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    MASAKI_N

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    クローゼット⑪
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    #ギョンフン
    #ホ室長
    headOfTheEChamber
    #クローゼット
    closet
    #サンウォン
    ##クローゼット

    杞憂「ホ室長」
     サンウォンの代わりにイナを迎えに行き、家に向かう途中の車内。イナは思いつめたような顔でギョンフンに呼び掛けた。
    「ん?どうしたイナャ」
     出会った時よりイナは随分、大人っぽくなった気がする。
    「私のこと嫌い?別に、好きってわけじゃなくていいんだけど、私、嫌われてる?」
     驚いて、ゆっくり路肩に停車する。
    「好きだよ。大事な友達だ」
     運転席から乗り出し、目を合わせてそう答えると、イナは細くため息を吐いて、下を向いた。
    「それなら、いいけど……」
    「何かあった?」
     学校の友達の話は、さっきまで聞いていた。サンウォンともこのところはうまくいっているはずだ。音楽教室の仲間とうまくいっていないのだろうか。
    「どうしてこの頃、すぐ帰っちゃうのかなって……パパより好きな人ができたの?」
    「え?」
     イナからの思いがけない質問に、ギョンフンは、先月サンウォンとしたやりとりを思い出すこととなった。

         *

     想いを伝え合い、初めて身体を重ねた翌日。イナは不在で、ギョンフンは以前から考えていたことを、サンウォンと話し合わなければならないと思っていた。
     顔を洗ってから食卓へ向かうと、ロールパンと昨日残ったチキンを温め直したものが置かれていた。映画を一緒に観た記憶がよみがえり、また、現実なのだと確認する。
    「イナが帰ってくるのは明日だ。今日は大物の洗濯と、掃除でもするか」
    「はい」
     昨夜、サンウォンが倒れてすぐ、リビングも換気したが、まだ少しハーブの匂いが残っている。完全に自分の過失で、激しい後悔に押し潰されそうになりながら、必死で掃除をしたのを覚えている。
    「逃げるなら今だぞ」
    「え?」
     サンウォンがいつもの目で、ギョンフンを見ている。
    「もちろん引き止めるし、説得するけどな」
    「――逃げませんよ」
     昨晩はどうしようもなく不安で、サンウォンが目を覚まして落ち着いたら、別れを告げるべきかもしれないと思っていた。目を覚まさない可能性だってあった。
     湯あたりや茶煙草が効き過ぎた場合の応急処置を試し、祈りながらあらゆる呪術書を読み込んで、対処法を探した。
     サンウォンが正気を取り戻しても確かに少し怖じ気づいたが、両想いだとわかった以上、この恋を諦める気はない。
    「何も言わずにいなくなるのだけは、勘弁してくれ」
     たとえ病状が良くなっても、サンウォンの心も身体も、大事な人を失った痛みを覚えているようだ。涙をこらえるような表情が胸に迫った。
    「……はい。でも、ここにいる時間は減らそうかと」
    「昨日もそんな話をしてたよな。恋愛感情のせいか?」
     ギョンフンとサンウォンの関係はどんなかたちでもいいのだが、問題はイナだ。
    「イナちゃんがいる時に、僕はいない方がいい」
    「イナは君が思うより君を好きだ。友達だと思ってる」
     ギョンフンは確かに、イナとも仲良くできている。お互い無理なく気楽に過ごせるし、サンウォンが興味のない映画やドラマの話に、ギョンフンが結構乗れるというのもある。
     それでもギョンフンは所詮、他人だ。不審者寄りの成人男性だと思う。
     サンウォンの部下だという設定もあり、変な目で見られることはあまりない。街中でも『室長』という呼び名で執事か運転手のように解釈されるようだ。
    「それは、嬉しいですけど――僕がいるとできない話があると思うし」
    「スンヒの話か?」
    「それもありますし、僕の話もね」
    「イナから君の話はよく聞くよ。別に悪口は言ってない。共通の話題の中でも出演率は高めだ。食事中だって、三人の時の方が楽しそうだし」
    「じゃあ、食後にこれまでより、すぐ帰ります」
    「帰る?どこに」
     ギョンフンにまともに生活できる家がないことは、イナも知っている。
    「以前のように、倉庫と車で寝ます。それか、倉庫のリフォームをスピード重視の計画に縮小してもらうか」
    「それは構わないが……このままうちに住んでいいのに。俺は、昨日こうなる前にも、君にそう言おうと思ってたんだ」
     居心地は良すぎるくらいだ。それはわかっている。
    「普通に仕事のためとか、サポートのために泊まるのはいいですけど……自分がイナちゃんだったら、行動範囲で父親と居候がいちゃついてるのは嫌かもなぁと思って」
     世間的には恋人という見方より、愛人のような感覚で見られるだろう。ギョンフンは、そういう見方のできる容姿だ。現時点でもそう勘繰っている人はいると思う。
     スンヒを交通事故で亡くしたこと、運転していたのはサンウォンだったことは、今のイナの関係者にはさほど知られていない。それで悪く言われるようなことは無いと思うが、たとえばギョンフンがサンウォンの実の弟だったとしても、イナにとってそんなに良い環境とは言えないと思う。
    「――まあ、確かに。イナの行動範囲で性的なことは控えるとか、そういう話ならありがたい。でも、それ以外は本人に聞いてみないとわからない。今の子は俺より全然、親の恋愛にも同性同士の恋愛にも理解があるし――というか、君がゲイだとはっきりした方が、イナにとっては安全だと判断されると思うぞ。君も結構イナの周りの女性には人気があるから、失恋してがっかりされるだろうな」
     なるほど。奥さんが死んでゲイの男を連れ込んだとか、そういう発想は古いのだろう。
     でもギョンフンが可能性として思い浮かべるということは、『今の子』と同程度の意識でない人間には通用しないはずだ。
    「ここはイナちゃんのための家だから」
    「関係を続けるための線引きってことか。イナに訊いて、その方がいいならそうする」
     不機嫌ではないが、サンウォンは残念そうにため息をついた。
    「僕の父は母の再婚相手で――結婚前はそうしてくれていたのが、ありがたかったので」
     ギョンフンがそう言うと、サンウォンは腑に落ちた顔になり、コーヒーをすすった。
    「なるほどな。弟は、実の弟か?」
    「いえ――僕にしばらく慣れなくて、少し気の毒でした。イナちゃんはすぐ大人になる。あなたと二人だけの時間はあって十年ぐらいでしょう。父娘の思い出を大事にして欲しいです」
     父のことは尊敬している。そんな配慮をされずとも、ギョンフンとて気にならなかったとも思うが、あの事件が起こってしまった今では、母と子として過ごせたあの期間がとても重要なものだったと理解した。
    「家族になることに執着がない?」
    「居候として居座って徐々に口説く計画なら、先に家族っぽくなる方が良かったんですが――恋が叶ってしまったので――しばらく恋人気分を味わうのもいいかもしれない」
     イナのことを思うと、浮わついた気分は自然と抑えられ、お互いに冷静さを取り戻す。
    「アシスタントの件は?あれは本気だ。君の善意に甘えるんじゃなくて、仕事としてヨン家と仕事のサポートを依頼する方が健全だろ。もちろん、君の都合が優先だし、ずっとこの家にいろってことじゃない。逆に、俺から給与をもらう形が嫌なら、イナの友達ってことにさせてもらってもいい。部下でも上司でも執事でも、好きに選んでくれたら」
    「あなたの仕事の手伝いをする時だけ、経費をもらいます。イナちゃんの送迎は今まで通りでいいです」
     せっかく用意してもらった朝食が冷めそうなことに気付き、慌てて手を付ける。
    「早くここを出たいなら、必要なだけ未払いの報酬を払う。ホテルでも、アパートでも、この前、近所にいい物件があったろ」
    「その辺は、なんでも」
     ギョンフンはギョンフンで、提案を押し付けてしまったと反省した。
     イナのためならイナに確認したいと自然に答えたサンウォンに、もう父娘の問題に関しては、自分の助けは必要ないとわかった。
     サンウォンは朝食を食べ終わると肘をついて、ギョンフンがパンを頬張るのをぼんやり眺めている。
    「……性欲が戻らなければ、なんとかなったんだがなぁ」
     パンを喉に詰まらせそうになるが、何とかコーヒーで流し込む。
    「それは――僕も想定外でした」
    「逆のつもりでいたし」
    「……そこは、固定しなくてもいいですよ」
     緊張感が冗談で和らいで、穏やかな空気に変わる。
    「俺とイナだけじゃなく、君と幸せになれる方法を一緒に探したい」
     サンウォンはそう言って、ギョンフンの手をそっと包み、口角を上げた。
    「――ありがとうございます」
     自分たちにかかっていた呪いの数々が、するすると解けていくように、ギョンフンは心が軽くなっていくのを感じた。

         *

    「パパのこと、嫌いになっちゃったの?」
     イナはもう一度、ギョンフンにそう問う。
     あれからタイミング悪く、イナには確認しないまま仕事が入り、ギョンフンはしばらくヨン家から離れていた。
     いや、サンウォンから話だけはしたのかもしれない。
     イナは居候と父親との関係をどう理解しているのか、それを訊かなければ。
    「アジョシのことも嫌いじゃない」
    「嫌いじゃないって、どういうこと?室長は、パパのことが好きなんだと思ってた」
     イナは、曖昧な言葉では誤魔化されない。
    「うん。好きだよ」
    「パパも室長のこと好きだよね。恋人同士なんだと思ってた」
    「アジョシが――そう言ってた?」
     どこまで何が伝わっているのか。
    「『パパはホ室長のこと好きなの?』って聞いたら、『そうだな』って言ってたよ」
     思った以上にイナは直球だ。だが、サンウォンの返事がそうでもない。
    「それ、いつ頃の話?先月?」
     先月のあの調子なら、もっとはっきり言いそうだが――
    「室長が初めてうちに泊まった日かな」
    「ぇえ……?」
     ギョンフンはますますわからなくなって、変な顔になってしまった。
    「え?」
    「ちょっと、計算が合わないな」
     サンウォンはいつから自分を好きだったのか、そういえばよく知らない。
    「もしかしてパパ、適当に返事したの?」
     そうかもしれない。サンウォンのことをよくわかっている。聡い娘だ。
     この会話には意味が無いな。そう思って切り上げる。イナに先に質問されたのだから、はっきり説明してもいいだろう。
    「それはわからないけど――アジョシと僕が恋人同士なのは、本当。僕はずっと好きだったんだけど、先月アジョシが受け入れてくれてそうなった。報告が遅れてごめんね」
    「うん。それは別にいいけど――だったら、一緒にいてあげて欲しいの」
    「イナが学校に行ってる間は、アジョシといるから」
     ギョンフンの両親が再婚した時より、まだイナは若いのか。サンウォンの言う通り、イナの考えはギョンフンとは違うようだ。
    「でも、帰っちゃうじゃん。それならやっぱり、私のせいでしょ?」
    「あの家は、君の家だから」
    「うちが嫌い?」
     冷静だが、イナはちょっと怒っている気がする。
    「嫌いじゃないよ。どうして?」
    「だって、室長はおうちがないんでしょ。うちのボディガードなのに、うちに部屋が無いのも泊まらないのも変だよ。夜が一番危ないんだよ?」
     ボディガード?
    「ああ!それか」
     ――アジョシが忙しい間は、イナちゃんのボディガードをしてもいいですよ
     そういえば言った。しかも、お化けの類から守ると言ったはずだ。イナはそれを覚えていて、恋人かどうかではなく、住み込みのボディガードとして許容してきたのだ。
     なんだろう。大型犬を家族と呼ぶような感覚でいいのだろうか。ギョンフンはそれだけ、イナには安全な存在ということのようだ。
     そしてそれは、父親と恋人同士かどうかとは別の許容で、とっくに解決していたということか。パパの強い恋人がイナのボディガードもやってくれる、みたいな感覚なのか?
     イナの様子をうかがうと、また、下を向いて何か考え込みながら、口を開いた。
    「私、パパのこと好きだけど、喧嘩の時はどうしても嫌いになっちゃうから――私以外にパパのことを好きな人が側にいないと、私と喧嘩した時、パパが独りぼっちになっちゃうでしょ?パパは独りにしたら駄目なのに。ママはもう、いないんだもん」
     母親が死んで悲しいこととは別に、はっきり、もういないと理解している。サンウォンの不在だけではなく、母親の不在による父親の孤独感も心配していたのか。
    「あぁ……君はそれが、ずっと嫌だったのか」
     父親の病気を理解していたから、限界が来るまで自分の主張をしなかったのか。
     ギョンフンが思っていたよりずっと、イナは強く、サンウォンのことを愛しているのだ。
    「室長がパパを守ってくれるから、私はパパを置いてどこかに行っても不安じゃなくなったの」
     それなら、父親を守れる根拠のある成人男性なのがむしろ、イナには安心材料なのか。
    「そっか」
     それが無意識の感情でも、大人の抱える感情とは別のものだとしても、純粋でまっすぐな温かさに心が震えた。
    「だから、毎日じゃなくても、今日は泊まっていって」
    「わかった」
    「パパ、室長を仕事のパートナーにしたいって言ってたのに。断っちゃったの?」
    「考えさせてとお願いした」
    「どうして?」
     サンウォンは本当に、イナとしっかり話をしているのだろう。イナが理解はしなくても、その日あったことや考えていることを、とりあえず全部話すようにしているようだ。
    「僕は退魔師だって説明したの覚えてる?」
    「うん。動画も観たよ。今日だってそのお仕事だって、パパが言ってた」
     タブレットもスマートフォンも使いこなしているから不思議ではないが、自分が中学生になる前はどんな感じだっただろうか。
    「そう?はは、観られちゃったか。僕といると二人が危ないかもって、怖かったんだ」
    「危ないのは室長だよ。死んじゃうこともあるって言ってた」
     動画には軽い内容でどんなお祓いができるかの宣伝ぐらいしかしていないが、母親の事例をテレビ番組で話したことがある。悪霊の力が強すぎて退魔師が操られ、死亡したと。
    「あぁうん。そうだね。君とお父さんのことは、絶対に守るよ」
    「独りでいるのが好きなわけじゃないなら、独りでいちゃ駄目」
    「イナャ?」
     もしかして、ギョンフンが不在の間に、何か怖い目に遭ったのだろうか。ギョンフンが確かめた限りでは、家にも二人にも異常は無かった。
    「女の子と遊ぶ夢を見るの」
     そう聞いて、真っ先に浮かぶのはミョンジンだ。
    「――どんな子?」
    「髪が長くて真っ直ぐで、かわいい子だよ。いつもお気に入りのお人形で遊んでる。私は隣でヴァイオリンを弾くの。クローゼットのある大きな家の、私の部屋で」
    「うん。何か話した?」
     ミョンジンだ。悪い内容ではないが、ミョンジンが夢枕に立っているのか、イナ自身の記憶を無意識に反芻しているのかわからない。
    「ママがいなくてさびしいかとか、パパは私に優しいかって聞かれるから、その時の気持ちを話してる」
    「何度も見たのか。怖かった?」
    「ううん。でも、少しさびしそう。その子は独りなのかも。また遊ぼうねって言ってあげると、笑うんだけど」
     聞いた限りの内容なら、ミョンジンが再び悪霊になることはないだろう。供養もきちんとしたし、関連する事件の処理も進んでいる。ただ、イナの不安が増すと夢に現れてしまうことはあるかもしれない。
    「……イナャ、そのネックレスを後で、少し借りてもいい?お守りになるように、おまじないをしてもいいかな」
    「そんなことができるの?」
     安心したというより、単純に凄いという感じで、イナの顔が輝いた。
    「そのネックレスには、君のママとパパが君を思う気持ちがこもってる。君がそれを信じる気持ちもね。僕の神様にも守ってもらえるように僕がお願いして、力を足すんだ」
     イナは蝶のネックレスに大事そうに触れた。
    「退魔師って、魔法使いのことでもあるの?」
    「う~ん、まあ、いくつか同じこともできるかな」
     いつも通りのイナに戻って、ほっとする。
    「凄いんだね」
    「君のパパと同じで、それが仕事。歌やスポーツが得意なのと同じで、僕はそれが得意なんだ。一応、国内ナンバーワンだしね」
    「だからいつも怪我をしてるの?死んじゃわない?怖くないの?」
     人が傷付くことに敏感で、心配なのか。だから今日も自ら問題解決をしようと勇気を出してくれたのだろう。強くて優しい、賢い子だ。
    「怖いよ。怪我をすることもあるし、儀式に血を使うからしょうがないんだ。でも大丈夫。死なないように頑張る。イナは真似しちゃ駄目だよ。そろそろ行こうか。話はいつでも聞くよ」
     シートベルトを確認して、発車の準備をする。
    「……国内ナンバーワンって、外国のお化けが来たら負けちゃわない?」
    「目の付けどころがアジョシにそっくりだな」
     ギョンフンは苦笑して、帰り道を急いだ。
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