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    MASAKI_N

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    クローゼット⑬
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    #サンウォン
    #クローゼット
    closet
    #ギョンフン
    #ホ室長
    headOfTheEChamber
    ##クローゼット

    訪問者「ん~……異界帰りのせいだけじゃないみたいだね」
     ビールを飲み干した後、マダムは自分の荷物から取り出したゆったりしたワンピースに着替えた。下ろしていた髪を兎のマスコットのついたシュシュで束ね、スタイリッシュな老眼鏡を装備し、ソファのギョンフンの定位置に座り込んで、渋い顔でそう言った。
     どうやらさっきまでの服装はパーティに参加するためだけのものだったらしい。
    「元々の体質ってことですか」
    「うん。あたしがわざわざ会いに来る気になるっていうのも珍しいし、サンウォンさんは元々、運が相当いい方だろう?思うに、父娘とも追い詰められると『呼ぶ』んだろうね」
    「イナも?」
     夕方にはイナが戻るが、向こうの親御さんが送り届けてくれるそうだ。急に知らない人間がいて驚かないようにメッセージを送った。
    「善いモノも悪いモノも呼んだ結果、その時の波長が合う順に同調し、邪な考えの隙を突いて取り憑くんだ」
    「交通事故に遭うまでは、そこまで大きな兆候は無かったんですが」
     全てはあれからだ。
    「それなら事故現場と病院、それから、お葬式かな。それか、その前に関わっていた現場で何か、変なものが憑いたか」
    「その中で一番嫌な感じがしたのは、事故現場ですね」
     ギョンフンは、浄化の一環としてサンウォンの関わった現場や事故現場、住んでいた家などを全て調査してくれた。
     あの交通事故の現場は、いつも通らない道だった。イナのコンクール会場の帰りで、食事をするために迂回したのだ。妙に空いた道で向かってくるはずのないトラックが、蛇行してこちらに進んで来た。
    「おそらくミョンジンに憑いた悪霊の一部が、そこで待ってたんだ。大型トラックの通る大きい道路には、雑霊が集まりやすい」
    「僕が定期巡回してます。多分、もう大丈夫かと」
    「了解」
     あの家に越す時に、道路で死んでいた鹿。窓に激突してきたカラス。
     そういう細かい不吉なことも報告する。
    「俺とイナのせいではあるってことですか」
    「いや、来るモノが起こすコトは呼ぶヒトのせいではないんだ。ただ、呼んだ後の選択は重要だね。付け入る隙が無ければすぐに去っていく。人間は弱いから、必要なのはまず助けを求める勇気を持ち、過ちや災いを繰り返さないよう努めることだ。災い転じて福と為すって言うだろ。転禍為福だよ。スンヒさんの不運は決してあなたたち父娘のせいではないし、ミョンジンはイナちゃんが呼んだだけじゃなく、ミョンジンがあなたと同調して、善いモノと悪いモノを同時に呼んだってことかもね」
     その辺りのことは、ギョンフンにされた話と一緒だ。母親の死、父親の不義理、娘の悲しみ。条件が揃って同調した。
    「悪いモノより、善いモノを先に呼ぶ方法は?」
    「ひとつは祈ること。それから願いを言葉にして、叶うと信じること。相手がいるなら伝えること。それからだ。それでも悪いコトが起こる時は起こる。恋愛と同じだよ。――これがあたしが言葉で解ける範囲の呪いだ。言葉以外の部分は、あんたたちで試すんだね。困ったら、喧嘩やイナちゃんはあたしに預けて、仲良くやりな。あたしが死んでも化けて出てやるから安心して」
     マダムはそう言って、にっと笑った。
    「来なかったくせに」
     不意に、ギョンフンが呟いた。
    「お母さんを送ってやったろ」
     絶体絶命の時に、母の霊に助言をもらったとギョンフンが言っていた。
    「リモートで見てたんなら、師匠が助けてくださいよ」
    「イナちゃんは助けるつもりでいた。それが限界だ。サンウォンさんについては改心の度合い次第だったし、あたしじゃなくあんたが助けないと意味が無い」
    「そんなの、助けてからでもどうにでもなる」
     よっぽど怖かったのか、ギョンフンは子どもみたいに拗ねている。
    「ならなかった――だろ?サンウォンさん」
    「確かに、ならなかったはずだ。ホ室長には感謝してる」
     異界に行く前にサンウォンを正しい道に軌道修正してくれたのは、ギョンフンだ。
    「わかってます――ちょっと拗ねただけ」
    「相変わらず、かわいい一番弟子だね」
     とにかく、心配していたほどサンウォンの変化にギョンフンの悪影響は無かったとわかり、落ち着いたようだ。まだ、体液に過剰に酔ったりする話はしていないが。
    「今日はホテルに?ここに泊まって行きますか?イナにも会っていただきたいし」
    「迎えが来るから、イナちゃんに会ったらお暇しますよ。あなたたちは親族と疎遠なんだね。まあそれにも因縁があるみたいだから――ギョンフンと繋がって正解だ」
     確かにそうだ。会話とは別に、何かを読み取られているのを感じる。
    「会う機会が少ないせいか、イナがあまり祖父母に懐かなくて――向こうは気にしてくれているし、頼ってはいます。イナをよく知っている身近な人には協力してもらえていますが、家族のような立場の女性がいたら、安心かもしれませんね」
    「あたしが少し話を聞いてみる。イナちゃんはイナちゃんで、あなたと同じくらい厄も自意識も強そうだ。彼女が望めば、直接連絡し合ってもいいかな?」
    「ええ。よろしくお願いします」
     この人柄なら、すぐに懐くだろう。イナは好みや趣味こそ女子らしいが、考え方は男女平等の独立心も強い子だ。大人の好き嫌いも激しいのに、ギョンフンにはすぐ馴染んだ。
    「イナちゃんも異界帰りだから、あたしにしかできないこともあるだろうし――了解した。任せてください」
     異界帰り。初めにサンウォンが異界に行きたいと言った時、ギョンフンは止めた。
    「――そういうことって、よくあるんでしょうか」
    「異界帰りのこと?」
    「ええ。戻って来ないのが普通なのか、退魔師なら戻って来られるのか」
    「大体は行ったきりだ。無事に連れ戻せるのは概ね、術師だけだと思う。それも普通は複数人でやるんだよ。お祭りぐらいの規模でね」
    「そうなんですね」
     ギョンフンはまた、口をへの字にして黙っている。
     独りでイナとサンウォンを引き戻せたのは、相当凄いことなのだとわかってくる。
    「あなたのケースは珍しいから、何とも言えないんだけど……ギョンフンも異界帰りだ。あたしもだよ。異界と言っても妖魔がいるだけじゃなく、寺院や教会で祀っているモノの宣託所みたいな場所があって――儀式でそこに行って、帰ってくるんだ。あなたみたいに何かを奪還しに行くことなんて滅多にないけど、ギョンフンは美童で力も強すぎたから、妖魔によくさらわれそうになったんだ。一度だけ向こうに行ってしまって、あたしとギョンフンの母親で連れ帰った」
     ギョンフン自身が、さらわれた子どもだったわけか。
    「だから、俺とも繋がりやすかった?」
    「霊力の話だけなら、そうなんだが――個人的な好意は別だ。どんな呪いも、最終的には意志が重要だから。その人が心からそう望まないと、本物の愛情には育たない」
     ギョンフンは気まずかったのか、お茶を淹れて来ると言ってキッチンに立った。
     サンウォンも、ギョンフンの前では聞きづらいことがある。
    「あの――ギョンフンの父親と、弟さんについて少し聞いてもいいですか。本人から聞けることはもうほとんど聞けたと思うんですが」
    「弟は、病んでるって言っても――もうほとんど快復してる。ただ、ギョンフンほど感情や霊力のコントロールが効かないんだ。専門分野もちょっと違う――ギョンフンは自分の感情を抑え過ぎるぐらいだが、退魔にはそれが必要でね。ギョンフンが無意味に自分を責めているだけで、関係が悪くなることはない。いずれ顔を合わせることもあるだろう。弟の方はギョンフンを慕っている」
     安心した。ギョンフンから聞いているのとは、ニュアンスがだいぶ違う。
    「俺との関係は、影響しますか」
    「いや、それはいいことだよ。間違いなく。心から誰かを助けたいと思えることも大事な資質だからね。あなたはいたずらに人の同情を求めたりしないだろ。その顔はちょっとずるいが――基本的に何事も、交渉するタイプだ。それ故に情と恩で動く他の人間とは上手くやれないことも多いだろうけど、ギョンフンとは上手くやれるはずだ」
    「もしできれば、定期的に連絡したり、お会いできたらと思うんですが」
     新しく作った名刺を差し出すと、マダムも自分のものを返してくれた。
     ギョンフンの名刺と違って胡散臭いところのない、個人名の名刺だ。
    「もちろん。ギョンフンを末永く、よろしくお願いします」
     改めて、握手をする。ギョンフンと同じで、触れると落ち着く感覚に緊張を解いた。
    「こちらこそ、よろしくお願いします。俺で……いいんでしょうか」
    「さっきここに来る途中でギョンフンは、もし自分があなたたちを不幸にするようなことがあれば、あたしに介入してくれと頼んできた。自分の幸せをあまり優先できずに生きてきたから――よくわからないんだろうね。自分がどこまで、望んでいいのか」
    「それは俺も感じます」
    「イナちゃんとちょっと似てるんだな。対処方法も同じだ。彼らの望みと、あなたへの気持ちを分けて叶えてあげることだね。あなたは自分で思うより愛されているし、愛してもいる。ギョンフンも、あなたといたいと望んでいますよ。だから、助けようとあたしを呼んだけど、邪な気持ちが露呈するのを嫌がってたんだろうね。邪でもなんでもない、ただの恋愛感情と性欲だったけど。あなたに色気と魅力がありすぎただけ」
     はははと笑ったマダムは、本当にギョンフンと仕草が似ている。
    「初めは俺を見捨てるのが嫌なだけかと――でも、もっと個人的な感情なんだと気付いて、それを確かめた上で受け入れたのかなと、思います」
    「三人とも人に弱みを見せるのが苦手なんだろうね。自分が先に折れて、白状してみればいい。解決はあなたたちに任せるが、相談には乗るよ」
    「会えて良かった」
    「それは――お互い様だ。ギョンフンの母親を喪ってやりきれなかったのは、あたしも同じだったから」
     寂しげな目に、ピンとくる。
    「ギョンフンの母親とは、血縁者ですか」
    「いや、同じ師の元で修行した仲間だ。ギョンフンが国内ナンバーワンだっていうのは、霊力と素質だけなら嘘じゃない。あとは商売の腕と、経験だけだね」
    「経験?」
    「人生経験と、仕事と両方だ。ミョンジンほど手強い相手はそういないから、仕事の経験はそう苦労はしないだろう」
     ギョンフンがお茶を運んできて、やっと落ち着いた雰囲気に戻る。イナからのメッセージが届き、サンウォンは酒気を逃がし換気するため、窓に向かった。
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