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    クローゼット⑤
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    #クローゼット
    closet
    #ホ室長
    headOfTheEChamber
    #ギョンフン
    #サンウォン
    ##クローゼット

    湯煙 ――何かまずかっただろうかと思い返すも、まずいことしかしていない気がする。
     ギョンフンはサンウォンにねじ込まれた茶煙草をふかしながら、酒の酔いと余韻を味わう。
     同性同士ならではの気安さなのか、家族のような親近感か、サンウォンはギョンフンが触れても避けない。
     その理由が、医療従事者等に対してと同様にギョンフンを信頼してのことなら、自分はもう彼に触れるべきではない。
     今夜は、恋ゆえのときめきだけではない穏やかな幸福感の方が勝っている。だからこそ、からかうような言い回しができたのだ。
     魔除けや浄化の作業なら自分も邪な気持ちは無い。ただ、やり返されてしまうと、途端に期待に揺れてしまう自分に戸惑う。お互いそういう関係を望んでいるならまだしも、一方的に弄ぶようなかたちで自分の欲望を満たしたいだけではないかと自戒する。
     煙草を灰皿に放置し、野営の気分を思い出しながら目を閉じる。
    「ホ室長」
     しばらくして不意に、サンウォンの声が聞こえた。寝ていないことを伝えようと、声がする方に顔を傾ける。
    「はい……?」
    「俺、このまま風呂入るから――……にしてくれ」
     足音と声が遠ざかっていくのはわかったが、間がよく聞こえなかった。
     そのままでいいと言ったのではないかと思うが、違ったら困るかもしれない。
     重いまぶたを開け、煙の残る部屋に意識を戻す。ミョンジンを罠にかけようとしていた時も、このソファでビールを飲んだ後に寝てしまったことを思い出す。
     バスルームに向かう廊下に裸足でぺたぺたと足音を響かせる。
     二人暮らしにちょうどいいと聞いていたものの、新しいヨン家も充分広い一軒家だ。
     どうして例のクローゼットのあった前の北欧風の家を選んだのかと聞いたら、浴室が上の階にもあり、下の階にはサウナが付いていたからだそうだ。贅沢だなと思ったが、これから年頃になる娘とおじさんになっていく父親が暮らすには、その選択は確かに正しい。
     今住んでいる家のバスルームは一つだが、トイレは個室タイプで一階と二階にそれぞれあり、洗面所も風呂場の外にある。トイレの脇にシャワーしか付いていない家が多い中、座って身体を洗ってから、ゆっくり湯に浸かるタイプの風呂場はこの家が初めてだ。それが一般的なスタイルの、日本の建築家が建てたらしい。
     湿気とともに花と聖油の香りが肌に届き、浴室の扉をノックして声をかけた。
    「アジョシ?」
     「開けていい」と聞こえたので少しだけ扉を開け、顔をのぞかせた。
    「先に入りたかったか?」
     サンウォンは浴槽に浸かっているようだ。
     立ったままだと身体を見てしまうかもしれないと思い、そのまま目線だけ合わせるように座り込む。
    「アジョシ『風呂入るから』の後、何か言いました?」
     腕を浴槽の縁にかけ、サンウォンが笑う。
    「片付けは後で俺がやるから、テレビを使うなり寝るなり好きにしてくれと言ったんだ。気持ち良さそうに寝てたから」
    「ああ……ならいいです。イナちゃんがいなくても、薬湯バスボム使ってくれてるんですね。まだあります?足りなければ作っておきます」
     茶煙草の時と同じ流れの既視感に、図々しい自分を自覚する。軽々しく未来の約束ばかりして、どれだけここに居座るつもりなのか。
    「いっそイナと一緒に作ればいい。材料費は出すよ。魔除けに必要な作業以外は手伝えるだろうし」
    「それなら、アジョシも一緒に」
     ギョンフンとイナが仲良くなってもしょうがない。退魔師としてやるべきなのは、父娘の関係の修復を手伝うことだ。
    「そうか。金だけ出して関わらないのは良くないな――君に気付かされたのに、まだ癖が抜けない」
    「重曹とクエン酸と塩を聖油と混ぜて、中に花びらを入れて固めるだけです。儀式は作る前と後だけ」
    「わかった。イナと相談して、いつやるか決めよう」
     文字通り憑き物が落ちすっきりした顔で、サンウォンは素直に頷いた。
     気分を落ち着かせる香りに包まれているせいかもしれない。自分もそうだ。
    「――正直、僕はあなたにあまり期待していませんでした。だから最初は退魔師であることを隠し、真相を隠したまま、自分だけで解決しようと思っていました」
     ばれるまで業者として処理を続け、放り出されても近くで待機して、タイムリミットまで隙をうかがうつもりだった。
    「期待?」
    「そもそも行方不明自体に虐待や育児放棄が関わっていたから、僕がこれまで誰も助けられなかったわけです。ミョンジンの父親の虐待は可能性としては有り得ると疑っていましたが、殺人まで犯していたとは思いませんでした。あなたが異界で見たと言った彼以外の大人も、おそらく子どもにかなり酷い仕打ちを――でも、あなたたちの父娘関係が良くなかった原因は、交通事故でスンヒさんを失ったことがきっかけでした。それから、一番イナちゃんが嫌だったのはあなたの不在と孤独感です。賞をとった自分を見せたかったのも、たくさん賞をとって飾ってるあなたに認めて欲しいからで、あなたのことをちゃんと尊敬して愛している。二人は似ているんでしょう。元々あなたには逃げ癖があったみたいですが、売れっ子で忙しすぎたのが困りものですね。心身が弱ると人間は、自由な自分を取り戻すために責任や義務から逃げようとします。娘と自分を同時に癒すことができないジレンマに苦しんでいた。二人を支える助けが中々見つからなかったのは、ミョンジンが仲間を呼び寄せる力が強くなっていたからです。僕が介入すればまだ間に合うかもしれないと思った」
     言わずにいてもいいかと思ったが、自分がサンウォンと関わっていたいと思えるのも、それが理由だ。
    「どうかな。今でも毎日のように、自分はいい父親の振りをしたいだけで何もわかっていないと思ってる」
     サンウォンが特別、弱いわけではない。
     ギョンフンも母親が死んだ時は、やり場のない気持ちに苦しんだ。
    「そうやって自分を疑えるのは、ちゃんと向き合おうとしているからです。それが大変だと知っているから、弱っていたあなたは本能的にそこから逃げようとした。でも多分、大丈夫です。僕は、あなた自身が自覚しているよりもずっと、あなたは愛情深いと思います。だからスンヒさんも不器用なあなたを助けてきた。最終的にあなたが僕の指摘に素直に反省できたのも、異界に向かおうと決意したのも、愛情や幸福の大切さを知っているからです」
     あの決意を聞いた時、ギョンフンはまた救えないかもと覚悟して捨てかけていた希望を信じることができたのだ。
    「色々と助けてくれて感謝してる。君も自分で思っているより、喋るのが好きみたいだな。それとも、酔うと喋りまくって眠くなるのか」
     潤んだ目と上目遣いの直撃を避け、ギョンフンは頷いて目をそらした。
    「ええ……まあ。この後アジョシが寝るつもりなら、僕ももう寝ます」
    「だったら今、風呂に入れば?俺はもう少し浸かるけど、身体は洗い終わったから」
    「アジョシが入ったままで?」
     人の気も知らないで気軽に言うものだ。何の意識もされていないのだとわかり、憎らしくなる。
    「寝る前に俺も話したいことが少しある」
    「――はぁ。じゃあ、お邪魔します」
     出たら寝ると宣言してしまったし、確かにずっとここを開け放して浴室を冷やすより合理的な提案ではある。
     薄いタオルを腰に巻いて入り、座って上から順番に洗っていく。
     独りで入るなら立ってシャワーを浴びても良いのだが、サンウォンにお湯がかかったり、余計なものを見せるのもどうかと思っての措置だ。
    「話って何です?」
     頭と顔を洗い終わったところで、リラックスしきった様子のサンウォンと目を合わせ、ギョンフンはそう問いかけた。
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