自覚したくなかったセンチメンタルあの強制デートの日から、ずっと彼の顔が頭から離れない。
起きてる時も寝てる時も、食事中も仕事中も彼のせいで常に上の空。
気づいたら今日はいつ来るのだろうと期待さえしてしまっている。
「はぁ……今日も、来なかったな…」
だが、ここ最近来ていないのだ。
すっかり枯れてしまった花束を捨てながら溜息をつく。
来たとして、どんな顔でどんな言葉で迎えればいいのかわからない。
それに、自分の気持ちを自覚すればする程最初からあった気持ちが背に爪を立てる。
『王族と平民では釣り合わない』
立てられた爪が何度も何度も引っ掻くせいで痛くて痛くて仕方ない。
解っている。解りきっているのに彼に会いたいと強く望むから毎夜泣く程に痛い。
そんな夜を過ごすのが嫌で、夜の街に足を踏み入れた。
酔っ払い、これから食事に行くカップル達、昼間とは違い、怖くも愉しい夜の街。
適当に歩いて見つけた店に入ると、カウンター席に座ってクローバービールをまず一杯。
キルシュの告白から始まった気疲れと、あの日から会えなくなった寂しさが酒のペースを進めに進める。
本来強い方ではないのに、その限界すら超えて飲み続ける。
「お兄さん、結構飲んでるね。嫌なことあった?」
若い男が話しかけてきたのに対し、ただ頷くエン。
「話なら聞いてあげるよ」
その男が酒に薬を混ぜたのに気づかずに、差し出されるまま飲むと、すぐに昏倒してしまった。
「さてと……」
男は不敵に笑ってエンを連れ帰ろうとしたが、止められた。赤毛の男に。
「俺のツレに何してんだ?」
「ツレ……?」
赤毛の男が纏う黒いローブには暴牛の紋章。
男は咄嗟に身の危険を感じたのか
「いや、その…酔いつぶれてたんで…」
「成程、介抱しようとしたのか。じゃあ、俺に預けな」
「ど、どうぞ……」
速やかにエンの身柄を渡して逃げていった。
「ったく、魔法騎士がなにやってんだか」
エンの懐に手を突っ込むと財布を出して勘定を済ませて出ていく。
翠緑の蟷螂の本拠地に向かって歩いていると、キルシュに遭遇した。
「君は黒の暴牛の…何故、エンを背負っている?」
「知らねぇ奴に薬飲まされて何かされそうだったから助けてやっただけだ。ったく、飲みに来たのに邪魔されたぜ…。丁度いい、テメェがコレ部屋まで運んでやれよ」
「言われなくてもそのつもりだ」
エンの体を受け取ると、思っていた通り軽い体を背負ってキルシュは夜の街の煌めきから離れていく。
ああ疲れたと言いたげに、両手上げて背筋を伸ばすゾラは反対方向に。
全然目覚めないエンをベッドの壁際に寝かせると、キルシュも隣に横たわった。
二人だと狭いシングルベッドの上、痩けた頬を覆う色の薄い皮膚が乾燥してるように見えて、指先で触れたらその通りだった。
こんなに窶れてまで、家族の為に戦う姿。
それに惹かれて百と数日。
掠れたような緑色の髪も、翠緑よりも深い翠の眼も、赤切れや乾燥等でかさついた手も、何もかも好きだ。
だからこの想いが彼に通じたあの日、本当に嬉しかった。
もっとデートしたかった。
そんな矢先に入ってきた任務のせいで、会えなくなった間、考えていた。
君はどんな風に想っているのだろう。
本当は一方的な私を満足させるための嘘の返事だったんじゃないか。
仮に、そうだとしたら……。
「…キルシュ、くん………」
目が覚めたのかと思ったが、ただの寝言だった。
思わず身構えてしまったのが馬鹿らしいと嗤うと、その次の言葉にキルシュは身を硬くした。
「だめ、……だめなんだ」
だめ。
何が?
何が駄目なんだ?
問いただしたくなったが、無理に起こしてそれを訊いたら彼はどんな顔をするだろうか。
言い方次第、その後の展開次第では二度と会えなくなるんじゃないか。
飛躍したような不安に急かされるように、エンの体を抱きしめて瞼を閉じた。
目を覚ますと、嗅いだ覚えのある気品ある桜の香り。
「キルシュ君………?」
朝日が差し込む開けっ放しの窓の先、彼が来てくれたんだと安堵してもう一度眠りの世界へ。
夢の中でも会えたらいいなと。