「おや、ランスくん。こんな所で何をしているんですか」
オーターさんの家から寮に帰る道中で、見知った声に引き止められた。
「カルドさん」
神覚者のカルドさんだった。方向的に寮からの帰り道だろうか。
「その本...成程。オーターの家に行ってたのかな」
「ああ」
俺の持っていた本に気付き、オーターさんから借りたことをすぐ理解したのか。人を見る観察眼はずば抜けて凄いなこの人。
「どうかしました?何やらうかない顔しているね。彼に何か言われた?」
神覚者は揃いも揃って心が読めるのか。それともまだ顔に出ていたのか...
「...いや、何でもない」
この人基本的には優しいが、何を考えてるのか分からないからな。苦手なタイプだ。
「オーターは口下手ですからね。何かあれば僕に言ってください。君の助けになりますよ」
これは本心だろう。そういえばこの人はオーターさんと良く話をしている所を見るな。
少し気になっていたことがあったし聞いてみるか。
「オーターさんって、彼女とか過去に好きになった人とか居るんですか」
俺の問にカルドさんは手を顎に当てて考え出した。
「ん?...いや、僕の知る限りオーターの恋人関係の話は聞いた事がない。」
「そうか」
やはりか。人のことは言えないが、あの人に恋愛の経験があるのなんて想像出来ないし。経験があれば付き合ってもいないのにあんなことしないだろうしな。
「なんでそんな事を?...ああ、話したくないならいいよ。」
「...」
オーターさんの恋愛事情なんて知ってどうするんだ。なんでこんな事聞いてしまったんだろうか。
まだ俺も混乱してるのか。
「...オーターの事が気になるのかな?」
そう思われるのも無理は無いよな。でも今はまだただの師匠であって、特別な感情を抱いてる訳でもない。
「...オーターさんは、同じ魔法使いとして尊敬してるだけで」
「彼はね、多分恋っていう感情が良く分かっていないんだよ」
あの人もお堅い人間だしな。今までそういうのとは無縁だったんだろうな。俺もそうだ。
「だろうな。さっき身をもって実感した所だ」
「おや、何があったか聞いても?」
カルドさんは驚きながらも、興味津々といった様子で俺に詰め寄ってきた。
「...」
「まぁ大体想像は付いたけど。それって君は同意だったのかい」
ほんとに心が読めるんじゃないだろうかこの人。そんなに分かりやすかったのか。
同意なんて何にもした覚えはない。無い、よな。
「いや。」
そう答えると、カルドさんの目が見開かれた。怖い。
「え」
信じられないといった表情で、俺を心配そうに見つめてきた。
「ただ、触れられるのは嫌じゃないと言っただけだ」
そう。それだけしか言ってない筈だ。
カルドさんは頭を抱えながらため息をついた。
「あーそっかぁ。ほんとに馬鹿だなあいつ。」
「俺も良く分からなくて。その、、恋?が」
今までそんな事を考える暇なんてなくて。そもそも興味すら無かった。
ドットが色恋に煩くしていようが、俺には関係ないと突っぱねてきた感情だ。
妹を助ける事しか頭に無かったんだからな。
「ふむ。君もそういうタイプそうだもんね。いきなりの事でびっくりしたんだろう?100%オーターが悪いから、あまり気に病まないでよ」
そう言ってカルドさんは俺の頭を撫でた。
オーターさん程心地いいとは思わなかったが、歳上の人から良くされるのは、正直嫌いじゃなかった。
「うん。」
「さ、君は早く寮に戻りなさい。オーターには僕がきちんと説教しておくから。じゃあね」
カルドさんはひらひらと手を振って魔法局の方に歩いていった。
ふと手に持った本に視線を向けると、先程オーターさんの家で起きた出来事を思い出した。
「っ...」
俺は頭をブンブンと振り、寮まで早足で帰った。