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    ichiya_0825

    @ichiya_0825

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    あした世界が終わってもいいよ/俳優五×戦場カメラマン夏のパロ五夏です 5月の新刊の連載 5です

    あした世界が終わってもいいよ 5 日本ではこんなことはないだろう。有り難い話だ。塩と胡椒を持ってもう一度市場に戻る。調味料が手に入ったなら、明日の晩ご飯も買っておこうということになった。五条は普段自炊なんてしないが、出来ないわけではない。元から器用な男なので、やり方さえわかれば大抵のことは熟せた。夏油の料理の腕前はわからないが、まぁ塩胡椒を振って肉を焼くことくらいはふたりで出来るだろう。
     市場は、夕方が近付いたこともあり、さっきよりも閑散としていた。肉を売っている男に声をかけ、一塊の豚肉を買う。拙いスペイン語と身振り手振りでどうにか必要量の肉を購入することが出来、ふたりは一旦、肉を冷蔵庫にしまうために家に戻ることにした。
     冷蔵庫は、日本のものより随分と旧式だ。それでも肉を冷やしておくにはじゅうぶんで、買ってきたものを簡単に整理すると、ふたりは夕食を摂るためにまた出かけることにした。
     時刻は夕暮れをすこし過ぎたところで、街並みが赤く染まっている。異国情緒に溢れたその景色を夏油は何枚か写真におさめると、市場に行く途中に見かけた大衆食堂にふたりは足を向けた。そこは野外のテラス席のようなものがあって、そちらを選ぶと、街の喧騒が感じられていい気分だ。そこに冷えたビールとジュースが届くとさらに気分がよくなる。出来れば、五条も夏油と一緒にビールを飲みたいところだったが、五条はわかりやすく下戸なので、キューバのビールなんて一杯も飲みきらないないうちに眠ってしまうだろうから、今回はちゃんとジュースにしたのだ。
    「乾杯」
    「乾杯!」
     ごくりと大きく飲み干すと、ほんのり甘くて美味しい。夏油は、日本のビールとはまた違うが、まだ暑い気温も相俟ってとても美味しい、と笑った。外国で飲むビールは冷えていないことが多いが、キューバは違うらしい。いい文化だ。やっぱりビールは冷えている方が、ずっと美味しいに決まっている。
    「何食べる?」
    「メニュー見てもわからないよね」
     そんなことを言って笑い合う。結局食堂で一番人気の皿を貰うことにして、ふたりは和やかにビールを傾けた。そうしてしばらく待って出てきた皿は、豚肉の角煮のようなものに何かと炊いた米が添えられたものだった。一緒に添えられたスープは黒豆を煮込んだものらしい。
    「ん、美味しい」
    「ほんと! これ、美味しいね」
     豚肉と米を絡めながら食べると、それもまた美味しい。どうやら地元で評判の店だったようだ。さっきまで空席のあったテラス席はいつの間にか全部埋まっていて、陽気で賑やかな声が聞こえてくる。通りの方からだろうか、どこかでラテン音楽を演奏しているのも聞こえてきた。この喧騒が、なんだか楽しさをさらに助長する。
    「……傑は、なんで戦場カメラマンになったの?」
     夏油が戦場カメラマンだ、と聞いてからずっと、聞いてみたいと思っていたことだ。五条が俳優になったのは街角でのスカウトがきっかけで、そんな劇的なものではない。けれど、夏油には何かドラマがあるような気がした。
    「うーん、これといって理由はないよ。気が付いたらそうなってた」
    「そんなことある?」
     戦場カメラマンなんて職業は、そんな風にしてなるものではないだろう、と思う。何か信念とか、そういうものがあるのかと思ったが、夏油は手を振って、そんな大層なものはないよ、と笑った。
    「世界で起きていることを伝えたいとは思うけれど、それ以上のものはない」
     どこか遠くを見て、そう夏油は言った。
    「日本は平和だろう? でも世界はそうじゃない。それを知るきっかけのひとつになってくれればいいな、とは思っているけど」
     きっと、夏油はいろんな戦場を見てきたのだろう。その視線の先には、その光景があるのかもしれない。それは多分、美しいものよりずっと凄惨なものが多いに違いない。それでも、夏油は明るく笑った。
    「もし私の写真がそのきっかけになれば、それはすごく嬉しいよ」
     そう言われて、夏油の写真を見てみたい気持ちがさらに強くなる。帰国したら、絶対に見せて貰おう。個展なんかがあればベストだが、プライベートでも頑張って見せて貰おうと思った。
    「もうちょっとビール飲んでいい?」
    「もちろん」
     五条も新しいジュースのおかわりを頼んで、ついでに適当につまみを持ってきて貰うようお願いする。出てきたのは肉じゃがのような挽肉の煮込み料理と何かを蒸したようなものだった。食べてみるとどうやら玉蜀黍であることがわかる。中には肉やチーズなんかが練り込んであり、ちょっと煮込み料理につけて食べると、これがまた美味しい。煮込み料理はピカディーヨというらしい。キューバではよく食べられるもののようで、ちょっと味が濃いから、ビールも進む味だろうと思った。
    「ねぇ、悟は、なんで俳優になったの?」
     聞かれると思っていた質問だ。先に自分が問うたのだから、答えないわけにはいかない。
    「別に面白い話なんてないよ。地元でスカウトされて」
    「でも、最初から映画デビューだったんだろ?」
    「あー、なんか俺の外見がハマったらしいよ。それだけ」
     人気漫画の映画化で、その主人公の外見が五条にぴったりだったらしい。形ばかりのオーディションは受けたが、受ける前からほぼ確定していた仕事だ。出来レースと言ってもいい。あの仕事について別に悪い感情は抱いていないが、どこか自分が評価されたとは思えなかった仕事だ。
    「それでも凄いじゃないか。ハリウッドデビューも間近じゃないかって聞いたけど?」
    「噂だろ。コレクションとかで外国に行くことが多いから、そんな噂が立つだけ」
     モデルの仕事だって、出来れば続けたくない。それよりも、五条はもっと演技がしたかった。いろんな人物になれるのはとても楽しくて、台本を読む度に違う世界に旅立つことが出来た。それは五条にとって貴重な体験だ。五条は旧家の跡取りで、正直言って社会経験というのは少ない。高校生になってもバイトのひとつもしたことはなかったし、自力で金を稼ぐようになったのは俳優になってからだ。もちろん、そんな家だから俳優になることに対して、実家の反対は大きかった。それでもまずは二十五まで、という前提と、家が定める大学に通うことが俳優デビューの条件だった。それまでに五条は大きな成果を残さなくてはいけないということだったが、今はもうそれからは解き放たれている。
    「俳優は、楽しい?」
    「すごく。こんな風にいろんな人になれることなんてそうないでしょ」
    「そういうやりがいのある仕事に出会えたことは、感謝しないとだよ」
     感謝。五条は、デビューしてからずっと実力で仕事を勝ち取ってきたと思っている。最初こそ見かけだけが評価されたが、その後、体当たりでいろんな役に挑戦するうちに、その演技力も評価され始めた。だから、一度だって感謝なんてしたことはない。だって、どれも自分で成し遂げたことだと思っていたからだ。
    「周りの支えてくれる人や、応援してくれる人。たくさんの人が悟のまわりにはいるってことだよ」
     そう言われて、目の前が開かれたような気持ちになる。きっと他の誰かに言われたなら、いつものように聞き流してしまっていたかもしれない。でも、夏油に言われると、それはすとんと胸の中に落ちてきた。
    「……そうだね」
     夏油は、感謝の気持ちがなければ仕事は続けられない、と言う。それは綺麗事だとも思う。けれど、その言葉はどうしてか素直に受け取ることが出来た。応援してくれるファンがいなければ興行収益は伸びないし、新しい仕事だって与えられない。マネージャーだって、五条のことを考えて色々と仕事を探してくれている。時に無茶なスケジュールを組まれることもあるが、それはその時、必要なものだと理解することが出来る。
    「なんか、目の前が開けた気分」
    「そんなに?」
    「傑に会えて良かった。初めて会った気がしないっていうのも、ほんとうだよ」
     こんな気持ちを抱いたのは初めてだった。誰かと一緒に過ごすのが楽しいと思ったのもだ。夏油と過ごしたのはまだたったの数時間だが、どこか息がしやすい。そんな風にすら感じる。
    「仕事、頑張ろーっと」
    「そう思えたなら幸いだよ」
     ふたりでまたビールとジュースで乾杯し、楽しく夜の時間を過ごす。夏油の仕事の話はいくら聞いても飽きなくて、夏油にもういいだろ、と言われる始末だった。それくらい夏油と過ごすのは楽しくて、時間が過ぎるのが惜しいとすら思う。今回、キューバに来て良かった。心の底から、そう思うことが出来た。
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