犬飼家の父親不在について犬飼家は母親については存在が確認されています。「大甲子園」では三男・知三郎の肌の白さは母親譲りだと語られています。プロ野球編では1コマですが、嵐が亡くなって囲炉裏端で悲しむ母親の姿が確認されています。(あぶさんの母親のような体格のいい女傑系では無く、里中母や緒方母系の細身美人系なのではないかと思われます)
父親については一切触れられていません。
高知県という土地柄から、『漁師では?船に乗って不在気味なのでは』という二次創作設定もお見かけした事があります。本業漁師、可能性は高いと思っています。長距離トラック運転手等の線もあるかもしれません。
今の世の中闘犬だけで食べていくのは厳しいですから(言い切った)闘犬トレーナーや土佐犬ブリーダーは生計を立てていく仕事ではなく、あくまでも副業や家業のようなものだと思います。
犬飼小次郎が自分の進路は徹頭徹尾自分で決めていたことと、末弟・知三郎が大学を中退すると言い出した時に「大学は出ておけ」と口を出していたことから、実質的な犬飼家の家長は犬飼小次郎なのではないかと思っています。父親の影をまるで感じません。
ここから先は自分の二次創作の設定の話になりますが、あの漂う家長オーラから、父親とは離別済なのではないかと感じています。
死別かどうかはおいておいて、犬飼小次郎には既に父親との別れを経た青年の貫禄があります。
主人公の山田太郎も幼いころから父親と悲しい別れを経験し、小さな妹を育てる逞しい少年でした。が、まだまだ頑健な祖父が家長でしたし、父親代わりの側面も見せていましたので、犬飼小次郎と違い貫禄は感じませんでした。
犬飼小次郎の中学時代(丸坊主・揉み上げ無し)と思しきビデオテープには、嵐とのトレーニング姿が映っていました。
土佐犬の力は凄まじいのに、中学生の筋力でこんな危険な事を!?と驚きました。
(このことがひいては鳴門の牙と呼ばれる、犬飼小次郎の足腰を鍛えたという事かもしれませんが)
不在がちな父に代わって愛犬を鍛えていたのか、それとも若い家長として闘犬業を先頭に立って行っていたのか、色々と考えさせられるものがありました。
この頃にすでに家長が交代していたと思うと、高校進学迷ったんじゃないだろうか?野球を続けるかどうかの瀬戸際だったのでは?ドカの世界なら賀間さんのように夜間の定時制に通って昼間は働くという選択もありますから、ああではないかこうではないか?と妄想に歯止めがかかりません。
結局は私立の土佐丸高校に通ったわけですが、土佐丸高校は知三郎曰く、「野球しか能がない底辺校」だそうなので、大学進学するつもりは無かったと思われます。
それでも学生ですから、グラウンドにいる間は家長ではなく「主将・監督」の顔が出来ていたんだろうと思います。違う形の重責ではありますが、それでも学生らしい顔だったと思います。3年間は社会に出る前の準備期間、猶予期間だと本人も思っていたんじゃないでしょうか。だからあんな無茶苦茶な殺人野球とかして、仲間たちと何か爪痕を残したかったんじゃないでしょうか。
学生時代は高校で最後だ、甲子園が青春の証、墓標なのだというつもりで自分達のグラウンドの土を撒いたのかと思うと、今見たらあのシーンは涙なしでは見られませんね。
「血はグラウンドで流すもの」とか「いくぜ血の海甲子園」とか外連味たっぷりの極道のような勇ましい事を言っていましたが、青春との決別の儀式だったのではないでしょうか。あれが実質「卒業式」だったと思います。
少年から青年に変わり、名実ともに犬飼家の家長として家族を背負う生き方を歩き始めたんだろうな、と思います。
まあ、そんな18の若さで色々背負ってただろう犬飼家の家長が、あれよあれよという間に周囲の状況が変わって宿命のライバルとか見つけてしまって、意地やプライドや勢いで野球浪人なんてやったり、三兄弟全員プロ入りしてまるで家業が『職業野球』になってしまったかと思うと、人生面白いですね。
先日ドラマで「漁師は意地で生きてるんだ!」という含蓄ある台詞を聞いて、犬飼家の長男を思い出しました。
理屈とか常識よりも、大事なものがある生き方なんだと思いました。
そういう意味では闘犬家もそうだと思いますが、犬飼父って本当に漁師だったりして、小次郎さんもそんな生き方見て来たんじゃないのかなあと思って、こんな長々とした妄想を語りました。
ご清聴ありがとうございましたw