生足魅惑の酔っぱらい春の西風が俺たちを刺激する。セシリアの花の香に紛れたアルコール臭がモンド人の魂を揺らす今日この頃、モンドには露出狂が現れる。
俺はモンド人のはずだが、この光景を見る度に自身のアイデンティティに自信が無くなる。もう、慣れたものだ。
春の風物詩、酒に溺れた本能が暴れ出すのは、いつだって葉も空も碧々とした季節で、日差しも眩しい。夏はもっと清らかなものだと信じていた、幼い自分を羨んだ。
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肌色の四つの手足が生えた、肉の塊は狂った旋律を口ずさみながらモンドの城下町を駆け下りる。駆け下りると言うより、時々つんのめって転がっていくので、ボールみたいだ。恐らく、その酒臭い口から奏でているのは、教会でよく使われる聖歌だと思われる。さぞ、風神も喜んでいるだろう。人間の姿は保って居るので、やんちゃなモンド人に違いは無い。酔った体で細い路地に入っても、コーナーを綺麗に走りきる脚力には感服だ。意外と追いつけない。正門から脱走していくのを止められず、小さな溜息をつきながら見守る。
ついに、そのモンド人は門の先の橋梁まで辿り着き全身の眩しい肌色に光を反射させながら湖へダイブする。ちなみに、橋梁の端にいるティミーの視界は、俺の手で塞いだので安心すると良い。
今日もモンドの美しい湖に、ぷかぷかと肌色の何かが3点浮かんでいるだろうか。アヒルたちも何となく居心地悪そうで不憫だ。
普段、この有様を見た良識ある市民の通報を受けた騎士団が氷元素持ちを派遣させる。
凄く嫌だが、やむ無く回収に向かうのが定例だ。
西風教会から派遣されたシスターロサリアは、門の付近でこちらを伺いながらかなり大きな舌打ちをしている。淑女として少し、音を抑えた方が良いのではと思うが、言わぬが花である。
そして何故か、俺の横ではモンドの助祭サマが色素の薄い宝玉のような瞳をキラキラとさせながら、橋梁の欄干に身を乗り出して、ぷかぷか浮いてきた肌色を眺めている。
元凶はこいつである。
ここに浮かぶ3人酔っ払いは、この助祭サマが昼間から飲み比べをさせて完成したので違いない。同じ空間にいた俺は証人として、ジンに子細を報告することになるのだろう、この話題に子細とかは存在しないが。
今も俺の横で、人間てこんな風に浮かんでくるんですね〜とか、体の中って風船みたいに空気が沢山詰まってるのですかね?とかほざいている。
「あ、あのアヒル可愛いですね。チキンのスイートフラワー漬けに使えるでしょうか。」と呟きながら助祭様は欄干から降りて俺を振り返ると、特徴的な虹彩を細めてご機嫌そうに、じゃあ、お疲れ様です、と去ろうとするので、彼の足の爪先が向いた方向へ2m程の高さの氷の壁を生やしてやった。
勢いよく付きたった氷に、目を丸くしながらこちらを振り返り、半目の俺と見つめ合うこと10秒、彼は両手を顔の横の高さまで上げた。
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助祭様が責任を取るために、水から引き上げるのを手伝うとは言ったものの、酔っぱらいがモンドの空を舞うとは思わなかった。
具体的には、司祭が水面に魔法陣を敷き、そこから酔っぱらいを天に向かってはね上げる方法で救出を行った。
力加減が難しいのか、おそらく協会の屋根くらいの高さまで飛んでいたと思う。
慌ててウェンティが風で受け止めて小言を言っていだが、あなたなら助けてくれると思いました、とか言ってお礼に酒を奢りに去っていった。その様子をロサリアと眺めていたら、何だか無性に喉が渇いたのだった。
fin