夢の記憶「……あれは、龍だよ」
長い回廊の途中。
山々の合間をたなびく雲を示しながら、玉龍は言った。
ゆったりと流れていくそれは、生物の揺らぎに似ていると言えば似ている。
が、それでも悟空の眼にはただの漠然とした気脈の溜まり場にしか見えなかった。
訝しんでいる悟空を察したのか、玉龍は言葉を続ける。
「……正しくは、龍の始原と言えばいいのだろうか」
霊峰の、特に気の強い場は、時として命を生み出す胎となる。
そこで幾星霜と天地の気を浴びつづける事で、雲は実体を象り龍となる。
遠い昔にそうして生まれた原始の一つから、命をつないだ先にいるのが己なのだと。
気の長い話だ。
経典を求める旅よりも、山に封じられる仕置よりも、なお長い。
悠久たる時の話。
与太話とは思わない。
何故なら悟空自身も、どこぞの霊石を胎としているからだ。
五百年前の、更に数百年前。
自分が生まれる前の記憶など持ちようはないが、こんな無為な姿を晒していた時もあったのだろうか。
西へ進む歩みは止めぬまま、横目で揺蕩う『それ』を眺める。
かつては方々を飛び回った悟空には見慣れた風景であるはずなのに、玉龍の話を聞いてしまった今では何故かひどく落ち着かない気がした。
――釈迦の掌から飛び出せなかったと、思い知った時の感情に似ている。
そう思い至ってしまうと、更に感情は膨れ上がった。
反射的に如意棒を振るおうとして、直前で思いとどまる。
回廊を壊してはただの人たる三蔵は通りにくくなるだろうし ―― 何より、呪で戒められるに決まっている。
視線を投げやりに前方に戻して、前を睨みつけることで気を紛わせる。
何をどう捉えたか、後ろで誰やら微笑む気配がしたのも無視を決め込んだ。
過去を振り返るのは、やはり性に合わない。
先へ進むほうがずっといい。
前へ前へ。
ただ先へ。