拝啓 遠き世界のあなたへ
あれから季節はめぐり、ルクセンダルクには二度目の春が訪れています。そちらはお変わりないでしょうか。
ティズさんの為に駆け付けてきたアニエス様を連れて湯船に戻ろうと山を下る途中、オレはそこで初めてオレの中からあなたがいなくなっていることに気がつきました。何度も助けて貰ったのに、お礼の一つも言わせてくれなかった。きっと、あなたがオレの元に来たのは、ルクセンダルクを邪神の魔の手から救い出す為だったのでしょう。役目を終えた魂は元の世界へ帰らなくてはならない。ティズさんからもそう教わりました。けれどどうしてもあなたに言葉を届けたくて、今こうして筆を取っています。
あれからアニエス様は法王の座を辞し、ティズさんとご婚約されました。二度に渡り邪神を退けた奇跡の英雄と、和平を成した平和の象徴であるアニエス様の婚約は、ルクセンダルク全土で祝福されています。一部で心無い声をあげる方もいますが、英雄と名高いティズさんの存在に強くは出られないようです。ティズさん本人はその肩書きに恐縮しているようでしたが、それがお二人の幸せに繋がるならオレはそれで良いと思っています。きっとあなたも同じ気持ちですよね?
イデアさんは正式に聖騎士様の跡を継いで、新元帥として奔走しているようです。オレはまだ正教の使いとして顔を合わせることもありますが、以前と比べて話す機会はめっきり減ってしまいました。そろそろ息抜きさせないと爆発しそうだとアナゼルさんも危惧していたので、今度ガテラティオで人気のパンケーキ屋に誘おうかと思っています。あのパネットーネとエイミーがお店を出したんですよ!
マグノリアは今は月へ里帰り中です。一度は帰還命令を反故にしてルクセンダルクに留まりましたが、オレの隣で生きていく事を上司達にも認めて貰いたいのだと笑っていました。ゼネオルシア家でもマグノリアを迎える準備を進めている途中です。ここだけの話、マグノリアが帰ってきたら結婚を申し込むつもりなんです。彼女に驚いて欲しくて、ロータスさんに月のプロポーズの言葉も教えてもらったんですよ。答えはもう貰っているようなものなんですけど、やっぱりオレからもちゃんと伝えたいので。もし、マグノリアに会っても内緒にしてくださいね!絶対に絶対に内緒ですからね!
そしてオレは、以前と変わらず正教騎士団三銃士のリーダーとして活動を続けています。ジャンとニコライさんとオレの三銃士です。本来なら三銃士も解体になる筈だったんですけど、アニエス様から恩赦を頂いて、また三人で続けることが出来るようになりました。色々あったけれど、前より結束力が強くなったように思います。今まで知ろうとしてこなかったものに目を向けるのは辛い時もあるけれど、オレよりずっと先を見ていた二人に早く追い付けるよう頑張らないといけませんね。
最後に一番伝えたかったことを書き記します。オレ達と一緒に戦ってくれてありがとう。あなたの顔も名前もオレは何一つ知らないけれど、あなたがルクセンダルクを救いたいと願う気持ちは強く伝わってきました。あの日、オレの元に来てくれたのがあなたで良かった。次にあなたがこの世界に来る時は、オレではない別の誰かの元に降り立つのかもしれないけれど、それでも、オレはあなたとの再会を願っています。どうかまた会えるその時まで、あなたにクリスタルのご加護がありますように。
敬具
そうして机の引き出しの中にしまわれたはずの宛先の無い手紙が、いつの間にか無くなっていることに少年は気が付かない。その手紙を、狐を引き連れた赤い外套の冒険家がどこかへ持ち去ったことも。世界の隔たりを超えて、”あなた”へ届いていることも。