蝙蝠①金目の物だから欲しいとか盗って困らせてやろうとか、そんなんじゃないんですわな。これはねぇ厄介ですよ。盗み自体を衝動的にやってしまうもんでしてね。窃盗癖ですよ、息子さん。
盗みを繰り返していた事がついにバレた際、精神鑑定を行った医師が親に告げた言葉をぼんやり思い出していた。物心ついたときから連れ添っているこの謎の衝動は、平穏な生活を破壊した元凶である。酷く心を痛めた両親に家を追い出され、流れ着いた先でもなお盗みはやめられなかった。
気がつくと床に組み敷かれていた。ここの家電屋は少し古い建物で、入り口は狭く外から中の様子は見えにくい。建物の奥に店主がいるだけ。防犯カメラが無い代わり鏡が置いてあったが、店主の位置からは全て見えないはずだった。ホコリっぽいし薄暗くて店としての活気も全く感じない。だのに万引きにここまで敏感だったとは。奪い返した延長コードと俺を交互に視線を送る男、ここの店主と思われる人物だ。
「…”知らない顔”」
万引き犯に慌てふためく訳でも怒鳴り散らす訳でもなく、そう一言だけ呟くように口を動かした。その目は酷く疲れているようにも見えた。
店主が妙に落ち着いていて異常だとは感じていたが、同建物内の倉庫じみた半地下室にぶち込まれた時点で確信に変わった。これはこの街に来た時小耳に挟んだ黒社会の人間じゃないか?どうやらその構成員が一般の店を装って経営している所を自分は窃盗対象として選んでしまったらしい。対抗勢力だとかの関与を疑われるのは当たり前のことで、半日ほど念入りに拷問じみた尋問を受けた。だがその最中にふと思う事があった。我ながらに何とも突拍子も無い。頃合いを見て提案してみるとあの無表情な男も流石に困惑したらしく、しばらく低く唸ってから姿を消した。そしてまた半日ほど放置され夜が更けて来た頃足音が戻って来た。
「試用期間だ。そして俺が今からお前の教育係。お前が言う盗みの技術と情報が役に立たなきゃすぐにでも殺す。ヘマをしても逃げても殺す」
案外変なアイデアも言ってみるもんだな。窃盗は社会的に見れば犯罪だ。この衝動を殺す気にもなれず今までの生活は非常に窮屈だった。ならば犯罪が日常の中で生かしておけば良いのではないだろうか。隠さないでおいておける場所で。
”仲間にしてくれないか?”
疲労困憊の頭をどうにかして縦に動かす。すると椅子ごと乱暴にひっくり返されるように解放される。男はさっさと地上階へ続く階段を先に行く。ふらつきながらその後を追った。これが水波や黒社会との出会いだった。
この暴力的な水波が、現在の身内に気さくな男になるのはまた別の話だ。