懐かしき香り「ダイ!」
名を呼んで両腕を広げれば、ダイは当たり前のことのようにポップの胸の中に飛び込んできた。癖が強いわりに柔らかな黒髪をぐしゃぐしゃと撫で回し、再会を喜び合う。全快しないうちに修行に赴いたのを心配していたが、くすぐったそうに笑う顔を見るかぎり体調に問題はなさそうだ。腕の中にすっぽり包み込むと、小さな身体からは母が作るスープの香りがふわりと漂ってきた。
「お前らって修行中おれん家で寝泊まりしてたのか?」
そう問えば、ダイも、共に修行していたヒュンケルも首を横に振る。
「ロン・ベルクさんの小屋の隅を借りてたんだ。おじさん達は空き部屋使いなって言ってくれたんだけど」
「行き来する時間も惜しかったからな」
ヒュンケルの言葉に頷き、「あ、でも」とダイが更に続ける。
「布団や着替えを貸してくれてね。ご飯とかもおばさんが毎日持ってきてくれたんだよ」
ね!とヒュンケルを見上げて笑うダイを見てポップも微笑む。
「そっか。まともなメシと寝床にありつけてたんなら良かったよ」
お前ら大怪我していても平気で野宿しそうだもんな、と思ったが「それの何がいけないのか」と返されそうな気がして敢えて口にはしなかった。
「母さんの料理、美味かったろ」
ポップの言葉にダイは満面の笑みで「うん!」と答える。
「ポップが作ってくれたご飯の味に似てたよ。すごく美味しかった!」
「……おう、そっか」
実家で暮らしていた頃は台所仕事なんてほとんどしたことがなかった。ポップに料理の手ほどきをしてくれたのはアバンだし、レパートリーも野営で手早く作れるもの中心で家で食べていたものとはほど遠い。ダイ達に故郷の料理を作ったこともないはずだった。
それでも似るものなんだな。一年以上帰っていなかった場所の記憶が自分の中に生き続けているのを感じて、ポップは一人感慨にふける。
「……ポップ、どうかした?」
うつむき加減になったポップに、ダイが心配そうな声をかける。「何でもねえよ」と笑ってごまかし、ポップはバシンとダイの肩を叩いた。
「おれは師匠の所でずーっと自炊だったからよ。人に作ってもらうメシが食いてえなあ〜ってしみじみしてただけだよ」
「じゃあ今度は一緒に行こうよ」
ダイの言葉に「今度?」と首を傾げる。
「戦いが終わったらお世話になったお礼しに行かなくちゃいけないだろ。その時ポップも一緒に行こう?きっとおばさんがたくさんご馳走作ってくれるよ」
これから自分達が向かう場所は文字どおり死地になるかもしれない。これまで以上に厳しい戦いになるであろうことはダイとて分かっているのだろうが、それでも明るい未来を語る無邪気な笑顔が眩しい。
「そうだな。大魔王をしっかりぶちのめしてきたら、さすがに親父に殺されしねえだろうし」
「大丈夫。骨は拾うよ、ポップ!」
「大丈夫じゃねえだろ、それ!」
けらけらと笑い合い、肩を組んだまま気球に向かう。故郷の香りの中にいつものダイの香りも混じっているのを感じる。島で出会った頃と変わらない、草原で日向ぼっこしている時のような香りだ。日数でいえばほんの数日ぶりだがずいぶん長くダイと離れていたような気がする。彼の香りがひどく懐かしく思えて、ポップの目頭は知らず熱くなる。
(ああ、そうだ。島を出てからこいつとこんなに離れて過ごしたことなんて無かったから)
出会ってからまだ二ヶ月と少し。数十日前まではお互い顔も名前も知らなかった相手がこんなにも大事な存在になるなんて思いもしていなかった。胸にこみ上げる思いをじゃれ合いの仕草に隠し、ポップは相棒をぎゅっと抱きしめる。
「どうしたんだよ、ポップ?」
「ああん?気合入れだよ、気合入れ!」
ほれ行くぞ!と腕の中の相棒に呼びかけて、ポップはダイと共に仲間達が待つ気球船に飛び乗った。