何事も計画的に「オレらの今後について話がある」
珍しく神妙な面持ちでキースがそう言ったのでディノは期待と不安が綯い交ぜになってずっと落ち着かなかった。なぜならばディノとキースは所謂お付き合いというものをしているからだ。自分の恋人に今後のことで話があると持ちかけられたとなればそれは次のステップに進むか関係の終わりのどちらかだろう。
「まさか結婚!?いやもしかしたら別れ話かも……」
ディノは他人からよく明るいや前向きなどと言われることが多い。けれどディノ本人は自分自身をあまりそう思ってはいない。仮に周りからそう見えているのならばそれはきっと大切な人達がそばにいてくれるからだろう
「聞きたいけど聞きたくない!あ〜どうしたらいいんだ!」
1人屋上で頭を抱えていても何も解決しないのは理解しているがそれでも終わりを大好きな人から告げられたら凹むのは間違いないため心の準備はしておきたい。まだ終わりとは決まっていないがいい方に捉えてダメだったとなると自分が何をしでかすか分からないためショック耐性を付けておこうという算段だ。
我ながら小賢しい自覚はあるがそれだけキースが自分にとって大きな存在なのだと誰に対してか分からない言い訳をしながら付き合い始めた日からディノは記憶を掘り返し始めた。
ディノとキースが親友という関係から恋人に変わったのは今から3年前、ディノがキースと同じチームのメンターとして共にすごした生活が終わるタイミングだった。二人同じ部屋で生活をするのはルーキーとしてジェイに師事していた以来になるがそれでもいっそ恐ろしくなるほどに居心地が良かった。
パズルのピースがハマるような感覚でそれ以前の生活が味気なく感じるほど二人でいるのが自然だったのだ。
それは自分だけではなくキースも感じているのはわかっていた。だからキースはディノにこれからどうするのか聞かずに「来るだろ?」とだけ聞いたしディノは「うん」とだけ答えた。
それと同じ感覚でどちらが先に言ったかは忘れたが「付き合うか」「そうだな」で今の恋人という関係が始まった。
二人をよく知る人物達からは「もっと大騒ぎで付き合うのかと思っていた」やら「あっさりしすぎじゃない?」やら「なんか微妙に納得いかねー」やら言われてしまったが付き合い始めたこと自体は皆揃ってようやくかという反応でほっとした様な釈然としないような複雑な気持ちになったのは懐かしくもある。
始まりがあっさりしすぎた分終わりもあっさり来てしまうのではないかと今になって不安の種になるとは思ってもみなかった。
ただ、いくら始まりがあっさりしていたとはいえ親友から恋人になって(順番が世間一般的な恋人とは違う自覚はあるが)一緒に生活をして、デートもキスもハグもセックスも数え切れないほどしてきたのも事実なのだ。キースからの愛を疑ったことはないし自分だってキースを愛してきた自負がある。
恋人としては3年だが共にいる時間はもっと長い、そんなキースを今更になって疑うのは不誠実だと自分を納得させる。
「〜〜〜っ!よし…行くか」
大丈夫、多分、きっとと念じながら自分達の住む家に足を進めた。
家に着きただいまと声をかけるといつも通りのおかえりが聞こえて少しだけ安心した。探るように顔色や仕草を盗み見ても変わった様子は特にない。だが今後のことで話があると言ったにしては不気味なほど変わりがなさすぎてそれはそれで心配になってくる。
「遅くなってごめんなキース、それで話って?」
リビングに座りくつろぐキースに声をかけるとあーと間の抜けた声をだした後「渡すもんがあるからちょっと待ってろ」とだけ言い残しキースの部屋に行ってしまった。
(ま、まさか渡すものって指輪とか!?やっぱり別れ話とかじゃなくて遂にけ、結婚!?)
1人で残されたディノは煙を出しそうな勢いでぐるぐると頭を回していた。
勿論ディノに結婚を断るつもりは一切ないが、どんな言葉で返事をしようか、おじいちゃんおばあちゃんになんて報告しよう、自分から言いたかった等々が頭を駆け巡っていた。
今まで生きてきた中でここまで心臓がはち切れそうなことはなかったと思いながら段々と近づいてくる恋人の足音に対して自分の顔がどんどんと下を向いていく。まともにキースの顔を見れそうになかった。
「待たせたな」
遂に、遂に来てしまった。まだもう少しだけ時間が欲しかったけど!
「…お前に渡さないといけないもんがある」
緊張からかキースの声がいつも以上に低く聞こえてくる
「お前はどう思ってんのかわかんねーけどオレは今の状況から変わりたい」
「だからコレをお前に渡す。ディノ、受け取ってくんねぇか」
血が体を巡る音がうるさいし顔が熱くて仕方がない。でも受け取らないなんて選択肢はない。1度深呼吸をして顔を上げる。覚悟は出来た。
「──え?」
何故だか帰ってきてから俯いていたディノに持ってきた掃除用具一式を手渡す。ただ反応があまりにも呆けているのが気にはなるが。
「え、じゃねーよ。お前最近またテレビショッピングしまくってんだろ、物が多すぎるんだよ」
「えっえっ」
「オレだって別に綺麗好きって訳じゃねーけど最近の物の多さは目に余る。部屋とリビングにあるもん手伝ってやるから片付けろ」
そうディノの買い物癖は今に始まったものでは無いが最近は特に酷かった。二人しかいないというのに6人分のよく分からない柄のTシャツを買ったり今だって十分必要な数はあるというのにハンガーをセットで得だからという理由で買ったりするのはまだいい方で、キャンプなど常にする訳でもないというのに無駄にでかいテントを買ったり災害時に使える!なんてデカデカと書いてあるポータブル電源が部屋で出番を待っていたりと場所をとる物まで増やしている。
ディノ自体掃除が出来ない訳ではなく、むしろ自分より得意な方だというのに物が多すぎるせいでいつも部屋がごちゃごちゃとした印象になっているのだ。そして部屋だけならばディノの自由なのだから何も言う気にならないが流石にリビングや廊下にまで侵食しだしているとなれば話は別だ。単純に落ち着かないし自分がいるというのに他のものに夢中になられるのも面白くない。
「ブラッドから断捨離?とかいう本借りたからそれ見て当てはまるモンは捨てるか譲るかしろ」
そこまで言ってディノが固まっていることに気がつく。心なしか震えているようにも見えてそこまで掃除が嫌だったのかと困惑する
「おいディノ聞いてんのか?そんなに掃除が嫌なのか?」
流石に震えるほど嫌ならば無理強いは出来ないが、自分にも掃除をしてもらいたい理由があるので引く訳にはいかない。物で溢れたあの部屋では気づくものも気づかない。
どうしたものかと悩んでいるとようやくディノから反応が返ってきた
「も、も、」
「も?」
「弄ばれたーー!!!」
「グェ!?」
勢いよく立ち上がったかと思えば流石元イクリプス部隊とも言える身のこなしで腹部にタックルをかまし走り去って行った
「なん、なんだ、アイ、ツ……」
不意打ちで喰らったタックルのダメージでしばらく立ち上がれそうになかった
ズッズズ、ポタ、ズズ
濁点まみれの音を立てながらディノは部屋でキースに言われた掃除を律儀に行っていた。
「うッ、うぅキースのばか、紛らわしいんだ。なんだ今後についての話って、掃除なら掃除って言ってくれればいいだろ……っう」
確かに最近物を買いすぎた自覚はあったしなんならキースがちょっと苦い顔をしていたのにも気がついていたがあんな紛らわしい言い方しなくてもよかったじゃないかと自分を正当化しながら物を片付けていく
「俺は今後についてって言われたから不安だったし期待もしたのに」
掃除はしなかった自分が悪い。それは分かっていても感情的になってしまい納得できない。
モヤモヤしたものと一緒に物で溢れた部屋を片付けていく。良く考えればいらないものや自分よりも誰かにあげた方が使用機会がありそうな物、もう使わないものと分けていくと山積みになっていた物の中から見覚えのないものがあった。
「ん?コレなんだっけ……いつ買ったんだ?」
高級感のある小さめの紙袋の中にピンク色のこれまた高そうな小さな箱がある。いくら記憶を掘り返してもこんなに高そうな物を買った覚えがなく余計に混乱する。
「!!コレって!」
箱を開けて中を確認した瞬間リビングに置き去りにしてきた恋人の下に走り出した。
ガサガサと片付けている音をBGMに床に倒れたままキースは腹の痛みと戦っていた。随分と遠回りになってしまったが流石にこれでディノにも伝わっただろうと思う。本当は真正面からきちんと渡すべきだとは思うが自分は口が上手い方でもムードを作り出すのも上手くないから──というのは言い訳で真正面から言って断られたらと考えると恐ろしくてとてもじゃないが行動に移せなかった。
卑怯、意気地無しと罵られても文句は言えないがディノはきっとそんな自分も呆れながら笑って許してくれるはずだ。こんな自分を受け入れる程の度量があの宇宙人にはあるのだから。
ただ何でもかんでも許してくる訳ではないのでもう一発腹にぶち込まれるくらいは覚悟しておくべきとは思うが。
そんな風に考えていると先程までの物音が止まった。かと思うとガンゴンと鈍い音とディノの痛っ!という叫び声が聞こえた。
「あぁ見つかったか」
望んだ通りの動揺ぶりに笑いながら愛しい相手が来るのを待つ。痛みと動揺と興奮で可哀想になるくらい赤い顔をしたディノにオレは笑って言う。
「こんなんで良ければオレを幸せにしてくれ」
床に倒れたままという情けないほどかっこ悪い体勢でそう言ったオレに唇を噛み締めながらディノは近づいてくる。そして同じように床に寝そべったかと思えば頬に手を当て自分に顔を向けるよう頭を固定してきた。
真剣な顔に油断していると勢いよく頭突きを喰らわされた。
「〜〜〜!!!痛ってぇ!」
「ーーーー!俺だって痛いよ!キースのバカ!」
「アホ!意気地無し!あんぽんたん!」
額を赤くしながら絶妙な悪口を言ってくるディノを黙って見つめる。
「……俺がキースがくれるもの断ると思った?」
怒っているというよりも拗ねたような声色でそう言ったディノになんと返せばいいか分からなくなる。断られたらと恐れたのは間違いないが本当に断られることはきっと考えていなかった。だからこの方法で渡したのは自分がディノに甘えているという何よりの証拠だ。
「……いや、お前なら許してくれるって甘えた。悪かった」
「うん。それはまぁ怒ってるけどいいよ。だからちゃんと聞かせて」
そう言って微笑むディノは今まで見た何よりも綺麗でなんだか泣きそうになってしまう。
「オレの傍にずっとお前がいるって証が欲しい、お前の力でオレを幸せにして欲しい。だからオレと結婚してくれ」
「喜んで!先を越されたけど俺、キースと一緒に幸せになりたいからキースも俺とずっと一緒にいてくれる?」
「はは……勿論喜んで、だ」
恋人になる時はあれほどあっさりしていたけれどパートナーになる時はこんなにあちこち痛いなんて思わなかった。でもありえないほど幸せで間違いなく自分達らしいと思う。
「そうだ、あの指輪いつから部屋に置いてたんだ?」
「聞いて後悔しないか?1ヶ月前」
「えぇ嘘、そんなに!?ごめんなキース!」
「いつまで経っても気が付かねぇから一瞬マジでダメかと思ったけど……まぁこれはオレも悪ぃしな。ただ掃除はちゃんとしろ」
「あーー!これからはちゃんと掃除します!」
本当、笑えるくらい幸せだ