お前なんか大っ嫌いだ「まーたお前か、ギャビン。」
不良少年に呆れつつも楽しそうに笑う彼が好きだった。
「喧嘩はバレねぇようにするんだよ!ちっとは学習しろ!」
警官のくせに自分を庇って怒ってくれる彼が好きだった。
「男前になったな!顔の傷は男の勲章だぜ?」
どんなに忙しくても病院まで駆け付けてくれる優しい彼が好きだった。
「あの不良少年が警官か…世も末だな!まぁ宜しく頼む!」
肩を組んで同僚に紹介してくれる世話好きな彼が好きだった。
そんな彼から笑顔がなくなった。この世に絶望し毎日酒に浸り死を望むようになった。堕ちてゆく彼を必死に引き止めようとした。縋る想いで昔の様に悪態をついてみた。少しでも彼の感情が戻ることに賭けて。虚ろな目をしながらも僅かに反応してくれた彼に安心した。だから悪態をつき続けた。同時に周りからの評価はどんどん悪くなっていったが、彼から死を遠ざける為ならそんなことどうでもよかった。
ある日アンドロイドが彼の前に現れた。そのアンドロイドは彼の固く閉ざされた心を開いていった。自分には彼とアンドロイドを遠目から見守ることしか出来なかった。ただただ悔しかった。人間でもないプラスチックの機械に負けた自分が許せなかった。
革命後、彼は完全に笑顔を取り戻した。めでたく嫌われ者となった自分は彼と距離を置くことにした。立ち直った彼に迷惑をかける訳にはいかない。自分が関わることがなくても彼が幸せならそれで良いと。
「ギャビン。」
声の主に気付き目を合わせないようにした。彼が来る前にこの場を離れなければならない。
「何故僕らを避けるんです?」
「気のせいだろ。」
通り過ぎようとした腕を強く掴まれる。逃がしはしないという意思が伝わってきた。
「僕は君が嫌いだ。横柄だし、乱暴だし、僕たちアンドロイドを道具としか見ていない。何よりハンクが君を気にかけているのが気に入らない。」
いきなりの宣戦布告に、怒りでアンドロイドの胸ぐらを掴んだ。コイツに何が分かる。
「やっと目が合った。」
高性能レンズの瞳に射抜かれ、思わず舌打ちした。
「君に感謝はしてるんだ。」
「テメェに感謝される筋合いはねぇ!」
「ギャビン、ハンクを繋ぎ止めてくれてありがとう。」
「…何の話だ。」
予想外の言葉に動揺した隙を見逃さなかったアンドロイドは、あろう事か腕の中に引き込んできた。
「何しやがる!離せっ!」
「君には何度か補導歴があるね。当時担当していたのはハンクだった。」
「……それがどうした。」
「以前『ギャビンは手のかかる息子…いや、弟みたいなもんだ。』とハンクが言っていたよ。嬉しそうに。」
「……。」
もう暴れる気力がないと判断したのか、アンドロイドはハグの力を少し弱めた。
「どういう訳か、コールが亡くなった時期と君の始末書が増えた時期が重なるんだ。ギャビン《弟》が悪足掻きしてくれたからハンクは死にきれなかったんだよ。ハンクを生かしてくれてありがとう。」
視界が滲むのは気のせいだ。何故このアンドロイドは人の心に土足でズカズカと入り込むのか。
「僕はハンクが悲しむことはしたくない。ハンクは勿論、ハンクに関わる全ての人やアンドロイドは幸せになって欲しいと思ってるんだ。それにはハンクの《弟》でもあるギャビンも含まれる。」
まるで子供をあやす様にポンポンと背中に手を置かれた。
「君は単純バカだからね。」
「バカとは何だ!」
「どうせ自分は用済みだと身を引いたんだろう?君が僕らを避ける様になってからハンクは元気がない。寂しがってるよ。それはギャビンも同じじゃないか。」
この最新鋭のアンドロイドには全てのお見通しだった。見透かされた悔しさと羞恥心を誤魔化す為に軽く背中を殴ってみた。クスクスと耳元で笑い声がする。
「君は君自身が思っている程嫌われてないよ。安心して。」
「煩い。」
腕を解放し、ネクタイを締め直したアンドロイドが姿勢を正す。
「不本意ながら、僕の最重要任務遂行には貴方の協力が必要不可欠。協力して頂けますか?リード刑事?」
始めから分かっていた。誰も悪くない。自分の不甲斐なさをアンドロイドのせいにして虚勢を張っていただけ。このアンドロイドに嫉妬していただけ。そうしないと自身を保てなかったから。
「…協力してやるよ。ポンコツ一人には任せられねぇからな。」
差し出された手をこれでもかと言うぐらい強く握り返した。
「おい、コナー。お前の飼い主に伝えとけ。俺の兄貴を名乗るなら酒は止めろってな!」
「兄貴…ギャビンがハンクの弟…」
LEDを点滅させ思案するアンドロイドに嫌な予感がした。
「ギャビン、コナー義兄さんって呼んでくれてもいいよ。」
変異体が自信満々にウインクしてきた。やっぱりコイツが嫌いだ。絶対言ってやるもんか!クソプラ野郎が!
『ありがとう、コナー。』なんて。