book古めの本棚にはぎっしりと並んでいて、入り切らないものは傍に平積みにされている。
キノコ図鑑は勿論の事、ミステリー、ファンタジー等々、多様な本が彼の部屋にはあった。
読書好きなんだね、なんて陳腐な感想を述べると謙遜しがちに「それ程でもないよ」と返してくる君の微笑み。
そういう事を思い出しながら、私は城下で一番大きな本屋にいた。
いつも菓子や花束を手土産に彼に会うが、たまにはこういうのもいいかもしれない。
…ところで、彼は恋愛小説を読むのだろうか。
キルシュ君が帰ったあと、彼がくれた本を読むことにする。
恋愛小説はあまり読まない方だけど、こういうのを読んだら、もっと上手く彼に愛を伝えられるのかな…。
今のままじゃ不満、なのかな………。
久方ぶりに彼の部屋に訪れたが、見たところ部屋には誰も居らず、帰ろうと思ったが、窓から見える程に増えた本が気になった。
試しに入れるかと窓枠に触れれば、容易く開いたのでこれは後で注意しなければと考えつつも、室内に入った。
足場があるかないかの部屋に多く置いてあるのは全て恋愛小説ばかりだ。
キルシュは一冊手に取り、ベッドに腰掛けて読もうとした所で、硬い感触を感じてパッと振り向き離れると、眠っているエンがそこにいた。開いたままの本が枕元にあることから、読んでいたら寝落ちしてしまったと推測できる。
元より寝癖と見分けがつかない、癖の酷い髪に触れて撫でていると、ゆっくりと瞼が開いて、何回か閉じたり開けたりを繰り返した後キルシュの方に視線を向けてきた。
「ん……キルシュ、くん……?」
「珍しいね、君が昼過ぎまで寝ているなんて」
「色々…読んでたから…」
怠そうに起き上がった彼に腕を伸ばして抱き寄せると、本のことを訊いた。
「恋愛小説が好きになったのかい?」
「………」
すると、彼は俯いて何も喋らなくなる。
「エン……?」
顔を覗き込むと、憂鬱げなそれでいて申し訳なさそうな顔をして口を噤んでいるので、その口に自分の唇を重ねた。
「……」
舌をねじ込もうとしても、拒むかのように一向に開かない唇。
キルシュは片手を髪の間に滑り込ませ、耳の端をそっと撫でた。
それだけで、エンの体が僅かに跳ねたのを確認すると、指先で耳を触り続けていく。
「んっ、ぅ……っあ!」
耐えれずに開いた隙間に舌を入れると、強く抱きしめながら深く深く味わっていく口腔を。
目を開けながらしている故に、ギュッと閉じた瞼から染み出す涙が余計に唆るが、この先は今はお預け。
唇を離すと、物足りなさそうな顔をしたエンに、キルシュは言った。
「理由を話してくれたら、続きをしてあげよう」
意地悪な条件だが、中途半端に昂った熱が行き場を求めて体内で疼くので、エンはおずおずと話し始めた。
「前にこういう本をくれたって事は…その…私の愛情表現が下手だからなんだよね…たから、私なりに研究しようと思って……君の不満を少しでも、失くす為にも…。でも読んでるうちに分からなくなっちゃったんだ。
ねぇ……キルシュ君。私なりに頑張ってはいたけど足りなかったのかい……?」
ああ、要らない心配をさせてしまっていたのか。
キルシュは悔いるような顔を一瞬すると、エンを優しく押し倒して言った。
「今のままで十分だ。君の恥ずかしがりやな『愛している』も、弱々しいハグも、遠慮がちなキスも。何もかも君らしくて私は好きだよ」
「キルシュ君……」
「要らない心配をさせてしまって本当に済まない。この償いは今からしよう」
と、もう一度唇を重ねられたが、今度はエンの方から絡ませていき、二人の絆を確かめあったのだった。