進め本命童貞「…あれダーツ?やっていいの?」
「あ?…ああ。そうだな。やってみてえ?」
「んー…やったことねえんだ。左馬刻、教えてくれる?」
可愛い可愛い可愛いかわいい。
クソみてえな思惑に踊らされ拗れた俺と一郎の関係は、殴り合いと下手くそな会話と時間によって和解という方向へ進んだ。
昔のように一緒に飯を食ったり、めでたく成人した一郎を連れて今日のように飲み屋に行ったり。穏やかで幸せな時間を過ごせていると思う。
何より一郎はやっぱりどう考えても格別に可愛い。可愛過ぎて心臓が痛い。今も痛い。
今日はハマにあるバーに誘った。2人でポツポツと喋りながらのんびり過ごしていると、一郎が店の壁に設置されたダーツボードを指差した。
ジュースのように甘く大して度数も無いカクテルを一口飲んだだけで頬を赤く染め、ふにゃりと笑うその姿はさながら天使。なんで俺様こんな天使と争ってたんだ。
「お前投げれんのか。酔ってんだろ。」
「へへっ。だいじょぶ。こう?」
マスターから矢を借り、2メートル強離れた印に立ちそれなりのポーズを取る。
はしゃいじまって可愛いんだよクソが!!
「脇開けろ。腕曲がってる。」
「こう?」
「もうちょい…ほら」
「っ、あ…」
「っっっこ、ここ、真っ直ぐ…」
「……ん」
違う。違うぞ。俺様はただフォームを正そうとだな、う、腕に触れただけで。
別に下心とか触りてえとかそんなんは決して、断じて、80%くらいしか含んでねえ。
…つーかよお、一郎もンな照れたツラして……多分、コイツ俺のこと…
いや。落ち着けがっつくな。安易な憶測はトラブルの火種になりかねない。自惚れるな。丁寧に慎重に。
「あ。」
「やった!見ろよ左馬刻!真ん中!」
「おお、すげえじゃねえか、一…郎…」
「あ……」
「っっっや、やるなお前」
「……さ、左馬刻の、教え方が、上手かったんだよ…」
一郎が投げた矢は中央のインナーブルに見事命中した。
喜ぶ一郎がハイタッチを求め、と思いきや、まさかのハグ。ハグ。
え、俺様今日が命日?
ど、どどどどどどどうすんだこれ。抱き締めていいんか。ギュッてしていいんか。
一郎も勢いで抱きついてきたんだろう。巻き付く両腕が戸惑いを伝えるように固くなっている。いいんだぞこのままで。
「ほう。いいフォームだったぞ、山田一郎。」
「やっぱり器用なんですかねえ。そつ無くこなしますね。」
「なんで居んだよテメェらよぉ!!」
「お前らが店に入ってきた時点で俺らが先に居ただろうが。」
「うむ。入店した左馬刻と確かに目が合った。すぐに逸らされたが。」
「うるっせーわ!!」
後ろから馴染みのある声がヤジを飛ばしてきやがった。邪魔以外の何者でも無い。
「ほらほら、公共の場でいつまでも抱き合ってないで、左馬刻も投げたらどうですか。」
「あっ…」
「あ、…クソが。うるっせ!!黙れ余計なこと言うんじゃねえ!!」
銃兎の余計な一言で一郎が慌てて離れてしまった。微かに残った体温が寂しさを増長してくる。ふざけんなよマジで。
「山田一郎。左馬刻のダーツの腕はなかなかのものだぞ。貴殿も参考にするといい。」
「ま、マジっすか。」
「左馬刻。カッコいいとこ見せてやれ。」
「ちぃっ!」
矢を取って構える。三つの視線を浴び、柄にも無く緊張してきた。特に1人の、色違いの目の視線が期待と、勘違いでなければ多分きっと、こ、ここここ恋?みたいな?そんな甘さが混ざってやがって俺の心臓をキュンキュンさせる。
落ち着け。俺は左馬刻様だ。どんと構えて
「わっ!!なんちゃって。」
一郎居なかったら殺してたぞ銃兎。
落ち着け無になれ。行くぞ。
「あ。」
「うむ。」
「おや。」
「っしゃ。オラどうだ楽勝」
「すっげえ!!左馬刻すっげえ!!」
「っっっっっお、おう…」
またしてもハグ。幸せで死ねる。
いいよな、これはギュッとしていいよな。しねえと失礼だろ。しねえ方が紳士じゃねえだろ。
腕を回し、より密着するように抱き締めた。一郎の心臓の音が伝わってくる。俺と同じ、尋常じゃない速さで叩かれているそこは、きっと俺と同じ気持ちを持っているはず。
落ち着けがっつくな。安易な憶測はトラブルの火種になりかねない。自惚れるな。丁寧に慎重に。
だが今だけは、自惚れたっていいだろ。俺の腕の中に居る間だけは…
「い、いちろう…」
「さ、さまとき…」
「はいSTOP、STOP、STOP」
「よし殺してやる。」
「もう一度言うぞ。ここ公共の場。続きはそうですね、左馬刻の家で2人っきり…なんてどうです?」
「バッ…!バカ言えお前一郎が困るだろうがそんな急に」
「俺はっ…いい、よ?」
「一郎…」
これは。これはまさかマジで俺ら両思い?嘘だろマジかよマジでいいんか家なんか入れたら俺様の俺様は紳士で居られねえぞマジでそんな出来た俺様じゃ
「左馬刻んち、……行きたい」
「任せろ。」
少し経って迎えに来た舎弟の車に乗り、初めて一郎を自宅に招き、その夜は特別な夜になった。
邪魔としか思っていなかったが流石俺のチームメイト。あと一歩の背を押してくれた。隣で眠る一郎の寝顔をスマホで連写しながら、今度美味い酒をアイツらに奢ろうと決めた。
その頃銃兎が、ようやくまとまった、とんでもなくめんどくさかったと喜びながら、理鶯とドンペリを開けていたとは俺様が知る由もない。