風諏訪エアコンのホワイトノイズが耳に心地良い。
聞き慣れたそれは諏訪の家のエアコンの音だ。目を開けると、暗闇の中にデスクライトに照らされた諏訪の姿が浮かび上がっている。俺には引き出すことのできない静の姿をただじいと見つめる。
遠征から帰るたび安堵したような諏訪の顔を見て、帰って良かったと思う気持ちと、帰りを待たないで欲しいという気持ちがわく。未来のことなど、確約ができない。諏訪には、傷付かずに幸せに暮らして欲しい。
衣擦れの音にこっちを向いて俺が起きていることに気づいた諏訪は、びくりと肩を揺らした。
「驚かせんじゃねーよ」
「そう思って黙っていた」
「黙って見てる方がこえーわ。ったく、ちったぁ酔いは覚めたか」
「あぁ、大丈夫そうだ」
「お前、酒飲む量気をつけろよな。俺が家にいなかったら熱中症で行き倒れてたぞ」
間違った帰巣本能か。酔うと自分の心に素直になる、人の常か。酔って正体を失うといつも記憶のないままに何故か諏訪の家に転がり込んでいる。今日も店を出たところまでは覚えているが、どうやってここまできたか覚えていない。
「諏訪は変わっているな」
「あ?なんでだよ」
「あんなこと言われたら、普通は気持ち悪がって避けたりするものじゃないのか」
あんなこと、と諏訪は一瞬宙を見て、先日のことを思い出したらしい。
「普通、とかよくわかんねーけどさ。んなことするわけねーだろ。つるんでんのが当たり前みたいになっちまってんだから」
感情を一切落とした顔で、言う。
「わかってないみたいだな」
立ち上がって、諏訪に詰め寄った。
デスクと椅子と俺に挟まれた諏訪は、逃げられない。
「ばか、やめろ、酔ってんだろ」
「はは、酔ってるぞ」
顔を、唇が触れそうなほどに近づける。
「こんなことされても、気持ち悪くないと言えるか」
「・・・・・・今更なんだよ」
諏訪の声は震えていた。
「俺だって、好きになりたくなかった、でも、」
もう一度、好きになるわけねーだろと言って欲しかった。お前を傷つけるかもしれないのに。それでも嬉しいと思ってしまうのは、酔っているせいだろうか。
「諏訪、もういい」
期待した答えを言わなかった諏訪の唇を、俺の唇で塞いだ。