きみの駄目なところ「お、おわ、終わらねぇ……」
ペードが頭を抱えながらうめいた。
「……そうだね」
隣に座るトウハは、短くそう返すだけだった。
普段のトウハなら、今のようなペードの悲鳴に皮肉の一つでも返すところだろう。しかし、このときばかりは違った。ペードの目の前には、笑えないほどのプリントの束が積まれていたからだ。
目の前に並べられた紙の山。それらは全てペードにとって覚えなければならないものであり、母親から直々に与えられたものである。学生のインクリングたちのところでいう〝課題〟のようなものだ。ペードは思わず両手で頭をガシガシとかき回し、死んだ魚のような目でプリントの束を見つめる。
「あー……なんなんだよこの量……おかしいだろ……何枚あんだよ……ーー……」
呻きながら体を仰け反らせるその姿は、もはや命の危機に瀕している生き物のようだった。
「ペードが毎日やらないからでしょ」
トウハが淡々と返すと、ペードはむくっと顔を上げる。
「んだよ。お前だって毎日やってねぇだろうが」
「ペードと一緒にしないでよ。僕はちゃんと毎日勉強してるもん」
そう言いながら、トウハは手に持った麦茶のコップを口に運ぶ。表情は涼しげで、どこか他人事のようだった。その返答に、ペードは「はぁ⁉」と大声を上げ、バンッと机を手で叩く。
「お前いつもオレと一緒にいんだろうが。いつしてんだよ」
トウハは少し言葉に詰まり、視線を宙に泳がせながら返す。
「いつって言われても……。朝ごはんの前とか、夜寝る前とか、だけど」
「……オレはその間、何してるんだ?」
「寝てるでしょ」
即答され、ペードは言葉を失った。しばらく無言のまま、彼は椅子にだらりと背を預け、そのまま机へと突っ伏す。
「……~~~……」
奇声とも呻きともつかない音を出したかと思えば、突然机の上のプリントをまとめて持ち上げ、そのまま床にそっと置いた。その様子を見ていたトウハは、すかさずそれを拾い上げ、元あった机の上に戻す。
「そうやってもプリントは消えない」
「うぇ……」
ペードは顔だけを上げ、じっとトウハの顔を見る。目を見開き、なんとか哀れみを引き出そうと必死な表情を作っていた。
「なあトウハ、少し休まねえ?」
「駄目」
その提案を、トウハは一秒とかからずに切り捨てた。ペードの希望は無惨にも打ち砕かれ、その瞬間、彼の頭が机へとずん、とめり込むように落ちた。
「地獄だ……地獄っつーもんがなんでこの世に……いやそもそもオレまだ死んでねぇ……」
「大げさすぎでしょさっきから。終われば自由なんだから頑張ってよ」
トウハが冷静にそう付け加えると、ペードはもう一度呻いた。
部屋を満たすのは、紙をめくる音と椅子のきしむ音、そして二人の気だるげなやりとりだけだった。
夏の午後の空気は、それらを静かに包み込んでいた。
Fin.