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    KuunoG

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    うっかり書いたルムメ組のSSです。
    ※学生時代とはいえアルハイゼンが泣く。

    身体の妙なスイッチが入って泣く話。「愛されたことがないからあんな本の虫に育つんだ」

    大したことではなかった。だから聞こえないふりで立ち去った。ただ、全く謂れのない罵倒を浴びただけ。普段なら気にもしない。本当にそう思うのに。
    その場をあとにして数分、長く続く白いスロープの上で。
    ぽろ、と瞳から涙が溢れ出た。

    「アルハイゼン?」

    足が止まったアルハイゼンに気づいたのだろう。緑の学帽を被ったカーヴェが振り向く。カーヴェは大きな瞳をさらにまん丸く見開いたあと、アルハイゼンの手をとって、誰にも見られないように、隠すように、ラザンガーデンのドームへと誘った。ステンドグラスが埋め込まれた屋根の下で覗き込む瞳が心配に揺れている。
    違う。あんな正当性のない主張。百の反証だって言い返せる。傷ついたわけではない。なのに涙が止まらない。
    …よりにもよってこの男の前で。

    祖母には愛してもらったと、客観的にも言えるだろう。俺は祖母の愛を汚されたことに怒っているのだろうか。否。他者の感情は取るに足らない。興味がない。俺が知っていればそれでいい。では寂しいのだろうか。断じて。確かに彼女の愛を思い出したが、涙を流すに至るほどの切望はない。葬儀を執り行ったときに整理はつけた。十分すぎるほど、もう貰っていた。あれはそういう穏やかな別離だった。…そもそも、仮に愛と自分の特性について関連があったとして、彼らには関係ない。指摘される謂れもない。あんなのはやっかみもいいところだ。ただ向けられただけの悪意に思考を割く必要はない。自らの怠惰を棚に上げ、他者の勤勉さを蔑むなど…

    「どうした、アルハイゼン」

    頭の中で沸々と湧きあがる言葉たちを遮られた。

    「なにも…ッ」

    声が出ない。…いや、声は出る。でも、今出せば出るのは嗚咽だ。アルハイゼンはぎゅっと唇を引き結んだ。憐れまれたくない。このようなことで泣くなどと、傷つくなどと思われたくない。
    アルハイゼンはぎっ、と隼のような鋭さで、雛鳥みたいに世話を焼こうとしてくる不埒な先輩を睨みつけた。

    「……おお、おお、元気なようで何より。慰めてあげようかと思ったけど、その様子じゃあ必要なさそうだ」

    ドームに落ちる木陰の中、金糸を揺らしていつもの顔でふっと笑う。その瞳に心配の色はない。思わず肩の力が抜けた。

    「あんっまりにも正当性に欠ける主張だった。聡明な君のことだ、瞬時に問題点と反論がぶわりと湧き出てストレスになったんだね。ここ最近僕らはまともに寝てないし、疲れちゃったんだろ、君の身体も」

    先ほどまでの重い空気が霧散していく。今もなおぼろぼろと溢れ出る雫は目元を拭うカーヴェの袖に消えていった。

    「涙は昂った神経を落ち着かせるために出るものさ。生理的な反応だよ。もちろん、感情と密接に関わってはいるが、涙が出たからって悲しいとは言えない」

    笑い涙だってあるだろ?神経がストレスに晒されたら出る。そういうものだとカーヴェは続ける。

    「ふふん、僕と違って君は感受性が低いからな!泣くなんてことはそうそうない。泣いている自分にびっくりして、余計ストレスがかかって、悪循環に陥ってる。落ち着くために思いっきり泣けばいいよ、とアドバイスしたいところだけど…」

    両の頬を手のひらに包まれた。子供にするような仕草に怒りでかっと耳まで赤くなる。ふは、吐息を漏らして笑うとカーヴェは横に寄り添った。

    「無理そうだな。屈辱的でたまらないって顔してる。うん、じゃあ落ち着くまで黙ってるといい。嗚咽が出るのも嫌だろ?君には」

    「きっ」

    君は逆に泣きすぎだ。恥も外聞もなくて羨ましいよ。
    そう言おうとして声が引っかかった。やはり話そうとすると嗚咽が出る。屈辱に歯噛みしてじとりと睨みつけた。

    「......」

    「ああもうほら、黙ってたらいい!なんだよ。恥がない君にはわからないだろうって!?」

    ぷんぷんと風スライムのように声を跳ねさせる。いつも通りのカーヴェだ。いつも口論している時の。そこには憐れみも、心配もなかった。穏やかな風が吹いている。



    「大丈夫だ、アルハイゼン。君の心は何一つとして傷ついていない。あんな低俗な言葉に傷つくような君じゃない。それくらい僕にだってわかるよ」








    「落ち着いたか?」

    こくん、と頷いた。
    しばらく休憩していれば涙は止まり、呼吸も正常になった。カーヴェはアルハイゼンが落ち着くまでなにも言わなかったし、出来るだけ見ないようにしてくれていたように思える。

    「それはよかっ」

    べしっ。
    にこにこと頭を撫でようとして来たので払い落とした。腕を振り払われた不届き者は不満そうに唇を尖らせる。
    アルハイゼンは自分の喉に触れた。もう、喉につっかえる不快な塊はない。声は出る。嫌な熱も冷めた。なら、伝えたいことを伝えなければ。
    先輩に向き直り、口を開く。

    「涙と自律神経の関係くらい知っている。ながながとご高説をどうも。だが君に幼子のように扱われたことのほうが屈辱だった。ストレスで涙が出るというのなら、ストレスを悪化させたのは君だ。謝ってくれ」

    すっかり調子を取り戻した後輩の、淀みない言葉にカーヴェは一瞬ポカンとした。しかし、優秀な頭脳はあとからでも滞りなく意味を理解したようで。

    「こ、この…!!待て、アルハイゼン!…あぁそう、そうですか、『傷心』の後輩を慰めた先輩に、君の言うべき言葉がそれか!?」

    スタスタと去りゆく後輩の背を追って、緑の上着を翻しスロープを駆け降りた。
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