前夜祭「一郎が怪しい。」
またリーダーがめんどくさい事を言い出したと、銃兎は遠い目をした。
ヨコハマの山の奥。
理鶯のキャンプ地に集まったMTCのメンバーは、揺れる焚き火の炎を囲み、串に刺された尾の長い生き物が焼かれる姿を見つめていた。
目の前の今宵の晩餐に胃を痛め、リーダーの愚痴に頭を痛め、銃兎の精神は悟りの域へ行く直前だった。
「休みの度に用事だって留守にすんのもう2ヶ月だぞ!?有り得ねえだろ!!なんか隠してやがる。」
「恋人を疑うのは如何なものかと…」
「アイツは嘘が下手なんだよ。俺様に対してだけな!!すぐ目が泳ぎやがる。可愛い奴めクソが」
愚痴りたいのか惚気たいのかハッキリしてほしい。願わくばどっちも遠慮したいところだが。
左馬刻が、その名を口に出せば相手が車のハンドルを握っていようが首を絞めるほど、可愛さ余って憎さ百倍だった一郎と和解後、モジモジモジモジ小学生のようなまどろっこしいやり取りを経て、ようやく恋人同士になれた翌日、この場所で同じような焚き火を前に、得体の知れない大型生物を丸焼きにして祝杯を挙げたのが半年前。そして左馬刻が一郎の誕生日に新築マンションの最上階の鍵をプレゼントしてドン引きされたのが4ヶ月前。
ドン引きしながらも2人は居を共にし、くだらない喧嘩はたまにあったが、それでも仲睦まじく暮らしていたと思っていた。
まぁ弟達と用事があったんだろう。そうに決まってる。これにて解決。
「山田一郎なら2ヶ月前、小官の野営地に来たぞ」
「あぁ!?」
はい、またややこしい。
今それを言う必要があるのか。空気というものを読む気は無いのか。理鶯にそんな事を求める自分が間違っているのか。
何故、どういう目的で、何を話したと詰め寄る左馬刻に、「男同士の約束」だの「軍人は機密事項を死守する」だの火にガソリンを注ぐ理鶯。
銃兎はこの喧騒が鎮まるなら、目の前の黒焦げになった晩餐を喜んで口に入れようと、星空を眺めた。
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「おや、珍しいお客様だね。ご指名ありがとうございます。」
「しらばっくれんじゃねえ尻尾は掴んでんだよさっさと吐け腐れ外道」
「ふふっ。」
場所は変わりここは眠らない街シンジュク。
その名の通りカブキチョウの顔らしく大きな看板にその麗しい姿を写した本人、伊奘冉一二三が、ベルベットのソファーでふんぞり帰り青筋を立てる左馬刻の隣に微笑みながら座った。
「ご来店の理由の想像はつくよ。だが…プライベートな話をバラす事は出来ないね。」
「アイツは俺のもんだ。」
「彼は物じゃないよ。とても素晴らしい、一人の人間だ。」
「テメェがアイツを語るんじゃねえ。」
流石接客のプロといったところか。
周りの黒服がハラハラする左馬刻の気迫も優雅な笑顔で流し、絶対に核心に触れさせない。
拳でモノを言わせてもいいが、この一帯を仕切る組織と、無駄な争いになる火種は作りたくない。
ならば郷に入っては郷に従え。
「おいそこの兄ちゃん。酒持ってこい。アルマンド全色。」
「おや。ありがとうございます。コール入れますね。」
「要らねえ。とことんやってやんよ。」
金を積んだ奴が強い。
カブキチョウのナンバーワンが簡単に従うとは思えないが、ヒントだけでも得たい。
舎弟に調べさせて知った衝撃の事実。
一郎はこの男の元へ、2ヶ月も通っている。
高級シャンパン、ブランデーのボトルがどんどん並んでいく。
タワーを入れて最後、本日の軍資金が底を付いた。
舎弟に持って来させてもいいが、余計な人間の出入りは前述の火種になりかねない。
「クソが…明日またやってやる…」
「ダメだよ。」
「あ?」
左馬刻の会計をする傍ら、一二三は黒服に、すぐにタクシーの手配をするよう伝えた。
「すぐに帰るんだ。日付が変わる前に」
「日付けだぁ?」
「さぁ急いで。タクシー代は僕が持つよ。」
「テメ何言って」
「一日早い、バースデープレゼントさ。」
「は」
**
「あ!左馬刻!おかえり!」
「いちろ…」
「うわ酒くっせ!!大丈夫か?」
「………おう」
「さっき伊奘冉から…連絡あったんだよ」
「…………」
「左馬刻、怒ってる?」
「…おこってねえ」
明日は、左馬刻の誕生日。
自分の誕生日に意識を置く人生なんて歩んでおらず、毎年当日に周りから言われて気付くものだった。
左馬刻はシンジュクから自宅へ向かうタクシーの中で、一二三の言葉を何度も考えた。
関わりの無い他ディビジョンの人間が、左馬刻の誕生日を知っていた。
それはきっと、
「酒はもう無しな。食える?」
「…肉じゃが?」
いつも一郎が作る、大皿に盛られた男飯とは違う、とても綺麗な赤い、ローストビーフが、皿の上で輝いていた。
そしてその隣には、いつも通りの大皿に盛られた男飯。
「最初は毒島さんとこ行って、左馬刻の好きな肉聞いたんだけど、食材の調達が難しそうでさ」
「ん」
「そういや伊奘冉の料理の腕はすげえって、寂雷さんが言ってたなーって思って。仕事前の昼に特訓してもらってた。」
「…そうか。」
「なのに、なーんか誕生日には、俺の作る味、食わせたいなぁって。急遽作りました。」
左馬刻に、美味い肉料理をプレゼントしたい。
でも一郎が作る肉料理は唐揚げやハンバーグ、肉じゃがなどの家庭料理。
もっと特別な、お祝いに相応しい料理は…
と、試行錯誤を繰り返した2ヶ月。
流石に左馬刻を放ったらかしにし過ぎたと眉を下げながら、一郎は今日までの準備がとても楽しかったと話した。
「喜んでくれっかな、ビックリすんだろうなって想像すると、作りながらニヤニヤしちまった。」
「ビックリしたわ。すげえ美味い。」
「どっちが?」
「肉じゃが」
「やったぜ!」
もうすぐ日付けが変わる。
生まれた日の最初の食事が恋人の手料理。
こんな幸せな事はない。
明日は二人で一日中、ベッドの中でのんびり過ごして、腹が減ったら今日の残りを摘みたい。
上機嫌で皿を片す一郎にバレないよう、左馬刻は舎弟に、今すぐありったけのウコンを買ってこいと連絡した。