「だから、君がここに開けたくなったらいつでも言いに来なよ。なんたってそこいらの医者より上手いと評判だからね」
高杉の筋張った指が自身の左耳の銀色を指差す。高杉の指すシルバーピアスは惑わせる様に裸電球の暖色を鈍く反射している。
「それって非合法じゃないかな」
「商売じゃないからな。法もクソもないだろ」
クツクツと高杉が笑って受皿に煙草の灰を落とす。
火種が残っていたのか水に落ちた灰は抗議の様にじゅわり、と小さく音を立てた。
「どうせその鬱陶しい髪の毛に隠れて見えないだろうから試しに一つ開けてみたらどうだい? そういうトラブル避けにもなるだろ」
「今は大丈夫だよ。気遣ってくれてありがとう」
こうしてあれこれと坂本に言ってきているのは、恐らく何某かと坂本の何らかで気に掛かることが高杉にあったようだと察した。
耳たぶの穴一つで何か変わるのだろうか。自分の耳たぶの裏を人差し指で撫でたがとんと思いつかなかった。
けれど、坂本も年下の高杉がピアスを開けていることに何となく「不良っぽさ」を感じたことがそれこそ最初はあった詩、見た目の華奢さで高杉が苦労したであろうことも(そしてそうやって舐めた相手をボコボコにしてた事も)耳にしたことがないわけではなかったので、高杉の謂う魔除けはそういう事なのだろうと坂本は理解した。
「……あーあ、面白くない」
「今後開けたくなったら相談させてもらうよ。その時はよろしくね、高杉さん」
「その時なんていつ来るんだか」
はぁ、とひと際大きくため息を吐き、高杉はまだ残っている煙草を焼付に押し当てて消し、灰皿に放り込んだ。じゅっ、と今度は悲鳴が聞こえた。
「早目に言ってくれたまえよ。付ける分も用意はこちらでするから」
「高杉さんに迷惑かかってる気がするんだけど」
ピアッサーとピアスはセットのものもあると聞いたことがあるが、そこまでしてもらうのは流石に気が引けた。金銭はあとで支払うとしても、わざわざ労力をかけてもらってまでなどと、尻込みしてしまう。
「何、君の初物をもらうんだから、それなりに責任は取るとも」
じゃあなと、ひらひらと手を振って高杉は喫煙所から去って行った。
『初物』? 『責任』?
大凡聞き慣れない単語に首を傾げる。商売ではないから問題ないと言っていた台詞と矛盾している様に感じる。まるで生娘を相手取るような言い分だ。
空いた手で耳たぶを捏ねながら煙草を一吸いして。その単語の意味に「ああ、そういう事だったのか」と合点がいったのは、白い灰が地面に落ちて砕けたあとだった。
その後、何だかんだあって、今坂本龍馬の左耳にはどこかで見たことがある無骨な銀色のピアスが辺りを睨め付けるように光っている。