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    しいげ

    @shiige6

    二次創作オンリー※BLを含む/過去ログは過去に置いてきた。

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    しいげ

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    悪魔城伝説、四人が戦って別れるまで完全妄想話。
    物理的密着などあるのでラル×アル表記しておきます(CP描写の余地がなかった)。
    外見は月下アルカードと呪印前ラルフ。アルカードの設定は月下準拠です。

    ##悪魔城ドラキュラ
    #ラルアル
    ralu

    棺と紙と花ドラキュラ伯爵は、神を恨むあまり悪魔に身を変えた人間だという。
    しかし彼はなお人に触れ、出逢い、また求める者に知識を授け、人の世を無益に拒まなかった。やがて愛する者との間に子をもうけたが、再び愛する者を奪われ、彼は憎しみに染まった──初めは神に、次いで人そのものに。
    子は、父に刃を向けることを選んだ。人の世が父の憎悪に飲み込まれる前に。
    人は、暴虐の限りを尽くす魔王ドラキュラに挑んだ。人の世のため、命を賭して。



    「いっ………、つ……」
    悪魔城での戦いは過酷だ。人への憎しみや餓えに突き動かされた悪魔が、尽きることなく行く手を阻む。
    ラルフが城に乗り込んでからも数多の死体や人であったものを見た。手遅れにならなかったのはサイファとグラントのふたりだけだ。
    それと、ドラキュラの血族を名乗る吸血鬼──アルカード。
    ドラキュラを倒すための奇妙な連れ合いは四人となり、決死の道を進む。

    休憩をとるため悪魔の気配のない場所で腰を落ち着けた時、サイファが先の声を漏らした。
    「どうした?」
    「……いえ、大したことではないわ。さっき倒れた時に少し」
    サイファが示した傷は確かに軽く、魔物との戦いの折、転んで膝を擦りむいたといった程度のものだ。だが血が滲む程度でも、関節にできた傷は動く度に痛みを伴う。
    「見せてみろ」
    そう声をかけたのはラルフではなく黙って様子を見ていたアルカードだ。
    突然のことに思わず身を固くしたサイファの前に片膝を立てて座り、患部に手をかざす。すると、滲み出す血が自分の傷に染み込むように固まり、瘡蓋のようなものを形成した。
    「なにこれ…痛みもなくなった」
    「人が操るのとは異なる魔法だ。だが私は、他人の傷はかすり傷程度しか治せない。無謀は推奨できない」
    呆気にとられるサイファに、アルカードは淡々と説明する。傷が傷を食うかのような現象に全員が面食らうが、サイファの傷を見る限り問題なく治癒はしているようだ。
    「グラント、おまえは」
    突然にアルカードの金色の瞳を向けられ、グラントは驚いて思わず一歩下がる。
    「あ、ああ、俺は大丈夫だ。血が出るような傷はない」
    「…言っておくが、骨折も治せないぞ。十分警戒することだ」
    それは、軽業をもって戦う者により致命的な負傷だと理解している発言だった。意図を受け取ったグラントは、さすがに真剣な表情でこくりと頷く。

    「ではラルフ、おまえだ」

    最後にアルカードが見据えた男は、「は?」という態度で視線を受け止めるので、アルカードはより愁眉を顰める。
    「とぼけても無駄だ。一番濃い血の臭いはおまえからする」
    言われて、ラルフは剣呑な表情になる。吸血鬼の感覚が誤魔化すレベルをはるかに超えていることは分かったが、隠していた事実を言い当てられるのはいい気がしなかった。
    「ラルフ、大した傷じゃないとしても、治してもらうべきよ。悪化してからでは治せないと彼が言ったでしょう」
    サイファが自分の傷を確かめ、有用性を確信したらしい。積極的にアルカードに同意するのでラルフは渋々と従う。
    「分かったよ…だが、ここじゃちょっとな、そっちでいいか」
    ラルフが指し示したのは、壁の燭台の光が届かない先の闇だ。
    「ああ」
    二人のみ連れ立って休憩場所を離れる。壁を折れ、光のほとんど届かない柱の陰に至り、ラルフはようやく手探りで装備を寛げ始めた。
    「どうも…光に晒したくないというか、疼く感じがしてな」
    闇の中でもアルカードにはラルフの傷が視認できる。顕にした体の右胸から脇腹にかけてのあたり、浅く広く血が滲み続ける傷ができていた。滲む血の量こそ少ないが、血止めのためだろう当て布は大部分が赤黒く色付いており、その下の皮膚は軽く変色し始めている。
    「すぐに血も止まると思ったんだが」
    「そういう弱毒だろうな。……少し痛むぞ」

    言うなり、アルカードは傷に口で触れる。
    闇で気配しか分からないラルフには、髪と肌が触れた感触、声の出処でようやくそれが判断できた。

    「なっ?!」
    「動くな…傷を塞ぐ前に、毒を抜く。どれほど効果があるかは分からんがな」
    ぢくりと、傷を浅く抉られるような感覚に眉を顰める。そうしている間に少しだけ目が闇に馴染み、一旦離れたアルカードがそっぽを向いて、べっ、と黒いものを吐き捨てるのが分かった。それは当然ラルフの毒血だ。唾と交じった僅かな血溜まりが幾つも床に紋を描く。
    「……飲まないんだな?」
    「私だって、毒入りの血を取り込みたいとは思わない」
    至極真面目な返答に、ラルフはさすがに気を引き締める。
    妙な事態に自分の顔が引きつっているのを自覚はしていた。だが、真剣に治療を試みている相手に不必要な揶揄をする理由にはならない。
    やがてアルカードが手をかざすと血の色をした魔力が表皮に集まり、傷を塞いだ。引き攣るような感覚はあるが、お陰で患部の悪化は防げただろう。
    用が済んでさっさと踵を返すアルカードの後ろを、装備を整えたラルフが追う。
    「待たせたな」
    ほぼ同時に戻った二人を見たサイファとグラントは、同じように顔を険しくした。
    「おい…兄貴を吸血したのか?!」
    グラントが気色ばんでアルカードに詰め寄る。…アルカードの口元に、拭いきれていないラルフの血がこびり付いていたからだ。
    「はぁ……」
    元より不機嫌そうなアルカードの顔があからさまに険しくなり、心から煩わしそうに溜息を吐いた。
    「面倒だ。説明はおまえがしろ、ラルフ」
    グラントの問いに自らは答えず、アルカードは糾弾を振り切るように今来た方へひとり戻っていった。



    (……いた)
    柱の陰に落ちた古い血の模様を辿って更に奥に進むと、目立たない場所で壁にもたれ蹲っていたアルカードを発見する。
    具合が悪いのか?と一瞬思ったが、ラルフの存在に意識が向いているのは分かった。
    「あんまり離れるな。見失っちまう」
    「…出発までには戻る。あの辺りはおまえの血の臭いが鼻について休めない」
    「そうだな。魔力、回復しないとだろ」
    声を掛けながら、何の用だと睨むアルカードの隣にラルフは腰掛ける。言うべきことは分かっていた。
    「治療の礼を言っていなかった」
    「不要だ、そういうつもりで…」
    「いいや悪かった。おまえは俺たちを心配してくれてるのにな」
    「……」
    ラルフの言葉に、アルカードは口を引き結ぶ。
    「見当違いなこと言っちまったって、グラントが気にしてた。サイファもおまえを心配してる…魔力を補給できる方法はないのかと。できれば吸血以外の方法でな」
    「………魔力の回復には、特殊な薬以外では休息をとるしかない。吸血は大体のところ体力回復が目的だ。そもそもあの程度の魔術でさしたる消耗はしていない」
    拒絶するような目をしながら、律儀に返答はしてくれる。悪い奴でないとは感じていたが、頑ななだけでやはり悪意は感じない。
    もっと別の…不器用なだけの少年みたいに思える。

    「あまり寄るな」
    そう思うと、あからさまに敬遠の態度でラルフから離れるアルカードにも別に不快さは抱かない。
    「怒ってるのは分かるが…」
    「……血の臭いだ。」
    アルカード自らラルフの言葉を否定するには、傷は塞がっても、染み付いた血の臭いはしばらくとれないらしい。そんなに過敏では、吸血鬼がニンニクだ光だと刺激の強いものを苦手とする迷信が生まれるのも納得がいく。
    「吸血鬼ってのも大変だな。血臭は平静でいられなくなるか」
    「……私は吸血欲求はあまりない」
    「そうなのか?でも気になるんだろ?」
    「例えるなら、眠りたい時に延々と虫寄せの花の芳香を嗅がされている感じだ」
    「なるほど…それは落ち着かない」
    初めて交わす他愛のない会話は興味深く、もっとアルカードと話をしたくなる。期待するラルフの態度ゆえか、アルカードも話を続けた。
    「……吸血衝動が弱いのは、私が混血ゆえかもしれない。食事さえ摂っていれば必要すらないからな」
    「人間と同じ食事を?」
    「そうだと思うが…肉や魚、野菜、穀物を調理したものだ」
    「同じだ」
    「血が必要な場合、魔物の血で補えることも分かった。城にいる間はおまえたちを襲ったりはしないから安心しろ」
    「それは助かる」
    戦いの最中にアルカードが魔法で悪魔の血を吸収していたように見えたのはそれか。最後のはもしかして、こいつなりの軽口か?素っ気ない顔で言うから判断がつきにくい。
    「おまえが特別なのかもしれんが…俺は狩人としてやってきても、吸血鬼のことを大して知らなかったんだな」
    「研究者か詩人でもなければ、狩るものの生態をそこまで知る必要はないだろう。私たちがおまえたちにとって危険であることは紛れもない事実だ」
    グラントの態度や、『私たち』と『おまえたち』という線引き、それらは当然であって怒りに値しないとアルカードは言う。
    だがラルフはここにおいてそれは誤りだと感じている。

    「──アルカード」
    「なんだ」
    「おまえは、アルカードだろ」
    「……だから…なんだ?」
    「俺はラルフだ。人間と吸血鬼ではあっても、おまえと俺は……ああ、なんて言やいいのかな」
    がしがしと髪をかき混ぜるラルフをアルカードはひたすら訝しげに睨む。言葉を飾るのは元来得意ではない。
    「……俺はラルフで、おまえはアルカードだ。協力してドラキュラを倒すんだろ」
    「…そうだが」
    「つまり、仲間だ」
    仲間、という響きにはたとアルカードが詰まる。
    「俺もこういうのには慣れていなくて…なにより、おまえへの態度は反省している。許してくれないか?」
    「…………」
    次々と重ねられるラルフの言葉に、アルカードは戸惑いの表情を隠さない。こんな風に踏み込まれたことがないのだろうか。ラルフも同じように、集団の和を保とうなんて努力は初めてで勝手がわからない。
    しかしそれは義務感ではなく内から湧き起こる望みだった。ドラキュラを倒す、そのために全員の力がいる、誰一人無碍にできない。
    それを大切な仲間と呼ぶのだ。

    ラルフがそうして立ち回ると、自然と皆がラルフの言葉には耳を傾けるようになった。ラルフを中心に力を合わせ、互いを補い、絆が生まれていく。
    死なないよう必死で立ち回っているだけともいえたが、命がけで成し遂げたいことがあるからこそ、その命を預け合う仲間たり得たのだ。


    -------


    苦鳴と血飛沫を上げ、ラルフが膝を折った。

    そんな余裕はないことを分かっていながら、どうしようもなく仲間たちに動揺が走る。
    人の命など容易く奪えるドラキュラの腕の一振りを受けたのだ。最悪の結果が簡単に想像できた。
    だがラルフは倒れてはいない。
    急所を辛うじて避けた結果か、左の額から頬にかけてと、心臓から逸れた右の胸から血を滴らせながらも再び立ち上がる。
    「俺に構うな!庇うな!!ドラキュラを倒せ!!」
    その声にいささかも弱々しさや陰りはない。血を流しながら仲間を鼓舞し、自らも武器を振るい続ける。
    ここにもし詩人がいれば…伝説にふさわしい光景と涙を流したことだろう。その場の者たちはただ必死に、自分と仲間のために力を尽くした。

    いつ終わるとも、どちらが消えるとも分からない戦いはついに、ドラキュラが迸る力の閃光とともに消え去っていく。

    「ラルフ…ッ!」
    それと同時に誰ともなく傷付いた仲間の元へ駆け寄った。時間にしてはそれほど経っていない筈だが、止血せねば失われる血の量は楽観できるものではない。
    だが、立つのもやっとの地鳴りと崩れ落ちる壁がそれを許さない。魔力の元を失った城が崩壊を始めたのだ。
    「逃げ…るぞッ!!!」
    なんとか城を脱出し安全な場所を目指して走る。城を離れ、囲う木々の間を抜けるうち、ラルフの衣装は血にまみれていた。
    「………!!止まれ!」
    堪えきれなくなったのはアルカードだ。当のラルフよりよほど蒼白になりながら、胸と左目の傷に残り少ない魔力を振り絞る。
    闇の赤い光が患部を照らすが、傷は塞がることなく血を流し続けている。『かすり傷程度しか治せない』とかつてアルカード自身が言ったのだ──これは、かすり傷というにはあまりにも派手すぎた。
    血とともにラルフの命が流れ出る想像に仲間たちは戦慄する。
    「…大丈夫だ。命はある。おまえたちのおかげだ」
    ラルフは、力強い声を仲間たちにかけた。グラントもラルフほどの傷はないが満身創痍、サイファとアルカードも魔力の枯渇や体力の限界からくる疲労感に耐えている。それでも誰一人欠けていないのは奇跡に近いのだろうが…だからこそ、ここに来て失うわけにはいかない。
    「それだけふらついて無事なはずがあるか!」
    珍しくアルカードが怒声を飛ばす。
    「落ち着け。軽傷とはいかないが、もたつくのは左目が見えにくいだけだ。血が目に入ってるだけで…、っ」
    止まると痛みを意識してしまうのだろう。は、と浅い呼吸の乱れを堪えてラルフは続ける。
    「この程度で倒れやしない。それよりもう少し城から離れ…」
    「いいえ、私もアルカードに賛成よ。少しでいい、応急処置をしましょう」
    「そうだぜ兄貴。その時間くらい俺たちが稼げる」
    「頼むぞサイファ」
    ラルフをその場に座らせ、グラントとアルカードが周囲の警戒にあたる。城の内外にいた魔物が追ってくる可能性がまだあるからだ。
    「ち…足手まといだな」
    「何言ってんだよ、兄貴がドラキュラの目の前で踏ん張ってなきゃ、俺たちの誰かは死んでた」
    話の間、サイファが取り急ぎの止血を行う。
    受傷範囲が広く、じくじくと滲み出る血はまだ止まらないようだった。だが目も骨も内臓も無事らしい、とラルフは言い、自らの足で立ち上がる。
    あたりに立ち込めた、アルカードでなくてもわかる血の臭い…だがそれは流れ出る命とは違う。片目が塞がれることにも慣れてきたのか、ラルフの挙動は比較的しっかりしたものだ。
    「あとははやく街に戻って…馬車でもありゃあな」
    グラントが歯噛みするが、状況的に望み薄なのは分かっていた。アルカードは機乗できる生物には変身できないし魔力もほとんどない。歯軋りしたい気持ちは同じだ。だが誰しもただ嘆いているつもりはない。
    「先を急ごう──俺が先導する」
    できることをやるだけだと、アルカードは努めて感覚を周囲に向ける。
    おまえの血の臭いはもう嗅ぎ飽きた。
    全員が生きて帰らねばならない。その必死な使命感が皆の脚を動かす。


    ようやく開けた丘の上に辿り着いたとき、壮大な破壊音がして全員が振り向いた。
    悪魔城が崩れ去っていく。
    数多の悪魔を道連れに、月に居場所を譲るかのように。


    「──── ぁ…」
    必死だったはずのアルカードの胸を、一瞬で強い寂寥が襲う。
    父と、母と──自分が生きた全てだった場所との別れだ。この手で葬り去ったのだ──
    全員が足を止めてその光景に見入っていた。
    胸に去来する感情は様々だが、達成感や生き延びた事の安堵の中、自らの体が壊れていくように息を震わせ涙を流していたのはアルカードひとりだ。
    誰もそれを咎めなかった。
    誰も慰めを言わなかった。
    ただ──ぽん、と優しくアルカードの背に手が触れる。乾き始めた血を纏う、ラルフの手だ。

    「行こう」

    他に何も言わず、アルカードを誘う。

    「…………あ、あ……」
    涙で掠れた声と頭で反射的に返事をする。
    アルカードは、ラルフや仲間の治療を優先しようと。
    仲間たちは、アルカードと共に行こうと。
    四人の足は崩れ行く悪魔城から遠ざかる。二度と帰らないはずの悪夢から。



    -------



    「なんでだよ!!!」
    他に誰もいないとはいえ、外まで響きかねない声で叫ぶグラントをサイファが嗜める。しかし表情は納得していない…止めたサイファも言葉にしないだけで、同じ様子だった。
    ラルフは憤りこそしていないが、いつになくじっとアルカードの顔を見る。
    その視線を辿ると、左目に残った傷に行き着く。つい先日眼帯がとれたばかりの新しい傷跡だ。

    「だから──私は人の世を離れ、眠りにつく。おまえたちが生きている間はもう目覚めることはないだろう」

    すでに決意したことだ。仲間の反対にあおうともアルカードは同じ言葉を繰り返す。

    遡って、悪魔城を滅ぼしたあとのことを思い浮かべる。
    ドラキュラ討伐後、サイファは一度東方教会に戻った。ラルフは傷の治療のためと乞われて街に残っていたが、慣れないとぼやいてたびたび訪れるグラントとつるんでいる。
    この世のどこにも帰る場所を持たないアルカードをラルフは強引に自分の居に住まわせ、ひとつの季節が過ぎようとしていた頃だ。
    仲間たちからすれば、突然今生の別れを宣言されてはいそうかと受け入れられるはずがない。

    「おまえたちの仲間であっても、やはり私は人の中では暮らせない」
    「なんだよ、飯食ってれば吸血しなくてもいいんじゃないのか?!」
    「そうだ。だが、人とは体も時間も違いすぎる。私が異形であることがいずれ誰かにばれた時──吸血鬼を討伐したはずのおまえたちが仲間となったらどうなる?」
    自明の理だ。
    ラルフたちも悪魔の手先扱いされ、異端審問のち死刑と決まっている。
    「そ…れは…」
    「………」
    アルカードはここに滞在してから一切外に出ていなかった。傷心のためと思っていたが、そんなことを考えていたかと仲間たちは驚く。
    ただし、最も長く共にいたラルフだけは何かを察していたのかもしれない。アルカードの決意に動揺を見せなかった。
    まだ何かを言いたげなグラントに背を向け、唇を噛むサイファと未だ黙るラルフを一瞥し、アルカードは部屋の入口を指し示す。
    「私が出ていったら、あの鏡をまた磨け」
    アルカードがここに住み始める時、これだけは見えないようにしてほしいと覆いをつけたものだ。
    姿が映らないことがばれないように。
    ラルフ達に万が一にも害が及ばないように。
    一度心を開けば、種族の違いも自己のこともかなぐり捨てて仲間を守る。アルカードの精神は孤独で純粋で、その幼さが寂しかった。
    「できれば銀の縁で補強するといい。それで大抵の魔のものは寄り付かなくなるからな…言うまでもないが、夜の訪問者にも十分に注意を」
    「アルカード、俺からもいいか」
    アルカードの言葉を別の意を持ってラルフが遮る。
    「考えてたんだ。何がいいか、おまえに何かしてやれないかってな」
    ラルフは卓の引き出しから、紙とインク、羽つきのペンを取り出す。

    「手紙を書く。おまえ宛のだ。こう見えても俺だって字は書けるんだぜ」

    「?」
    アルカードが首を傾げる中、ラルフはサイファとグラントに視線を向ける。
    「ほら、おまえたちも」
    窓からの光に照らされるラルフの表情は、生憎アルカードからは伺えない。
    「……ああ、そうね。わかったわ。私だって字は得意だし、実は絵も少し描けるのよ」
    「兄貴…俺は字というか、手紙ってやつは何を書けばいいんだ?」
    「じゃあグラントは絵だな。力作を期待している」
    三人の会話になんと口を挟めばいいか分からず置いてきぼりのアルカードに改めてラルフは向き直る。無理矢理に歪めたような笑顔で。

    「──ドラキュラを討伐した俺たちの仲間のひとりは死んだ。残念ながら。教会にはそう伝える……そういうことだよな、アルカード?」
    ラルフの言葉に、アルカードは目を見開いた。
    人は悔しさや寂しさをこらえるときにこんな顔をするのかと──不思議と理解できる。
    「実はな、『俺』の功績に報いて名誉の称号を…なんて話は教会からすでに出てる。俺は近くワラキアを離れるつもりだが、それでもこれからしがらみは増えるだろうな。……そして、いつかおまえの存在が嗅ぎ付けられる」
    今度こそラルフは悔しさを隠さない。手元の上等な紙が一枚、ぐしゃりと音を立てて潰れる。
    「…人の世には英雄ってやつが必要なんだ。俺ばかりじゃない、おまえたちも、ドラキュラ討伐の『偉業』に名を連ねさせられる。…だが、人が求める理由がなけりゃ、ただ排斥される側になる」
    ラルフは自らの経験で知っているのだ、力ゆえに忌み嫌われることを。人が求めるのは自分たちを守る力と、それが自分たちに向かないことを保証する名声だ。だからその言葉は重い。
    「……ああ、そういうことだ」
    アルカードは知らず口の端に笑みを浮かべていた。ラルフと同じように、無理矢理な歪んだ笑みを。
    この世にままならぬことなどいくらでもあり、耐えることだって初めてではない。だが辛くないはずはないのだ──心あるからこそ。

    「だけど俺たちはいつまでもおまえの仲間だ、アルカード。その証にこいつを持っていってくれ」

    頷く代わり、グラントと、サイファと、そしてラルフと抱擁を交わす。サイファの怒るような顔、グラントの涙に濡れた顔、ラルフの初めて見る弱い顔、…決して忘れないだろう。


    「…………守ってやれなくて、すまない。」
    名残惜しむようにアルカードの手は離さぬままラルフが言う。
    「人の世を守ったおまえを…人から守ってやれないなんて…おかしな話だよな」
    「……ふ」
    アルカードは笑った。今度は、苦笑めいた心からの喜びの微笑みで。
    「おまえは少し…欲張りだなラルフ。私はもう十分に守られた。おまえたちのお陰で父を止められた、そしておまえたちに出会えた。だから私は──俺は、望んで眠ることができる」



    ありがとう



    そうして、英雄となるべき一人は歴史から姿を消した。






    ──おまえの眠る場所に、たくさんの花を植えよう。時代が変わっても咲き続けるように。

    ──おまえたちと共に眠ろう。朽ちても消えない、三つの手紙を棺の共寝に。
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    😭💞
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