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    MASAKI_N

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    クローゼット⑭
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    #クローゼット
    closet
    #ホ室長
    headOfTheEChamber
    #ギョンフン
    #サンウォン
    ##クローゼット

    兄弟 イナとマダムが話す間、サンウォンは夕飯のおかずを買い足しに出かけた。買い物から戻ると、家の前の道路に見慣れない車が停まっている。そういえばマダムが迎えが来ると言っていた。
     覚えのある香りがして目をやると、玄関から少し離れたところで、黒いロングコートの男が煙草を吸っている。
     背格好も髪型も似ているから、てっきりギョンフンがいるのかと思ったが、違った。
     ギョンフンは顔のパーツが丸みを帯びているが、振り向いた彼はもっと直線的な印象だ。
     涼しげで鋭い目はサンウォンの姿を認めた瞬間、はっとしてから、切なげに潤んだ。
    「……――ン」
     微かに発した声のかけらが届く。
     彼は懐かしむような顔になり、それから、どこか悲しそうな目で黙った。
     どう声をかけたらいいのかわからず言葉を探していると、玄関のドアが勢いよく開く。
    「ウォンフン、師匠が呼んでる」
     玄関からギョンフンがイナを連れて出てきて、彼に呼び掛けた。
    「パパ、お帰り」
    「アジョシ、お帰りなさい」
    「ただいま――弟さん?」
     会えるのはもっと先だと思っていたが、名前の響きや呼び掛けの感じからいって、多分そうだ。
    「ええ。ウォンフン、こちら――ヨン・サンウォンさんと、娘さんのイナちゃん」
     どうやら着いてすぐ一服していて、挨拶はまだらしい。
    「ホ・ウォンフンです。どうぞよろしく。はじめまして、イナちゃん」
     子どもは好きなのか、ウォンフンはもの凄く優しい顔になる。
    「……はじめまして」
     イナもギョンフンと彼を見比べて、驚いている様子だ。
     ギョンフンはサンウォンの荷物を半分引き取ると、玄関のドアを大きく開いた。
    「寒いから、煙草は消して中に入って」
     泊まらないとしても、話が長くなりそうだ。すぐ食べられそうな物を多めに買って良かった。
    「ウォンフンさんも退魔師なの?」
    「そうだよ」
    「室長と似てるけど、似てないんだ」
     そう。兄弟にしては似ていないが、他人にしては似ている。
    「そう。お父さんとお母さんは違うけど、一応、血は繋がってるんだ。名付け親も同じ」
    「そうなの?」
     新たな情報だ。マダムを迎えに来たということは、おそらく師匠も彼女だ。
     彼女ならトム・フォードでもグッチでも上手く選んで二人に着せられるだろう。マダムのおかげで、前から疑問に思っていたその辺りのことに合点がいった。
    「そうなのか」
     ギョンフンと目を合わせたら、やや疲れてはいるが、もう何もかも諦めた様子で頷いた。
    「親戚なんです。退魔師は体質なので、その一族」
     イナはずっとウォンフンの顔を見ている。見惚れても仕方ない色男だと思うが、好みのタイプなのだろうか。
    「お兄さん……前にどこかで会った?」
    「ははは、う~ん、夢の中かな?」
     笑い方はまた、ギョンフンと似ている。いや、もしかして二人ともマダム由来か。
     ウォンフンとイナはリビングに着くと、そのままマダムと話し始めた。冷蔵庫に飲み物をしまい、サンウォンはギョンフンと夕飯の支度にとりかかる。
    「ギョンフン」
    「はい」
    「しばらくこっちにいるなら、イナのコンサートにあの二人も呼べるか?」
     イナは人見知りする方なのだが、懐く時は初対面からわかる。マダムとウォンフンは後者だ。
     チケットは家族分もらえるし、席が埋まった方が喜ばれる。
    「ああ……多分。春節の近辺は忙しいですが、年末年始は仕事を抑えていると思うので」
    「じゃあ、俺から誘ってみる。ドレスアップにも慣れていそうだし」
     ギョンフンの盛装も、密かに楽しみだ。
    「師匠ならイナちゃんと控室にも入れますしね」
    「そこまで甘えるのは悪いだろ。招待客としてでいい」
    「イナともさっきその話をしていたんで、師匠が面倒見てくれると思いますよ。僕たちといるよりお互い楽しいでしょうし」
    「ならいいが」
    「師匠も僕の家族です。遠慮は無しだ。その代わり、こっちにいる間は僕らもがんがん使われますんで覚悟して」
     卵を割りながら、ギョンフンは想像してちょっとうんざりした顔をする。
    「弟さん――色男だな」
     率直に一般的な感想を述べると、ギョンフンはさらに複雑な表情でため息をついた。
     ただ、サンウォンがイメージしていた『父親と静かに暮らしているギョンフンの病んだ弟』とは、かけはなれている。
    「だから、会わせたくなかったんです」
     わかりやすい反応に笑ってしまう。
    「俺は顔の良し悪しじゃなく、シマリスみたいな君が好きだから、要らぬ心配だ」
    「シマリス?」
     不満気な顔が面白い。本当に、退屈しない男だ。
    「寝起きは薄いから、キタリスっぽいか」
    「どっちにしてもリス?」
     笑い声につられたのか、ウォンフンがこちらへやって来る。
    「手伝います」
     白い歯を見せにっこりと笑う彼に、ギョンフンは呆れた顔をした。
    「キッチンは定員オーバー。これ、そっちに運んで。あと師匠にビール」
     ギョンフンは横柄だが、ウォンフンはずっと楽しげだ。
    「ぼくはサンウォンさんに早くお会いしたかったのに、フニが駄目だって言うんですよ」
     卵焼きを受け取り、素早く皿に盛る。手慣れた連携だ。
    「俺も会いたかった」
    「嬉しいです」
    「駄目駄目、アジョシは面食いだから駄目。僕の話も禁止」
     ギョンフンが割って入り、食卓の方にウォンフンを押す。
    「兄貴のけち」
    「接近禁止令を出す」
    「俺は、弟から見た君のことも知りたい」
     それは本心だ。仲は良さそうだから、兄貴を取られたくないのは彼の方かもしれない。
    「ぼくも話したいです」
     ウォンフンはわざとサンウォンに絡んで、ギョンフンが怒るのを面白がっている。
    「何、『ぼく』とか言ってんだよ。いつもは『オレ』だろウォニ」
     ウォニと呼ばれ、同じ愛称のサンウォンもちょっと反応してしまった。
    「フニだってどうせ猫かぶってんだろ」
     ああ、兄弟も愛称がかぶるからその分け方か。やっと兄弟同士の素顔が見えてきた。
    「変装して不法侵入されたし、ラーメンとヒマワリの種食いながら説教されたけど――全然猫はかぶってない」
     サンウォンがそう介入すると、ギョンフンが恥ずかしそうにうなだれた。
    「ははははは!完全に素だな。ねえ、うちの兄貴、かわいいでしょ~?リスみたいで」
     やはり、サンウォン以外の人間にもリスに見えるらしい。
    「そうだな」
    「そうだなじゃなくて」
     男三人で騒いでいるところに、イナがそっと近寄る。
    「ホ室長、マダムが呼んでるよ」
     ギョンフンはイナに袖を引かれ、ソファまで連れて行かれてしまった。
     ウォンフンは手慣れた様子でギョンフンの料理を引き継ぎ、仕上げていく。
    「いくつ離れてる?」
    「フニとは一つしか違わない」
    「へぇ。大人っぽいな」
     だがあのビデオだと、随分小さく見えた。
    「オレ、生まれつき呪われてたんです。病弱でね。前世だか先祖の何か色んな厄のせいで、家族にも影響が――でも呪いが解けたらこの通り。アジョシは何年生まれです?」
    「七九年」
     人の懐に入る速さは、ギョンフンと一緒だ。
     それにしても、退魔師の家系というのは普通に幸せを望むのも大変らしい。かといって、一般家庭に一人だけ生まれてしまっても苦労するわけだから、ある意味幸運なのか。
    「ああ、じゃあ近いんですね。兄貴がアジョシアジョシ呼んでるから、もっと上かと」
     兄弟で少しはサンウォンの話もしていたらしい。あの様子だと、ウォンフンが絡んで無理矢理聞き出したのかもしれない。
    「仲がいいんだな」
    「ふふ、いい兄貴なんで」
    「で?俺は合格か?君からギョンフンを奪うつもりはないんだが」
     サンウォンがそう囁くと、ウォンフンは真顔になった。
     ウォンフンがサンウォンの品定めをしているのは、口説くためではないはずだ。
    「へえ、思ったより鋭いですね。ええ、合格です。オレもサンウォンさんのことは好きになれそうだし」
     鋭い顔がにやりと笑う。サンウォンの見たところ、彼が好きなのはギョンフンだ。
    「ギョンフンを不幸にはしないつもりだ」
    「邪魔する気はありません。ただ――あなたの厄はオレと同じくらい重そうだから」
    「ウォンフン?何絡んでる」
     いつの間にか険しい顔で、ギョンフンが戻ってきていた。
    「今度三人でやろうって話してた」
     そう不敵な顔で笑ったウォンフンを肩で押し、ギョンフンは二人の間に割り込んだ。
     ギョンフンに恋人ができなかった理由を思い、サンウォンは少し気の毒に思った。
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