累年の箱 なんですか、これ。と伴はいう。空き部屋のクローゼットの戸を開き、二人で並んでそれを見る。無造作に積み重ねられた箱を眺めて、伴はため息を吐きながら、箱の一つを手に取り開く。
「うむ。引き出物とか、香典返しとか貰い物とかだなぁ」
嫁と別れてから、こういったものものを空き部屋に投げ込んでいた。いつの間にか立派な箱の群れがクローゼットの中で群生していた。
「あんた、こーいうの取っとくタイプなんですね」
伴が開いたそれはどこぞのブランドのティーカップがソーサーとティースプーンの二組が入っていた。
――これは、いつかゆっくりする時に使いたいわ。
そう言っていた気がするのは、いつの記憶か。
伴はそれを部屋の隅に置き、戻ってくると次の箱に手を伸ばす。百貨店の包装紙が包まれたままで乱暴に伴はそれを破き、箱の中身を確認する。バスタオルとフェイスタオルで、伴は先の箱とは離してそれを置くと、また次の……。
「ちょっと、なに突っ立ってんですか」
「いや、お前、急に何を」
「何って、片付けですよ」
「俺がまたするぞ。置いておけよ」
「また?はっ、この状況でそれを言いますか?『また』の結果がこれでしょう」
ぐうの音も出ない。俺は伴に倣って、箱を開いていく。鍋、またタオル、ビール用のタンブラー……それらは俺が今まで付き合いのあった人物の門出を祝したり、喪に服した証でもある。誰に何をもらったかは思い出せない。包装紙は乱暴に破いていた伴だが、リボンがあしらわれたものは丁寧にリボンを外して別にしている。
「リボンはいるのか?」
「あれば、使えますからね。リボンってある程度の長さを買うと高いんですよ」
「それは知らんかったな」
俺は手の中の箱からリボンを外し、伴に渡す。伴の動きはテキパキとしており、気づけばあんなに山積みの箱が部屋の隅に分類されているし、箱は解体されてビニル紐でまとめられていた。傷んできていたタオルを絞って持ってきた伴はクローゼットの中を拭き上げる。俺は分類されたものものを使うか使わないかを考えていく。
「洗剤あるじゃないですか。勿体無い」
分類の一角にある固形石鹸と洗濯洗剤を伴は抱えて洗面所へ向かう。戻って来ると「あんた、溜め込みすぎです」と俺の隣に膝をついた。
「まぁ、食い物が出てこなかっただけマシです」
「はは」
「全く、どの口で『一緒に住もう』なんて言ったんだか」
「面目ねぇ」
伴はふんと笑って、包装紙や剥いだテープをゴミ袋に片付けていく。
「なぁ、伴」
「なんですか」
「本当に一緒に住んでくれるのか」
伴は手を止めて、怪訝に目を細める。
「何を今更」
「いやぁ、なんか、変に実感が湧いてきてな。俺が頼んだ事だが、まさか受け入れてくれるとは思わなかってな」
「へえ」
あ。と思ったのは伴の笑い方にだ。にへらぁと口角を釣り上げるその笑い方は伴が何か企んでいる顔でもある。
「こーじさんは俺と一緒に住むってことに夢見過ぎです」
「そうか?」
伴は最初に置いたてティーカップを手に取り、見つめる。
「当たり前でしょう?こういう小言、言われ慣れてないでしょう。奥さんが言ってたかもしれないけど。俺、多分それ以上に毎日言いますよ」
「はは、あれには別れる時にしか小言を言われんかったよ」
「笑い事じゃねぇよ」
思い返しても、見合い結婚で二年連れ添った彼女は終ぞ、俺に小言を言うことはなかった。諸々、上手く噛み合わず、別れる時もあっさりとしていた。だが、伴は違う。耳にタコができるほど、小言を、時々暴言すら吐く。
「それは気をつけるが」
「が?」
「それはお前といつまでも話せるって訳で、嬉しくもあるんだよな。お前の小言は耳に心地よい」
「呆れた……しぶとかったら出てきますよ」
「それは嫌だ!できる限り善処する。気をつけるよ」
どうだか。と伴は立ち上がると、早く片付けちまいましょう。と食器類をまとめていく。
まとめられた空箱は次の資源ごみの日に回収されて、中身はどんどん生活に組み込まれていく。
まるで伴と同じように最初からあったように。俺はそれにどこか安心していた。俺の生活にあって当たり前のものものの存在に。
あのティーカップを伴は煎茶でもコーヒーでも使っている。時々、ティーバッグの紅茶を淹れて俺に渡して来ることもある。洗剤は数ヶ月で使い切り、バスタオルも新調して、ふわふわのそれは風呂上がりの伴を優しく包んでいることがある。
片付けてしまうことは、忘れることなのだろう。結局、置いて行かれた俺と同じで。
それならば、それでいい。それもまた、大切なことだろう。