他課の同僚の女性について 職場に美しい男の子がいる。
本当に美しいので、王子様と呼ばれていて、そして彼は振る舞いも美しいので誰からも少しだけ距離を置かれていた。
わたしもそうなので、少しだけ親近感を持っている。
もちろんわたしは普通の、少しだけみんなと上手く合わせられないだけの、少しだけ嫌われている女なので一緒にされたくはないと思うけど。
「よりぴが振られたの!?」
と言った時に、同じテーブルに座った3人の顔が少しだけ強張ったことには気付けた。多分声が大き過ぎたんだと思う。パフェをひと口入れて、会話のタイミングがズレたのを誤魔化した。
「うん、振られたんだって千葉さんに。あんな美少女でも駄目かー」
「うちの男子はみんな調子乗ってんね」
「でもあの子さ、前に茅ヶ崎くんが好き♡って言ってなかったっけ」
と、疑問に思ったけどこれも失敗だった。場が白けたのを感じる。
「もー本命隠しに決まってるじゃん、あんたが天馬くん好き好き言ってるのと一緒でしょ」
「茅ヶ崎くんはさ〜アイドルと一緒じゃんね、うちの会社の会いに行けるアイドルだもん」
え、それってなんか、茅ヶ崎くんのことなんだと思ってるんだろ、と思ったけど、大人しく、あそうだよねわかる〜、と言って黙っておく。いや黙ってしまってはわたしのキャラじゃない。
「確かに、天馬くんとお付き合い出来たらめちゃくちゃハッピーだけど、そりゃマジの告白とかはしないしできないか〜そうだよね〜」
「皇天馬フィルター通さないとわかんなかったのウケるわ」
「安定だねー」
よし、よかった、とりあえず大丈夫。まだ友人をやってくれると思う。
この不安定な友人関係は少し疲れるけど、アメリカに留学中の彼氏はわたしのことを愛してくれているし、大丈夫。わたしの人生はまだ、大丈夫。
狭いテーブルに乗った3つのパフェは同じだけ減っていて、もう少し早く食べないと、溶けきってしまいそうだった。
茅ヶ崎くんはどうなんだろう。
ただの同僚の、課の違うわたしからは孤立してるように見える。
でもわたしが一人ではないように、彼にも、寄り添ってくれる誰か、もしくは何か(推し、とか)がいるのだろうか。いや、所属している劇団では本当の彼を晒せているのかも。さっきあった劇団員だという彼は、かっこよくて印象がよかったな。よく知らないけど、女性の劇団員もいるのかもしれないし。
くるくると薄く切られたオレンジを摘む。
「でもさ、今日あたし誘ったけどさ、茅ヶ崎くん来れなかったの逆に良かったのかも」
「なんで?」
「茅ヶ崎くん、最近香水変えたの知ってる?」
「お────っと!?」
「ついに王子様に女の影が?」
「この前たまたまエレベーターで一緒になったから気付いたんだけどさ、どこのだろあの香水、なんか、女の人がつけるみたいなのだったんだよね」
「うっわやば────いそれはやばすぎ」
「どんな?どんな匂い?」
うーんと言いつつ、じゅわとオレンジを噛み、あの時ふわりと漂ったフレグランスを思い出す。男性の香水にありがちな、シトラスではなかった。花と果実ばかりではないような、いい匂いだった。
「えーとね、重たい感じの、フローラルだけどウッディみたいな」
「うわいい女系の匂いじゃん」
「捕まっちゃったなぁ〜それは、やばい女に」
やばいかどうかはわからないけど、趣味のいい女ではあると思う
「そうでしょ、もう絶対質問責めに遭うからさ、かわいそうじゃん」
「えーなにいい子ぶるじゃん」
「そんなこと言って気になるでしょ実際」
また間違えた。
「年下は天馬くんしか興味ないの!」
「出たよ」
「出たねえ」
けらけらと嗤われて、ひと安心しつつ、うん、でもやっぱり、あーあ、移動か転職を考えた方がいいかもな、とひと足先に半分まで減らしたパフェを突きながら考えた。
次の人間関係でも、美味しいパフェを教えてくれる人がいるといいけど。