ダイラー記憶喪失ネタ2ひと眠りして目覚めると、隣で眠っていたラーハルトの姿が無かった。魔槍も一緒に消えている。それを見たおれは青くなって飛び起きた。まさか一人で行方をくらましたのだろうか。有り得ないことじゃない。今の自分ではおれたちの足手纏いになると思ったのかもしれない。
クロコダインを起こして、辺りを探し回った。
探していた人は案外すぐに見つかった。おれたちに気を遣ったのだろう、野営地から少し離れた場所に彼はいた。鎧を纏い、手にした槍を演舞でも舞うように振るっていた。
それを見た時、一瞬彼の記憶が戻ったのかと思ったが、すぐに違うと気が付いた。槍捌きは所々記憶が戻る前を彷彿とさせたけど、キレは以前とは比べ物にならなかった。度々違和感を覚えたように顔を顰めては中断し、その動作を何度か繰り返して、しっくり来るまで体の使い方を探ったりもしていた。
思い出そうとしているんだ。あの槍を使っていた体の癖を。戦い方を。
「……!ダイ、クロコダイン」
こちらに気付いた。槍をおろして駆け寄ってくる。走り方が軽快だった。昨日まで小さく蹲るように座っていたのが嘘みたいだ。
「すまん、君らが起きるまでには戻るつもりでいたんだが。心配させたか」
「うん、ちょっとね」
「しかし一人で訓練とは。戦うつもりなのか?ラーハルト」
クロコダインが問いかけると、ラーハルトは恥ずかしいような申し訳ないような顔をして頷いた。
「……引き返す訳にはいかないんだろう、実際のところ」
「それは……」
その通りだ。おれたちがこの道行を中断すれば、冥竜王ヴェルザーの勢力が総出で地上を目指してくる。
「行くのも戻るのも危険だと言っていた。ならせめて邪魔にならないように……いや、出来ることなら、役に立ちたいんだ。だから槍の扱い方を少しずつでも思い出せないかと。俺はずっとこいつを使っていたんだろう?」
貴方様のお役に立ちたいのです。魔界へ駆けつけてくれた時、跪いてそう言った彼の姿がオーバーラップする。
「そうだよ。……流石だね。色々考えながらやってる分、所々無駄な動きはあるけど……でもやっぱり馴染んだ武器の扱い方は体が覚えてるものなんだな」
「ダイ」
「よし。おれが相手になるよ。誰かいた方がやりやすいだろ」
「いいのか」
「勿論。これからどうするにしても、お前が戦えるようになるなら助かるし。クロコダインも技とか見せてやって。戦術を組み立てよう」
「わかった」
鞘に収めたままの剣を右手で持ち、槍先を捌いていく。
ラーハルトは最初おれに刃を向けることを躊躇ったけれど、今のお前の攻撃くらい余裕で躱せるから全力で来いと言ってやったら腹を括ったようだった。
「無駄が多いよ」
「……ッ、くそっ……」
「考えすぎなんだ。思い出したいなら、とにかく無心でやってみろ。その体はもっとずっと速く動く」
「……ゥウオオォッ!!!」
おれに追い縋ろうとする焦りが雄叫びとなって口を突く。
眼光がかつてのように鋭さを増してきていた。
槍を回転させ、柄の先端を持って遠心力で下から上へ、袈裟懸けに薙ぎ払ってきたので、素早く跳んで剣の柄で叩き落とした。腕にビリビリと痺れが伝わる。良い一撃だ。
そこからどう来るかと思ったら、弾き落とされた槍をめがけてサッと上体を倒し、そのまま逆立ちの要領で脚を跳ね上げ、蹴りを繰り出してきた。咄嗟に折り曲げた腕の外側でガードする。ラーハルトは槍を掴むと、弾き返された反動を利用して足を地につけ、すぐさま間合いを取った。素早く槍を構え直すと、今度は連続して突いてきた。槍は本来、突くよりもそのリーチを活かして薙ぎ払ったり叩いたり、相手の武器を絡め取るのがメインの戦術になる。相手に反撃の隙を与えない高速の連続刺突は、ラーハルトのスピードと無駄のない体捌きがあればこそ可能な技だ。槍先をいなしながら、おれは嬉しくなってきた。まるであいつが戻ってきたようで。繰り出せば繰り出すほどに無駄な動きが削ぎ落とされ、速度も精度も上がっていく。何処まで速くなるんだろう。
ラーハルト自身もきっと同じことを考えているだろう。自分の力に驚きながら、身を任せているのがわかる。
おれはと言えば、今や最短のスパンで的確に狙ってくる槍先を捌くのがそろそろ難しくなり始めていた。元々、スピードならラーハルトの方がおれより上だ。それに加えて、ガードの甘くなったところを鋭く見抜く動体視力とその一瞬を逃さず突いてくる反射神経、エイミングの正確さ。今までは右腕一本で振るっていた剣の柄にも、気付けば左手が添えられている。
ふと、アバン先生と剣術修行をした時を思い出した。おれの繰り出した一撃を先生が左手で受け止めた時のことを。烏滸がましいかもしれないけれど、あの時のアバン先生もこんな気持ちでおれを見てくれていたんだろうか。
とうとう槍先が肩を掠めた。堪らず槍の柄を掴んで投げ飛ばすと、唐突にリズムを崩されたラーハルトは驚いて肩から地面に激突し、数メートル転がった。反射的に受身は取ったものの、甘かったようで、痛みに顔を顰めている。
「ラーハルト、大丈夫かい?」
駆け寄ろうとすると。
寝た体勢から鋭い回し蹴りが飛んできた。バックステップで避けると、ラーハルトはハッとした表情でおれを見上げた。
「す、すまん!夢中で……」
「いや。それくらいの方が良いさ。実戦なら」
手を掴んで体を起こしてやる。
「驚いたぞ。まだ荒削りだが、短時間でよくここまで勘を取り戻したものだ。戦闘に関しては思ったほど心配いらんかもしれんな」
クロコダインが感嘆すると、ラーハルトは控えめに笑って首を横に振った。