれなりに共に過ごしてきたクマを失わずに済んだが、練習ではなくそれは本番なのでは? と監督生はその日ベッドの中で思うのだった。

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    ☺☺☺☺💖💖💖💙💙💙💙💙💙💙💙💙💙
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