【我妻善逸の兄更生計画】「善逸は偉いなぁ〜」
子どもは真っ白のキャンパス。それに教育を施すことによって今後が変わる。これは前世子持ちだった俺の子育て論である。
しかし生まれ変わった兄弟子がなぜこんな状態になったのか。人生二度目・子育て二度目の俺でも分からなかった。
「(いやマジでなんでこうなった??)」
生まれ変わった獪岳と出会ったのは孤児院でだった。相変わらず孤児の俺は生まれ落ちた時から親権を放棄されて孤児院にポイされていた。いや流石俺だよ。ここまで来ると笑えてくるよ。
のんびり成長しながらどう生きてくか考えていた3歳児の頃に獪岳は孤児院へときた。
どうやらネグレクトとやらを受けてたみたいでガリガリだった獪岳は前世を覚えていないようで、母親と離れ離れになって寂しがってるただの子だった。
ただの子どもだったのだが俺は無性に腹が立った。
だって俺にとっての獪岳は勝ち気で…誰の影響も受けないレベルの自己中で…自身に悪影響を及ぼす者に対し怒りを覚える人物だったのだ。
怒りではなく悲しみを浮かべてる少年は俺の知ってる獪岳では無い。
「あんたさ!なんで悲しんでんだよ!悲しむなよ!俺まで泣いちまうだろうが!」
むしゃくしゃして言い分がめちゃくちゃだったが、獪岳は呆気に取られた後、少し笑った。
これが俺たちの二度目の出会いだった。
この時、一緒に泣いてくれたのがどうも嬉しかったようで獪岳の中で俺は仲間判定を受けたらしい。
しかし、そこですんなり行かないのが獪岳である。俺の後ろをアヒルのようについてきては、甘えるかと思えばイタズラを仕込むのである。
後ろからつんつんと突くのは良い方で、最も最悪だったのは背中にバッタを突っ込まれた時だ。イタズラをされたら俺はすぐに追いかける。
獪岳はすぐさま隠れるが俺はそれをお得意の耳で見つけ、くすぐり攻撃を喰らわすのだ。
ちなみに一度見落としたふりをして放置しようかとしたら、その時点で凄まじく傷ついた音を立てたのでそれ以来していない。
要するに極度の構ってちゃんなのだ。
前世でじーちゃん相手にその片鱗は見せていたが…その対象に俺が選ばれたのは俺としては嬉しいことだった。
しかしこの時、違和感を感じていた。
じーちゃんの時は承認欲求があって故の構ってちゃんだった。しかし俺は泣き虫で弱虫で出来がよろしくない。そんな俺に対し承認欲求など獪岳はきっと求めてないだろう。その事を見落としていたのだ。
言わばこれは幼少期特有の「好きな子ほど虐めたくなるやつ」だったのだ。
そんなことなど梅雨知らず、孤児院ですくすく大きくなってきた俺たちにある話が降ってきた。養子縁組である。
やってきたのはじーちゃんだった。どうやら獪岳の親戚で遠縁だった為、事態に気がつくのが遅くなったそう。獪岳に対し気の毒に感じたそうで、自分が引き取ると言い始めそこでまた揉めてかなり遅くなっての今、ようやく来れたそう。
ちなみに俺はすっかり獪岳の人形ポジで、常に獪岳に後ろから抱きしめられてる状態だった。そんなべったりな獪岳が俺を離すなど出来ないわけで、俺もまとめてお引き取りとなったんだが…煙たがれる煙たがれる…。
それもそうだ。獪岳ですら反対だったのに蓋を開ければもう一人オマケが付いてきたのだ。しかもじーちゃんはかなりの資産家。遺産相続問題を考えれば血の繋がりの無い俺はそれはもう嫌がられた。DVなどの直接的なことは証拠が残るから、嫌味ったらしい言葉でネチネチと攻撃された。正直俺はそういった攻撃の方が効くのだ。
そしてある日限界が来て倒れた。
ストレス性の胃炎だ。
幼い身体にはキツイもので、すぐさま入院した。そんな俺を見てじーちゃんはすぐに事態を察知し、弁護士を挟んで遺産相続の生前贈与をした。そしてそれを親戚に教え、これ以上ちょっかいをかけた場合には法的手段も問わないと言い切ったそうだ。お陰で親戚はそれ以降、必要行事以外には顔を出さなくなった。
そしてこの胃炎はもう一つ…意外な変化を見せることとなる。
獪岳だ。
獪岳はずっと俺の側に居たのに、言葉で傷つけられてた事に気がつかなかった。それもそうだ。言葉の刃は大人が使用するものだ。子供でしかない獪岳からすれば拳が飛んでいないのに、そんな攻撃を喰らうなど思ってもいないだろう。
自分の大切な人が自分の見える所で傷付けられてた。
これは獪岳を大きく成長させた。
強く賢くなったのだ。
法を使って俺を助けたじーちゃんを見て、賢くなった。言葉の刃が俺に向けられないよう周りをよく見るようになった。俺が急にどこで倒れても運べるよう鍛えるようになった。
こいつはスパダリかと思うほどの素晴らしさだった。しかし俺はというと能天気で、じーちゃんにそのうち恩を返したいなど思ってた。俺が獪岳に守られてると気が付いたのは、小学生の時だ。
獪岳と同い年の兄が居る子と仲良くしていたのだが、どうやらその兄が獪岳への嫉妬心のあまり、有る事無い事をその子に吹き込んだらしい。
俺からしてみれば急に嫌われて何が何だか分からず、一週間ほど我慢していた。しかし休日明けに急にその弟が謝ってきた。そこでそういった裏事情を知ったのだが…なぜ急に事態が変わったのかと尋ねたら、獪岳が家を尋ねたそうだ。
獪岳とその子の兄に何の話合いがあったのか分からないが、しばらくしてお兄さんがその子に謝罪をしたため、真実が分かったそうだ。
俺は家に帰ってすぐに「兄貴何かやった?」と聞いたら「迷惑だったか?」と切り返してきたため、俺は嬉しくなり「全然!ありがとう!」と返した。
うん。ここまではまだ仲の良い兄弟で済む。
やはり急激に変わったのは獪岳が彼女を連れてきた時だろう。
中学生になり進路問題が浮上してくる時期。俺はじーちゃんの為にいい学校に入ろうと頑張っていた。その事を獪岳に言うと意気揚々と手伝ってくれると話がまとまり、放課後はすぐに家で勉強の日々だった。
ある日、家に帰ると獪岳だけでなく女の人も一緒にいた。俺は獪岳の彼女だ!と思ったが、獪岳は同じ委員会の人と紹介した。どうやら彼女が一緒に勉強会に参加したいと言い出したらしく、連れてきたそうだ。
いや絶対この子獪岳に気があるよ?
本気で勉強会するために来たと思ってる獪岳に「なんだか気まずいので〜」と言い逃げようとするも、「勉強から逃げたいだけだろ」と引き止められ、三人での勉強会となった。
女はしょっちゅう獪岳に質問していたが、獪岳はあっさりと言い返し、それよりも俺の面倒と言わんばかりに俺の隣で勉強を教え続けた。しかしずっとその状況が続くわけではない。
休憩を入れようと言う話があがった。
俺が助かったと思い「茶請けを用意するよ!」と言いキッチンに向かおうとしたが、獪岳はいつものように俺が行くのが当たり前と言わんばかりの口調で「おまえは休んでろ」と甘やかした。
その甘やかしは要らない。
女の人が「手伝うよ」と言い、二人っきりを目論むも、獪岳は「お客様に手伝わせるわけにはいかないから」と却下した。
そして俺と女の人は二人っきりになった。
この時のミスは二つだ。
一つは、獪岳が自分への好意に無頓着だったこと。女と俺の間には全くの関係性が無いため、警戒していなかったのだ。
そして二つ目は、すぐに逃げなかったこと。トイレなど行って二人っきりになってはならなかった。俺は彼女がどんな存在か分かっていなかったのだから。
気まずい気持ちを紛らすためにスマホゲームをしていた俺は、彼女が何をしているか分からなかった。というかいきなり敵意を向けてくると思っていなかった。
「善逸くん」そう呼ばれて顔を上げたら、カッターの刃が見えた。スマホで咄嗟にガード出来たのは鬼殺隊での経験が生きたのかもしれない。
カッターをスマホで弾いて床に転ばせれたので安心するのも束の間、その女は長い自身の髪の毛を使い俺の首を縛り上げた。相手を傷付けたくは無いがこのままでは俺が死んでしまう。鬼殺隊の経験が故か、対策法に浮かぶのは過剰防衛手段ばかりで先程とは真逆に苦笑するしかない。
言葉が出ないとはこのことか。文字通り出ないわけだが。
女の恨み言を聞きながら意識が遠のいていき、獪岳の声が聞こえた所で意識が途絶えた。
気が付いた時はすでに病院で後日談となるのだが、あの後すぐに女は獪岳が取り押さえ警察に。俺は彼女の攻撃が無くなってすぐに息を吹き返したので命に別状は無かったが大事をとって一日入院。スマホガードした際に手も軽く切ってたようで、手に包帯を巻かれた。
どうやらあの女は自称で獪岳の彼女だと名乗るほど頭イカれた方だったらしく。その話が近所中に出回り、慰謝料と治療費払って家族揃って逃げるように引っ越していった。
この件以降、獪岳は無関係であろうと刃を振るう者は振るうと知ってしまい、過保護になっていった。
俺はどこか前世での記憶を引きずっており、獪岳だしと思っていたのだが、想像以上に獪岳は傷付いていた。
初めは帰り道だった。
中学生になったというのに一緒に帰るようになったのだ。最初の頃はたまたまだと思っていた。本人も偶然を装って来ていた。しかし、兄貴が高校一年。俺が中学三年。となっても変わらなかった。ここら辺から違和感を感じた。
ある日、獪岳無しで帰宅した。するとあり得ないくらい獪岳が取り乱したので、折衷案に防犯ブザーを持たされた。だがこれでは足りなかったのがのちに分かる。
それが発覚したのは前世の仲間で同じく記憶持ちだった玄弥と出会った高校一の頃。その頃は会えたのが嬉しく、しょっちゅう昼飯時に記憶持ち同士の不死川兄弟事情を笑い話のように聞いていた。
そこでGPSの話になったのだ。
聞くとどうやら前世での死因がトラウマらしく風柱が過保護になってるそうで、GPSをこっそり持たされることがしばしばあるそう。
その為、ジョークグッズでよくあるGPS発見器を持ってるそうで、それを出してきた。
そして起動した瞬間に音が鳴った。
マジか!となって二人して玄弥の身体を点検したが何もできない。色々試して何に引っかかったのか探っていると分かったのだ。俺のバッグにくっついてるキーホルダーのクマのぬいぐるみ。
「…これ兄貴からプレゼントで貰ったものだ」
「マジ?」
「…俺もそれ買おうかな」
子どもは真っ白のキャンパス。
それに教育を施すことによって今後が変わる。
どうやら俺が巻き込まれた事件達ってのは獪岳にとってかなりの刺激的なものだったようだ。
それはもう普通に描いた綺麗で現実的な風景画に、ファンタジーチックであり得ない存在を書き込んだように。
少し加えたそれは、絵全体の雰囲気をガラリと変えるレベルに。
しかし壊れていないのならそれでいいのかもしれないと…そう思ってる自分がいる。
「ただいま」
和式な我が家の玄関口は引き戸だ。ガラガラと戸を開けて兄が帰ってきたので「おかえり」と返していると甘い香りが漂ってきた。
「あーーミスド行ってる!俺の分は?」
そう駄々を捏ねると、手洗いうがいを終えた獪岳が洗面所から戻ってきた。
「お前と食べる為に買ってきたんだ。一緒に食べよう」
確かに過保護で無茶苦茶甘やかしてくれるスパダリ獪岳は、前世の獪岳では無いのだろう。だが自分だって前世の記憶があるだけの普通の男子高校生なのでそれでいいのだと思う。
「いっただきまーーーす!(それに便利だしね!)」
後に外堀埋められて獪岳に堕ちることになることを俺はまだ知らない。