「バレンタインの話なんだけどさー、男からチョコ贈るのってどう思う?」
「えっ、ど、どう思うって…」
昼休みの時間。
教室で弁当を食べていると、一つの机を挟んで向かい側で惣菜パンを頬張っていた彼から突然先程の質問をされ、動揺する。
今は逆チョコという言葉もあるし、そもそも外国では性別関係なくお互いに愛や感謝を伝えあう日なので、男性から贈ったって構わないと思うし、想いをそうやって伝えるのは素敵な事だと思う。
けれど目の前の彼に好きな女の人でも出来て、その人にチョコ贈ろうと思うんだけどどう思う?という意味合いかもしれないと思うと、言葉を続けられない。
だって、好きな人に好きな人がいるなんて考えたくない。
彼の事だから深く考えずの質問の可能性もあるが、もし彼自身の話だったら、とてもじゃないが素敵な事だ、なんて言えない。
「おーいどうしたー?俺、そんな答えづらい事聞いた?」
「い、いや…相手との関係にもよるかなぁと思って」
それっぽい理由で濁し、遠回しに相手との関係を聞く。
彼はうーん、関係…と少し唸った後、口を開いた。
「まぁ友達かな。よく休みの日にお互いの家に遊びに行ったり」
「お、お互いの家に行ったことあるの?」
「おー、あと泊まった事も何回か…」
「と、泊まった事もあるの!?流石に付き合う前の男女がそれは良くないと思う!!」
「あ、俺言ってなかったっけ。贈る相手も男って」
「初耳だよ!?」
あーごめんごめん、と悪いと微塵も思っていない謝罪を返されるも、僕はいつものように心がこもってないなんて言う余裕が無くなっていた。
だって、相手も男?
男でいいなら僕でいいじゃないか。
しかも相手の家に泊まったりする程に仲がいいやつがいたなんて、僕は知らない。
休みの日どころか学校帰りにどちらかの家に遊びに行ったり、夏休みは田舎の親戚の家に一緒に泊まったりしていたのは僕なのに。
そこまで考えてふと気づく。
お互いの家に行ったり、長期休みの時は相手の帰省について行って泊まったり、他の人と一緒にいるような時間は無かった。
つまり、彼が話している相手は僕なのでは。
そう思ったら一気に体温が上がった。
嬉しさで緩む口元をばっと隠すと、彼がぎょっとした顔で僕の顔を見た。
「顔真っ赤だぞ!?熱でもあんの!?」
「い、いや何でもないよ」
「いや、そんな急に真っ赤になって何でもないわけねーだろ…保健室行こうぜ」
「だ、大丈夫!それよりさっきの質問なんだけど」
「チョコの話?それはまた今度でいいよ」
「いや!今言う!言わせて!」
「お、おう?」
まだ頬の熱さを感じながら、彼の手を胸の前で握る。
はっきりと僕とは言われてないので、気づいていないふりをして口を開く。
「そこまで仲がいいなら、きっとチョコ喜ぶよ。むしろ相手も好きだって思ってくれてるかも」
「そういうもん?引かれたりしねー?」
「しないよ!むしろそこで引くようなら縁を切った方がいいよ」
「そっか…安心した」
「うん、だから…」
「お前がそう言うなら間違いねーな!教えてくる!」
「…………教える?」
「おう!」
「誰に……?」
「それは、あー言っていいのかな…ちょっとついてきて」
教えるって何を?誰に?と疑問で頭がいっぱいのまま、隣の教室の入口まで彼に腕を引かれる。
ここで待つよう言われた気がして、手を離した彼が教室内の一人の生徒と少しだけ言葉を交わす。
するとその生徒と一緒に彼が僕の前まで戻ってきた。
よく見ればその生徒は一年の時に同じクラスだった子で、少し恥ずかしそうに口を開いた。
「…つまり、彼が同じクラスの仲の良かった友達を好きになって、バレンタインにチョコを贈ろうと思ったけど不安で君に相談したんだね…」
「そういうこと~」
「何だ…僕はてっきり…」
「てっきり?」
「な、何でもないよ。それより、チョコ贈るの勇気いるよね、でも相手の人、君の気持ちを馬鹿にするような人じゃないよね?だから、頑張って」
そう声をかければ、件の生徒は覚悟を決めた表情で力強く頷いたので、僕は笑みを返す。
「一件落着だな~じゃ、昼まだ食べてる途中だから戻るな~、行こうぜ」
「うん、それじゃあ…」
先に教室に戻っていく彼の後に続こうとすると、あのさ、と申し訳なさそうに声を掛けられて足を止める。
やや小さめの声で言われた内容に、顔に熱が集まる。
「い、いや、君のせいじゃないから!それと、ありがたう…あの、彼には内緒にしてね?」
それだけ言い残し、教室を去る。
熱の引かない顔で席に戻ると、彼が心配そうにこちらを見ていた。
「お前また顔赤いぞ?やっぱり体調悪いんじゃねーの?」
「本当に大丈夫だから、それより、あの二人上手くいくといいね」
「そうだな!でさー、こっからは俺とお前の話なんだけど」
「え、な、何?」
「お前料理とかお菓子作りとか出来るじゃん?」
「まぁ人並みには一応…」
「つまりバレンタインのチョコとかも出来るじゃん?」
「どう、かな…?」
「いや、きっと出来る。それに絶対おいしい」
「…何が言いたいの?」
「いやー友達からのチョコ、おいしいだろうな~」
「…つまり作って欲しいの?」
「おいおい、そこを言わせるのは野暮だろー?」
へらへらと笑いながら頬をつついてくる彼に、ああ結局彼の僕への気持ちってこんなものか、と少し虚しくなる。
別に作るのは嫌ではないけど、どうせなら僕だって彼から何かもらいたい。
つついてくる彼の手を掴んでやめさせ、今度は僕が彼の方に指を向ける。
「だったら今度の日曜日、お互いに作って交換しようよ」
そして日曜日。
僕の家で一緒に作ることで話がまとまり、一通り準備を済ませたところで玄関のチャイムが鳴り、ドアを開ける。
そこには想像通りの彼が立っていて、ほんの少しだけ雪が頭や肩に乗っている。
彼のさらさらの金髪にそっと触れて雪を払う。
「いらっしゃい。雪が降ってたんだね…迎えに行けなくてごめんね」
「お邪魔しまーす。今日降るなんか言ってなかったし、俺こそ道具の準備任せてごめんなー」
「ううん、準備も楽しかったから。あったかい飲み物入れるから、リビングで待ってて」
「おう、さんきゅー」
ホットミルクを入れて、彼に渡す。
「おっホットミルクだ、俺お前の作るこれ、少し甘めで好き~」
「ふふ、良かった。あったまったら作ろうか」
「お~ところで何作るか決めた?」
「それなんだけど、君は食べたいものにしようと思って。どれがいい?」
何個か候補の写真を彼に見せると、彼は長く唸った後、ちら、と僕の顔を見た。
「…一種類じゃないと駄目?」
「じゃあ二種類までなら…」
「もう一声!」
「えぇ?もう、じゃあ三種類ね」
「……」
「そんな見つめてきても駄目。三種類も作るわけだから、君も同じの作ってね?」
「ちぇ~。よし、一緒に作ろうぜ、そしたら早く終わるし!」
「それはもうお互いに作ったとは言えないけど」
「いいじゃんいいじゃん、よーしやるぞー!」
そうして決まった三種類、ガトーショコラ、チョコムース、トリュフを彼と一緒に作っていく。
ほとんど僕が作ることになるかと思っていたが、初めての割に手際のいい彼を見ながら、もしかして誰かに作ったことがあるのではと複雑な気持ちになる。
チョコレートを湯煎にかけていると、彼がほぉ~と言いながら僕の手元を覗いてきた。
「お前やっぱ上手いな~」
「えっそ、そうかな」
「おう、俺なんか最初の時ぐるぐるしすぎて空気混じってるって怒られた」
「作った事あるんだ…」
「作ったって言っても家族が作ってるとこ見て楽しそう!って少し手出しただけで、最後までした事ねーけどな」
「ああなるほど、ちょっとやってみたくなるよね」
「だよな~」
作ったことがある事に胸がちくりと傷んだが、その理由に安心する。
かくいう僕も初めてでは無い。
実は件の生徒の家に昨日お邪魔して練習をしてきた。
帰り際に言われたのは、自分のせいで紛らわしい事になってごめん、お前も頑張って、という内容で、僕の彼への気持ちはその生徒にはバレてしまっていた。
その時は恥ずかしさでいっぱいだったが、むしろバレたなら協力するのもいいかと思い声をかければ快い返事がもらえた。
そうして試行錯誤しながら何とか形になり、お互いに頑張ろうと気合を入れて、今日を迎えた。
今のところ順調に作れているので、手元から目を離し、楽しそうに鼻歌を歌っている彼を見つめる。
遊んだり泊まったりは何度もあるけど、こうして一緒に作るのも幸せだな、なんて考えていると、ふと彼がこちらを向いた。
緩んでいた口元を引き締め、どうしたの?と冷静を装い問いかければ、湯煎そんなかけて大丈夫?と聞かれる。
「えっあ…ぼーっとしてた…」
「お前でもそういう失敗するんだな~あ、まだ大丈夫そう」
「ごめん、気をつけるね」
「それはいいけど、キッチンでぼーっとするのは危ねーぞ?疲れた?」
「ううん、ちょっと考え事してて…」
「悩み?」
「ううん、君とこうやって一緒に作るの、幸せだなぁって…あ」
チョコの甘い香りで頭が少しふわふわしていたのか、するりと本音が口から漏れてしまう。
どう思われるだろうかと彼の様子を窺えば、少し目を伏せた後、俺も…とはにかんだ笑顔を向けてくれた。
思わず手を伸ばしたところで、彼がくるりと背中を向ける。
「さーてと、俺はこっちでメレンゲ作っとくわ」
「あ、うんよろしく」
中途半端に浮かせた手を下ろし、僕も作業を再開する。
チョコを食べる時に告白しようと思っていたのに、危うく今伝えるところだった。
だって、あんな笑顔、反則だ。
暫くして、煩悩を何とか振り払い、無事に三種類のチョコスイーツが完成した。
彼は目をきらきらさせ、色んな角度から写真を撮っている。
「ほら、写真はその辺にして食べよう」
「は~い、んじゃ、いただきまーす」
二人で席につき手を合わせる。
スプーンでムースをすくい、口に含んだ彼がん!と小さく声を漏らし、口元をほころばせる。
「おいし~!」
「ほんとだね、上手く作れて良かった」
「トリュフもおいし~」
「ガトーショコラも切り分けるからちょっと待ってね」
「は~い」
席を立ち、彼の笑顔に僕も嬉しくなりながらキッチンでガトーショコラを切り分けていると、スマホから通知音がした。
そういえば作り方が不安な時に見たまま、キッチンに置きっぱなしだった。
スマホを手に取り、通知を開く。
それはよく使っているSNSからの通知で、友人からお前らついに付き合ったの?というメッセージが届いていた。
お前らって誰と誰が?と思いながら、引用された内容を見て、スマホを落とす。
落とした音にびっくりした彼がこちらに小走りでやってくる。
「包丁落としたのかとひやっとした~どうした?」
「あ、の…これ…」
「これ?」
上手く言葉を紡げず、落としたスマホを指さす。
これ?と彼がスマホを拾い上げ、立ち上がったままのスマホの画面を見て、あっ!!と大声を出し、スマホを落とした。
僕のスマホぼろぼろになるな、なんて頭の片隅の冷静な自分が言っているが、そんな事どうでもいい。
先程彼が沢山撮っていた一部の写真と一緒に投稿されたコメントはこうだった。
『一緒にチョコ作った!一応これ好きなやつからチョコもらった扱いでいいよな!』
ぎこちない動きで彼の方を見れば、そうだった、これお前も見えるじゃん…と顔を押さえて悶えていた。
愛しさが込み上げて彼を抱きしめる。
彼がびくっと体を跳ねさせ、な、何!?と上ずった声を上げる。
少しだけ体を離し、彼の瞳をじっと見つめる。
「僕も、好きな人からチョコもらったって事でいいよね?」
「そ、れって…」
「うん、君が好きだよ、僕が先に言うつもりだったのになぁ」
「あ、あれは浮かれてて…」
「うん、それだけ喜んでくれてたって事だよね、嬉しい」
「う…」
「好きだよ」
「二回も言わなくていいし…お、俺も…すき」
小さな声で彼の口から聞く気持ちに、胸がいっぱいになる。
そのままもう一度ぎゅうっと強く抱き締めてから、腕を離す。
「とりあえずチョコ食べようか」
「おう、そうだな…」
「あ、その前に返事しないと」
「返事?」
「ついに付き合うことになりましたって」
「あーやめろやめろ!消すから!」
「恋人記念日として残しておこうよ」
「無理!恥ずかしすぎて耐えられない!」
「じゃあスクショだけ…」
「それも勘弁して!」
真っ赤な顔で慌てる彼に、ますます好きの気持ちが大きくなる。
残しておきたいけど、彼がそこまで言うなら仕方ないので、じゃあ代わりに、と額にキスを落とせば、耳まで真っ赤にして固まってしまったので、その口にチョコを放り込み、僕もチョコを食べる。
先程よりも甘く感じたそれに、恋人からのチョコはまた特別なんだな、なんて考えた。