ファーストコンタクト:クロバ&リド編クロバは、試し打ち場には結構な頻度で足を運んでいた。
己の実戦経験が足りていない訳ではないし、ましてや腕に自信がない訳でもない。ただ、彼が試し打ち場に足を運ぶ理由は単純で、主に得意なブキを手に取り、的を打つのが好きだからだ。
もちろん、腕を鈍らせないためでもある。それ故、毎日のように試し打ち場を訪れている者もいるだろう。クロバはそこまでストイックにはならなかったが。
だいたいナワバリバトルの前やそれが終わった後など、週に二回か三回、たまに四回程度足を運んでいた。
試し打ち場には多数の部屋が用意されており、ほとんどの時間帯で一つは空き部屋が見つかる。そのため、今まで特に不便を感じたことはなかった。
しかし、その日は違った。いつものように試し打ち場に向かうと、彼が目にしたのは初めて見る光景だった。
試し打ち場の部屋に、満員のランプが点灯している。近いうちにナワバリバトルの大会でも開催されるのだろうか。クロバは少し考えた後、空いている部屋が見つからないことに気付き、諦めて帰ろうとした。
その瞬間、彼の足音に合わせるようにして、試し打ち場に隣接したカンブリアームズから一人の男が出てきた。
その男は緑色のオールバックをしており、どこか特徴的な風貌をしている。
クロバは無意識に視線を向けた。
「お前は、あの時の」
男が呟いたその声が、クロバの耳に届いた。
その言葉は話しかけられたものなのか、それとも彼の独り言なのか。
しばらくその場で立ち尽くしていたクロバは、声をかけようかどうかを考えた。だが男は無言でブキを交換すると、何事もなかったかのように部屋へと入っていった。
パタン、と扉が静かに閉まる音が響く。
どうやらあれは独り言だったようだ。クロバは小さく息を吐き、踵を返そうとしたその時、閉められたばかりの扉が再び開いた。
「……おい」
今度は確実に、クロバに向けられた声だった。
彼は無意識に足を止め、声の主に目を向ける。
男は扉の前に立ち、口を開けた。
「今日は、しばらく部屋開かねぇぞ。初心者グループが団体様でやって来てたからな」
その言葉に、クロバは軽く頷きながら答える。
「そうなのか」
言葉は少ないが、男はその後も黙って立ち尽くし、クロバの方を見つめている。男というよりも、顔つきはどこか幼さを感じさせる。成人しているようにも見えるが、少年というほど若くはない。
クロバは少し困惑した表情を浮かべ、何か言うべきかどうか迷った。
その静寂の中で、男が唐突に口を開いた。
「部屋、使うか?」
その声にクロバは首を傾げながら尋ね返す。
「お前、使うんじゃないのか? 俺は別に、空いてないなら他の日でも構わないが」
すると男は少し間を置き、再び口を開いた。
「一緒に、使うか?」
その問いに、クロバは驚きの表情を浮かべた。
自分に向けられた言葉としては少々唐突だったが、男は特に気にする様子もなく、ただクロバの方を見ている。
その目線には、少しだけ強い意志が感じられた。
「え?」
思わず反応してしまったクロバは、さらに驚いたように聞き返した。
その様子に男は肩をすくめると、扉をわずかに開けながら言う。
「俺も、少し試したいことがあるからよ。部屋、空いてるなら一緒に使わないか?」
クロバは一瞬、その提案を受け入れるべきかどうか迷った。男が何を試したいのか、そして本当に一緒にやるべきかという問題が頭の中を駆け巡る。
しかし、ふと気づくと、彼もまた自分の限界を試すために試し打ち場に来ているのだと、改めて感じた。
そう、ここで何か新しい発見があるかもしれない──。そんな予感が胸の中に湧き上がってくる。
「分かった。お前がいいのなら」
クロバがそう答えると、男は少し驚いたように大きく目を見開く。
しかし、すぐに照れくさそうに頬をかきながら言った。
「いや、その。……こっちこそ、お前がいいなら、だけどよ」
その言葉に、クロバは軽くほほえむ。その表情に男はにっと牙を見せた。
先日、初めてナワバリバトルを交わした二人。
今日、初めて面と向かって言葉を交わした二人。
クロバがその男の名前を〝リド〟と知るのは、その試し打ち場で行われた何気ない会話からだった。
Fin.