ウェルダン　行きたいと言った店はチェーンのファミリーレストランで坂ノ上は初めて訪れると伝えると、伴は大きく目を見開き「まぁ、そりゃそうですよね」と納得をした。別の店にしますか？と自己の提案を流そうとした伴に、坂ノ上は首を横に振った。
「お前、行きたいんだろう」
「まぁ。別になんでも良いんすよ、メシ」
「なら、お前の食べたいものにしよう。ここから近いのか」
　伴は頷くと、こっち。と坂ノ上の袖を引っ張った。それが小さな子供のようで、なぜか坂ノ上は胸がちくとした。
　着いたのは21時を過ぎていた。夕食どきの賑わいはなく、まばらに客が散って座っている。このレストランの売りはハンバーグやステーキ。納得がいく。まだ残った客のテーブルを見ると、バカでかいパフェを突いていたりする。つくづく、こういう場所のメニューは度肝を抜かれることがある。レジ隣に並べられたおもちゃも不思議だ。だが、今更それに気づく事がおかしな話だと、坂ノ上は髭の下で片側だけ口角を小さく上げた。
　ボックス席に通される。メニュー表は今どきのタブレットタイプで、伴は慣れた様子で起動させると坂ノ上にも見えるようにタブレットを横置きにする。
「俺、これにします」
「ん、んむ」
　すっすっと注文を決めた伴に、坂ノ上はタブレットの画面を二、三度スライドさせる。正直、脂っこいものは少し厳しいが、空腹には違いがない。お子様ランチの旗を無視し、デザートメニューのページまで来てしまう。お、これはさっきのパフェか。思ったよりリーズナブルな値段だ。と坂ノ上は思い、ふと視線を上げる。伴がじっとこちらを見つめていたからだ。
「なんだ？なんか着いてるか？」
「あんた、パフェ食うのかと思って」
　お冷やをちびと舐め、伴は片方だけ頬杖をついた。
「いや、食わんよ。腹冷えそうだしな。あれは女子供が食べるもんだろう」
「古いっすね。別におっさんでも食ってますよ」
　伴は眉山を上げて言う。
「そういうもんか」
「そういうもんです」
　坂ノ上はデザート、軽食のページをスライドさせ、ステーキやハンバーグが所狭しと並んだ画面を見る。どれを見てもおんなじだと思ってしまう。しかし、いろんなこだわりがあるのだな。と坂ノ上は思いながら、ふと目についた言葉に吹き出した。
「何笑ってんですか？」
　少し、苛立った声なのは空腹だからだろうか。
「ん、ふふ。いやぁ、合い挽きハンバーグかと思ってな」
「は？」
　タブレットの画面を指差す坂ノ上に伴は首を傾げる。そこにあるのは鉄板に乗ったデミグラスソースのハンバーグの画像と料理名だ。坂ノ上はふ。ふふ。んふふ。と短く笑いながら、これにしようとメニューボタンを押し、注文決定ボタンを押す。
「結局、なんだったんすか。あれ」
　笑う坂ノ上を不気味そうに見ながら、伴はポケットからスマホを出す。坂ノ上はタブレットを元の位置に戻すと「ヤッた後に食うに相応しい名前だと思ってな。まぁ、腹も減るし間違ってはいないか」と事もなげに言った。
　伴はしばらく意味が分からず眉間に皺を寄せていたが、気づいた瞬間、んふっと吹き出した。
「あんた、サイテー」
　テーブルの下の坂ノ上のスーツパンツ脛にコツンと伴のスニーカーの先が当たった。痛くはなく、坂ノ上も思い出して、ふ、ふと唇を手で覆って笑う。
　どこからともなく、ジュージューと鉄板の焼ける音が聞こえ始める。
「それ、俺以外と来た時にぜってー言っちゃダメですよ」
「言わんよ」
「ふふ、ほんと、あんたってオカシイ」
　伴は肩をすくめて、くすくすと笑う。
　一時間ほど前まで、あの唇からこぼれていた声を思い出し、坂ノ上はグッと股間が熱くなる。先ほどまで脂濃さを気にしていたとは思えないその反応に少し嫌になりながら、しかし目の前で笑う伴の笑顔の可愛さについ、先ほどの胸の痛みの正体に気づいたような気がした。
　会計の時に、おもちゃを買ってやろうか聞こうか。
　聞けば、伴はなんと言うのだろう。